第3話 小悪魔
「フフッ、フフフフフ……♪」
背中から不気味な笑い声が聞こえてくるが、一体どんな夢を見ているのだろうか。
(去年と全く同じ状況だというのに、背中に感じるボリューム感には天と地ほどの差があるな)
沼田に聞かれたら投げ飛ばされかねないため、この感想は心の内だけにとどめておく。
「お持ち帰りは許すけど、もし手を出したら殺すから」
「わかっている」
あれから何をやっても柏木は起きなかったため、結果的に俺がお持ち帰りすることになってしまった。
俺は沼田が持ち帰るよう提案したのだが、沼田曰く俺の家の方がまだ安全らしい。
それを聞いて沼田の家族関係の方が気になったが、沼田はプライベートに踏み込まれることを嫌うため理由は聞かなかった。
「「……」」
俺と沼田は一緒にいても、基本的に会話をすることがない。
最初はそれを気まずく感じていたが、いつの間にか気にならなくなっていた。
恐らく研究室で一緒にいることが多いため慣れたのだと思うが、沼田がどう感じているのかまではわからない。
ただ、気まずいのであれば最初から別行動をすればいいだけなのに、沼田から距離を取ってくることは今までほとんどなかった。
それはつまり、アチラも別に気まずいと感じているワケではないということだと思う(多分)。
「……殺すっていうのは冗談だから。でも、絶対投げ飛ばすから」
「わかっている」
沼田は口が悪いが、言い過ぎたと思うとすぐに訂正してくる律儀なところがある。
俺は沼田のこういうところが結構気に入っていた。
「安心しろ。沼田相手にすら手を出さなかった俺が、柏木に手を出すハズがない」
「……わからないでしょ。その女は私なんかより美人だし、スタイルもいいんだから……」
「いや、容姿を理由に手を出すのであれば、俺はあの日、間違いなく沼田に手を出していただろう」
「……? どういう意味よ」
沼田も一応アルコールが入っているし、遠回しな言い方では理解できなかったようだ。
……仕方ない、少し恥ずかしさを感じるがはっきり言ってしまおう。
「俺の主観では、沼田は柏木に負けないくらい美人だし、スタイルもいいと思っている」
「……っ!? は、はぁ!? アンタ、何を言って――」
「沼田は自覚がないようだが、化粧っ気がないだけで素材は間違いなく柏木に匹敵している。普段近くで見ている俺が言うのだから間違いない。もし沼田が去年のミスコンに出ていれば、恐らく僅差まで柏木に票が迫ったはずだ」
「~~っ!?」
暗いため沼田の表情は見えないが、恐らく「コイツ何言ってるんだ!?」という顔をしているに違いない。
男子も女子も、顔が良ければ幼少よりチヤホヤされるものだ。
その過程で、自分が可愛い(カッコいい)と気付くため、この歳まで無自覚というケースは滅多にない。
しかし沼田は、このキツイ性格のせいで周囲に容姿を褒める存在があまりいなかったのだと思われる。
(本来なら、一番身近な両親が褒めてくれるハズなんだがな……)
沼田の家庭環境は複雑なようなので、そういったコミュニケーションも少なかったのかもしれない。
というか、そうでもなければ、こんなに自分の容姿に無自覚なまま育ちはしないだろう。
「ア、アンタ、正気で言ってるの?」
「少し酔ってはいるが、意識はハッキリしているぞ」
「やっぱり酔ってるんじゃない! じゃなきゃ私が美人とか思うワケ……」
「別に俺だけが美人と思っているワケじゃないだろう。嶋崎先輩だって、最初は沼田にちょっかいかけていたハズだ」
それに、学内の陽キャっぽい奴等に声をかけられているのも見たことがある。
当然、全員返り討ちにあっていたが。
「ア、アレは、嶋崎先輩の病気でしょ?」
「嶋崎先輩は、基本的に可愛い女子にしかちょっかいをかけない」
「~~~~っ! でも、スタイルがいいっていうのは絶対嘘! 私、その女みたいにデカくない!」
何がとは言わなかったが、まあ間違いなく胸のことだろう。
「別に、スタイルがいいかどうかは胸の大きさだけを見て判断することじゃないだろう。沼田は元々柔道選手で体も引き締まっているし、重心がしっかりしているから立ち姿も美しい。正直、モデルをやっていると言われても不思議じゃないと思っている」
「な、な、なぁっ!?」
「おい、暴れると渡瀬が吐くぞ」
酔っ払いを揺らすと高確率で吐く。
去年もそれで痛い目を見た。
「グッ……、クゥゥ~~~……」
かつての自分を思い出したのか、沼田が犬のような唸りをあげながら大人しくなる。
「ア、アンタ、そうやって他の女も褒めまくってるんでしょ……」
「いや、自発的に女性の容姿を褒めたのはこれが初めてだ」
「う、嘘よ! 今朝だってこの子達のこと――」
「マジだ。今朝のは教授に尋ねられたから言ったまでで、自分から言ったワケじゃない。それに、俺が基本的に嘘をつかないことは知っているだろう?」
「~~~~~っ!」
これまでの人生で、間接的に容姿を褒めたり可愛いなと口にしたことはあったが、自分から直接言ったのはこれが初めてだと思う。
正直かなり恥ずかしい……が、仕方ないだろう。沼田はハッキリ言わないと理解しないからな。
「わ、わ、わ、私! 行くから!」
沼田はそう言うと同時に渡瀬のことを背負い、ダッシュで俺から離れていく。
あんなに渡瀬を揺らすと去年の二の舞になりそうなうえ、走っている本人も酒が入っているからダブルで危険だ。
しかし、俺も柏木を背負っているので追いかけることができず、見送るしかなかった。
(それにしても沼田……、やはり良い足腰をしているな……)
自分と同体重程度の荷物を背負ってあれだけ走れる者は、男子にも中々いない。
足腰の強さだけが柔道の強さに関わるワケではないが、恐らくかなり強かったのではないだろうか。
案外、ググれば沼田の過去を調べることができるかもしれない。
(……いや、女子の過去を調べるなんて悪趣味だな。やめておこう)
沼田のことは気になるが、今はそれより背中の荷物についてどうするかを考える。
沼田にはああ言ったが、実際柏木の色気は相当なモノだ。
素材としては互角だと思うが、服装や化粧が加味されることで色気が増している分、柏木の方が厄介である。
手を出すつもりは毛頭ないが、つい魔が差すなんてことはあるかもしれない。
(全く、面倒なことだ……)
◇
「ぃしょっと」
遠くの方で、何かが聞こえた気がする。
甘い匂いと、心地よい暖かさのせいで、思考が上手く働かない。
なんとなく自分が夢と現実のはざまにいることを理解するが、眠気が強いため意識は再び薄れ――
「うそ……、おっきい……」
いや待て、何かがおかしい。
下半身に違和感を感じる。
これは恐らく夢ではなく、現実の感覚だ。
つまり今、俺の体に何か異変が発生している。
そう気づいた瞬間急速に意識は覚醒し、瞼が開かれる。
「あっ」
まず最初に目に映ったのは、少し髪の乱れた柏木の姿だった。
そして、視線を下に向けると、そこには……ズボンとパンツを脱がされ、空気にさらされた俺の〇ンコが……
「っ!? おまっ!? 何を!?」
動揺し、思わず表情を崩してしまう。
不覚だが、今はそれどころではない。
「あは♪ 鏑木先輩でも、そんな顔するんですね♪」
柏木はそんな俺を見て、小悪魔のように笑みを浮かべた。
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