第4話 なんでもしてあげますよ?



 状況に理解が追いつかないが、なるべく冷静に昨夜のことを思い出していく。

 昨夜は確か、柏木を背負って家に帰ってきて、そのままベッドに寝かせたハズだ。

 寝苦しそうにしていたから服を脱がせるべきか迷ったが、それをすると後で厄介なことになると思ったのでやめた記憶がある。

 つまり、俺は柏木にほとんど触れることなく、そのまま自分も壁を背にクッションに座って寝たハズだ。


 そして現在、その俺の脚の間で、四つん這いになった柏木が笑顔を浮かべている。

 ……俺の下半身を露出させて。


 窓の外を見ると、まだ空が明らみ始めたばかりのようだ。

 恐らく時刻は4時~5時といったところだろう。

 そんな時間に起きて、コイツは一体ナニをしているのだろうか……



「……何のつもりだ」


「鏑木先輩苦しそうだったから、解放してあげようと思って」



 そう言って柏木は俺の息子をツンツンとつつく。



「やめろ」


「はーい♪ でも、安心しました。私、女として見られていないんじゃないかって心配してたんですけど……、こんな風になるなら心配いらないですよね?」


「いや、これはただの生理現象だ。決してエロいことを考えてこうなったんじゃない」


「え? そうなんですか?」


「通称『朝だち』と呼ばれる現象だ。男はみんな寝ている間に勃起することがある」



 詳しい理由はわからないが、健常男性なら誰にでも起こり得る生理現象らしい。

 しかし、男遊びが激しそうな柏木がそれを知らないというのは、少し違和感があるな。



「そうなんですね。でも、勃っちゃっていることに変わりありませんよね? だから……、お詫びもかねて、抜いてあげましょうか?」


「っ!?」



 瞬間的に、柏木の色気が増した気がする。

 いつもの俺なら「ふざけたことを言うな」と返せたのだろうが、その色気のせいで言葉を失ってしまった。

 俺だって健常な男だ。そんな色気に当てられては、本能が理性を上回ることくらいある。



「私、こう見えて処女なんでセックスはNGなんですけど、それ以外のことならなんでも・・・・してあげますよ?」



 そう言って柏木は、自分の唇をゆっくり人差し指でなぞる。

 その仕草があまりに艶めかしくて、俺は思わずゴクリと唾を飲み込んだ。



「……あれだけ男をはべらしている柏木が、処女とは意外だな」



 このままでは柏木の色気に飲み込まれてしまいそうなので、俺は柏木のセリフで気になった部分に意識を傾ける。



「やっぱり、鏑木先輩もそう思いますよね……。でも、本当なんですよ。こう見えて私、男の人と二人きりの状況で意識を失ったことないんです」


「っ!? いや、昨日は完全に意識を失っていただろう」


「あれは寝たふりです。正確には、鏑木先輩に背負われた時点で目は覚めてました」



 そう言われると、俺も嘘だと言い返すことはできない。

 確かに、俺が背負ってから柏木の意識を確認することはしなかったからだ。



「……何故そんなことをした」


「それは……、すいません、鏑木先輩を試したかったんです」


「俺が手を出すかどうかを、か?」


「はい。いくら無表情な鏑木先輩でも、無防備な私を目の前にして手を出さずにいられるか、確認したかったんです」


「……悪趣味だな」


「はい……、私もそう思ったから、謝ったんです……」



 実際に反省しているのか、柏木は珍しくシュンとしている。

 しかし、この魔性の女であればそれくらいは演じて見せるだろう。

 素直に謝罪は受け取れない。



「それに、もし俺が本当に手を出したらどうするつもりだったんだ? 俺が思うに、処女が大切だから今まで守ってきたんだろう?」



 柏木が今までどんな人生を送ってきたかはわからないが、この美貌でかつ、あんな風に男をはべらせるような生き方をして処女を守り切るのは至難の業だっただろう。

 それを、こんなことで危険に晒すのはいささか不可解だ。



「そうなんですけど、実は半分くらいは信じていたというか、期待していたんです。鏑木先輩は、きっとそういうことしないって」


「……」



 俺としてはそう言われて悪い気はしないが、捉え方によってはそんな度胸はないと思ったと言われているようなものである。

 ただ、柏木は「信じていた」「期待していた」という言葉を選んだことから、変に見下した発言ではないと判断した。



「もう半分は襲われることを覚悟していたってことか?」


「そうですね。でも、そのときは最悪コレを使うつもりでした」



 そう言って柏木は、ポーチから黒い何かを取り出す。



「……スタンガンか」


「はい。使うことにならなくて、良かったです」



 スタンガンは、女性が扱える護身具としては一番攻撃的なものだ。

 よく電圧くらい耐えようと思えば耐えられると考える者がいるが、実際はそういったレベルの威力ではない。

 気合や修行で耐えられるようなものではなく、出力次第では後遺症も残りかねない危険な武器だ。



「使ったことがあるのか?」


「一度だけ、あります。でも、気絶した姿を見て怖くなって、それ以来使っていません」



 まあ、普通の感覚の人間であれば、自分がやったことで相手が気絶などしたらビビるものである。

 下手をすれば殺人になる可能性もあるのだから、慎重になるのは当然だろう。



「……何故半分も信じられた?」


「それは、鏑木先輩に下心を感じなかったからですよ」



 柏木は四つん這いの姿勢が辛くなったのか、ちょこんと座り直す。

 しかし、その位置は依然として俺の脚の間であり、至近距離にはまだギンギンに勃ち上がっている俺の息子がいる。



「鏑木先輩って、親切な割に下心が全く感じられないんですよね。普通の男の人は、なんらかの見返りを期待して私のことを助けてくれるんですけど、そういう気配が全くないんです。自販機のときもそうでしたし、昨日なんかも何かするチャンスはあったハズなのに何もしなかったじゃないですか」


「……」



 確かに俺は、見返りを求めて人助けをしているワケではない。

 困っている人を見ると助けたくなるのは、俺を育ててくれた両親の影響であり、長年の生き方で形成された性格によるものだ。



「普通の男の人はですね? 私が寝ていたら襲わないにしても役得だと思うのか、胸を触ったりアソコを触ったりしてくるんですよ。鏑木先輩はそういうこともしなかったし、服にも手を付けませんでした。ただ優しく私をベッドに寝かせて、毛布を掛けてくれた。たったそれだけのことですが、ああこの人って本当にただの善人なんだなぁって、思ったんです」


「……そんなこと、別に普通のことだろう」


「普通じゃありません。少なくとも私の経験上、どんなに聖人ぶった人でも、必ず私に何かしてきましたから」



 まあ、柏木の周囲にいるようなタイプであれば、そういう人間が多いのは仕方がないだろう。

 彼らは下心があるからこそ、柏木にはべっているのだから。

 そういった人間であれば、寝ている柏木に偶然を装い触れるくらいのことはする可能性が高い。



「それは、単に俺がヘタレなだけだ」


「ヘタレは、私にこんなギンギンなモノを見せつけたまま堂々と会話なんてしません」


「……」



 確かに、女性を前にしてフル勃起した息子を見せたままというのは色々マズイ気がする。

 しかし、普通恥ずかしくなると思うのだが、不思議と柏木の前ではあまり気にならない。

 もしこれが渡瀬相手だったとしたら、俺もここまで堂々と息子を晒してはいないだろう。



「すまなかった。女性に見せたままにするモノではなかった」



 そう言ってパンツとズボンを穿こうとするが、それを柏木が掴んで制止する。



「待ってください! 話は終わってませんよ! 介抱してくれたお礼に、抜いてあげるって話だったじゃないですか!」


「いや、遠慮する。そんなことをされるほどのことはした覚えはない。それに、そんなことをされたら今後柏木をただの後輩として見れなくなるだろう」


「はい。それも狙いの一つです」


「……そんなことを堂々と言うな」



 俺は柏木の手を掴んで、やんわりと引きはがす。

 その際に、なめらかな柏木の手の感触にドキリとさせられたが、舌を噛むことで強く意識を保った。


 柏木は残念そうな顔をするが、すぐに蠱惑的な笑みを浮かべる。

 その笑顔はまさに小悪魔そのもので、俺は柏木の背に尻尾とコウモリの羽を幻視した。


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