第2話 歓迎会



 突如現れた学園のマドンナの影響で、研究室内が一時騒然となる。

 中でも嶋崎先輩が猛烈にうるさい。



「イベント発生! イベント発生! 学園のマドンナとの出会いイベントキターーーーーー!」



 普段はテンションが低いのに、ギャルゲー的イベントが発生するとテンションがアゲアゲになるのが特徴だ。

 1年前、俺と沼田が初めて研究室に来た際も同じくらい騒いでいた。

 そのときは「金髪ツンデレ少女キターーーーーー!」と叫んで、沼田をドン引かせていた記憶がある。



「ほっほ、騒がしいですね」



 嶋崎先輩があまりにうるさいせいか、普段研究室の奥に引きこもっている山岡教授が温和そうな笑みを浮かべながら歩み寄ってくる。

 その口調や腰の低さから年齢以上に老いて見える教授だが、山登りが趣味なせいか足取りはしっかりとしている。



「騒がしくしてすみません、教授」


「いやいや、騒いでいるのは嶋崎君だけでしょう」



 そうなのだが、嶋崎先輩は絶対に謝らないので代わりに俺が謝っておこうと思ったのである。



「やあ、君達が今日からウチに所属する学生ですね。知っていると思いますが、私がこのゼミの室長の山岡 和徳やまおか かずのりです。宜しくお願いします」


「こ、こちらこそ、宜しくお願いします!」


「宜しくお願いしま~す」



 渡瀬も柏木も、ちゃんと礼儀正しく挨拶をしている。

 それが普通なのだが、どうにも柏木には軽いイメージがあるので違和感を覚えてしまう。

 これは間違いなく、俺が柏木のことを気に入らないと思っているせいだろう。



「今年もこんなに可愛らしいお嬢様方が入って、また他の研究室に妬まれてしまいますねぇ」


「そ、そんな、柏木さんはともかく、私は可愛くなんか……」


「いやいや、本当に二人とも可愛いですよ。ねぇ鏑木君?」



 そこで俺に振らないで欲しいな……



「……そうですね。柏木は言わずと知れたこの大学のミスコン1位ですし、渡瀬は系統こそ違いますが十分に可愛いと思います」



 嘘をついても反感を買うだけなので、俺は思っていることを正直に口にする。



「せ、先輩!? ど、どうしちゃったんですかっ!?」


「どうもしていないぞ」


「そんな……、だって、その、可愛いとか……」


「俺は事実を言っただけだ」


「~~~~~っ!」



 よく勘違いされがちだが、俺は普通に女に興味があるし、人並み以上にはエロイ。

 ただ、普段はそれを口にも表情にも出さないだけだ。



「ほっほ、鏑木君は相変わらずだねぇ。去年も同じようなことを言って沼田さんを困らせてたのを思い出したよ」


「ぶっ!?」



 自分には関係ないとばかりにコーヒーを飲んでいた沼田が、動揺して噴出した。

 俺も言われて去年のことを思い出し、懐かしい気持ちになる。



「懐かしいですね。あのときは俺も困りましたよ」


「なっ……、アレはアンタが変なこと言うから……!」


「きっかけは俺の一言かもしれないが、自制できなかった理由にはならないだろう」


「クッ……」



 あれは歓迎会の席だったが、沼田は酒のペースを乱してベロンベロンに酔いつぶれた。

 俺が原因ということで介抱する羽目になったのだが、結局朝まで面倒見ることになりかなり大変だった記憶がある。

 正直、俺が何を言ったのかは覚えていないのだが、教授が今言ったように似たようなことでも言ったのだろう。



「いいな~、渡瀬さんは可愛いって言ってもらえて。ねぇ鏑木先輩、鏑木先輩は私のこと可愛いと思っていますか?」


「ミスコン1位が可愛くないワケないだろう」


「そうじゃなくて、先輩がどう思っているかです! 誤魔化さないでください!」



 柏木を直接可愛いと言いたくなかったため遠回しな表現をしたのだが、あっさり気づかれてしまった。

 柏木が鋭いのか、それとも女性はみんなこうなのか、どちらかはわからないが面倒なことだ。



「美人……、だとは思っている」


「ふふ~ん♪ なら、いいです」



 柏木は俺の返答に満足したのか、嬉しそうに笑みを浮かべている。

 そんな反応を見て、教授以外の全員が俺をジトっとした目で見てきた。



「鏑木ぃ~、またお前はそうなのか? そういうことなのか?」


「どういうことかわかりませんが、恐らく勘違いです」


「先輩……、いつの間に柏木さんと仲良くなったんですか?」


「仲良くなってなどいない。ただ、少し話す機会があっただけだ」


「アンタ……、また余計なことしたんじゃないの?」


「余計なことなどしていない。干からびていたから少し水をやっただけだ(植物扱い)」



 本当にそれだけなのに、ここ最近は何故か柏木から挨拶されることが増えていた。

 挨拶して、一言二言話すだけなのだが、それだけで周囲の取り巻きからは凄い目で睨まれるので、正直迷惑している。



「そういえば、取り巻きはどうしたんだ?」


「あ~、みんなには別のゼミ入るって伝えてたんで、ここには来ませんよ」


「……何故そんなことをしたんだ?」


「ん~、私もたまには自由になりたかったので……」



 柏木はあの状況を楽しんでいるのかと思っていたが、意外とそうでもないのか?

 まあ、俺なら絶対に嫌なので、解放されたい気持ちはわからなくもないが……



「ほっほ、まあ色々と聞きたいことはあるでしょうが、この辺にしておきましょう。まずはこのゼミの説明をしますので、続きは歓迎会のときにお願いします。あ、みなさん、夕方以降は予定を空けておいてくださいね?」



 新人が入った際の歓迎会。

 今年もあるだろうとは思っていたので、あらかじめ予定は空けていた。



「あ、あの~」


「なんですか柏木さん?」


「歓迎会を開いてくれるのは嬉しいんですが、私、その、お金があまりなくて……」



 自販機で水を買う金もないくらいだから、そりゃあ飲み会に出せる金もないだろう。

 しかし、じゃあコイツは一体どうやって生活してるんだ?

 まさか、晩飯まで毎回取り巻きに払わせているのだろうか……



「ほっほ、費用については気にしなくてもいいですよ。毎年、歓迎会と年末の飲み会は、全て私が払っていますからね」


「え? いいんですか……?」


「ええ、今の私にはこれくらいしかお金の使い道ありませんので」



 教授は数年前に奥さんに先立たれているらしく、今は独身だ。

 この年齢で独身貴族と言っていいかはわからないが、少なくともお金には困っていないようである。



「……そういうことであれば、謹んで参加させていただきます」



 流石の柏木も、教授相手に「わ~、ありがと~」みたいな軽い調子では返さないようだ。

 その態度からは、しっかりと誠意が感じ取れる。

 ……ただ、やはり少し違和感を覚えるのだが気のせいだろうか?





 ◇





「せ~ん~ぱぁ~い、また可愛いって言ってくださいよぅ~」


「鏑木せんぱぁ~い、もっと私のことも構って~」


(……何故こうなった?)



 俺の両脇には、ベロンベロンに酔いつぶれた柏木と渡瀬がベッタリとしな垂れかかっている。

 二人とも顔を真っ赤にして、とても幸せそうににへら~っと笑っていた。

 ……これは俺の主観だが、女子の緩んだ顔というのは、その可愛さを倍加させると思っている。

 つまり、二人とも元々の顔がいいため、その破壊力は絶大ということだ。


 それだけならまだなんとか耐えられるのだが、問題はこの密着度である。

 柏木はどう見てもわかる圧倒的な質量のバストの持ち主であるため、その感触は凄まじいことになっていた。

 また、もう片方の渡瀬も、普段はゆったりとした服を着ているせいで気づかなかったが、密着されると明らかにデカいことがわかる。

 こんな二つの巨大なマシュマロに挟まれて、正気でいられる男はまずいないだろう。



「沼田、助けてくれ」


「……フン、何が助けてよ。自分で引き剥がせばいいでしょ」


「それができればいいんだが、こう両脇に密着されると力が入らないんだ」



 やられてみればわかるが、両脇に抱き着かれると優しく外すのは基本的に不可能だ。

 プロレスでも総合格闘技でも、この手のロックが簡単に外せるのであれば誰も苦労はしない。



「なんで私なのよ。嶋崎先輩か山岡教授に言えばいいでしょ」


「ダメに決まっているだろう」



 この二人をベロンベロンにさせた張本人である嶋崎先輩は、席の端の方でチビチビ酒を飲みながら拗ねている。

 どうやら二人を酔わせて何か悪いことを企んでいたようだが、酔っぱらった二人が俺にベッタリなせいで計画が頓挫したようだ。

 そんな嶋崎先輩にこの二人を任せたら何をしでかすかわからないので、当然NGである。


 教授はというと――



「フォーーーーーーーウッ!」



 酔っぱらった教授は、とても65歳とは思えないくらいテンションアゲアゲで踊っていた。

 この店は教授の行きつけの居酒屋で、料理は美味いがアルコール度数の高い酒が多く取り揃えられているという点で少し問題がある。

 具体的には、ベロンベロンに酔っぱらう客が多いのだ。

 中でも教授は有名で「レイザーラモン山岡」の異名で呼ばれているのだそうだ。

 店側もそれを楽しんでいるようなので問題ないのかもしれないが、年齢的に命の方が心配になる。



「頼む沼田、俺にはお前しかいないんだ」


「~~~~~っ! そ、そういうセリフ吐くなって言ってるでしょ!?」



 沼田はそう言いながらも席を立ち、渡瀬を後ろから引っ張ってくれる。



「ホラ! 離れなさいよ!」


「いやれふ~、今日はこのまま寝まふ~」


「それやると絶対明日になって後悔するからね! ソースは私!」



 沼田がグイグイと引っ張ると、段々とホールドが緩んでくる。

 所詮は酔っ払いの腕力なので、柔道経験のある沼田の力には敵わないようだ。



「はぁ、はぁ……、なんとか、剥がれた……」


「せ~ん……ぱ~い……、行かないで……」


「俺はどこにも行っていないから安心しろ。……沼田、ありがとう。助かった」



 泣き始めた渡瀬の頭を撫でてやりながら、協力してくれた沼田に礼を言う。

 沼田は疲れた顔で一瞬俺のことを睨んでから、プイっとそっぽを向いた。



「……貸し1だからね」


「わかった。今度昼飯でも奢らせてもらう」



 俺と沼田は、何か助け合うごとに貸しカウントを行っている。

 それは後日なんらかのカタチで返すことになるのだが、大抵は飯を奢るなどして返すことになっていた。

 今回くらいの内容であれば、一食奢るくらいが妥当だろう。



「教授! そろそろお開きにしましょう!」


「フォーーーーウッ! そうだね! かなり遅くなってしまったし、今日はこのくらいにしようかな!」



 教授は酔っていても、会話だけは成立することが多い。

 ただ、行動は怪しいので誰かが制御してやる必要があるだろう。



「この渡瀬って子は私が家近いから送ってく。アンタはその女を送っていきなさい。嶋崎先輩は教授を」


「ま、待て! 何故俺が教授なんだ! ここは年長の俺がマドンナをお持ち帰りするべきだろう!」


「ダメです。何かする気満々じゃないですか」


「ぐぬぬ……、鏑木も男だぞ!? それはいいのか!?」


「鏑木は実績がありますので。ソースは私」



 まあ、俺は確かに去年沼田を朝まで介抱して何もしなかった実績がある。

 対して嶋崎先輩は、何年か前にゼミの女子にセクハラをして停学になった実績がある。

 どう考えても嶋崎先輩に任せるのはダメだろう(今もお持ち帰りとか言ってるし)。



「わかった。俺が責任を持って柏木を家に送らせてもらう」


「……その女の家、知ってるの?」


「知らんが、本人に聞けばいいだろう」



 俺がそう言うと、沼田はため息をついてから柏木を指さす。

 ……柏木は、爆睡していた。




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