リコと生コン

あべせい

リコと生コン



 道路に立つ誘導員(45)が赤い誘導棒を水平に突き出した。

 さらに、頭を深々と下げ、徐行中の車のドライバー(37)に告げる。

「ストップ、願います」

 ドライバー、車を停止させ、

「なに、どうしてだ? 工事なンかやってないじゃないか!」

 誘導員、誘導棒を前方に向けた。

「見えませんか。この先……」

 ドライバー、窓から首を伸ばして前方を見る。

「何もないじゃないか……」

 誘導員も一緒に見て、

「おかしいな……きょうは3日ですよね。3日の午前9時から開始と聞いているンです」

 ドライバー、車から降りて前方を見つめながら、

「きょうは3日だ。間違いない。……現場の住所は?」

「石神井8丁目……」

「! なにィ!」

 ドライバー、腹立たしげに運転席に戻る。

「ここは、石神井台だ! 石神井と言っても、石神井台、上石神井、下石神井、上石神井南町といろいろある。住んでいる人間だって、ときどき間違うくらい、ややこしい所だ。わかったら、そこをどけろ!」

「そんなッ! 待ってください。私はどうなるンですか」

「石神井8丁目を探して、とっとと行けばいいだろうが!」

「待ってください。その石神井8丁目まで、ここからどれくらいあるンですか?」

「どれくらい、ッダ! おまえ、おれは仕事に行く途中で、忙しいンだ。そこを、どけ!」

 誘導員の顔が見る見る赤く腫れ上がる。

「どきません! 例え、轢かれたって、金輪際ここはどくものじゃありません!」

 ドライバー、誘導員の鬼の形相に恐怖を感じる。

「わかった。ここから、ざっと3キロだ」

「3キロ! (腕時計を見て)9時まであと10分しかない。いまから現場を探して歩いて行ったら、間違いなく遅刻です。遅刻したら、日給が半額にされちまう。家には女房とガキが3匹、腹をすかせて待っています」

「遅刻すりゃいいだろ。自業自得というやつだ」

 誘導員、突然、車の前に土下座する。

「社長! すいません。車に乗せてやってください!」

 誘導員、額を地面にこすりつける。

 ドライバー、顔を両手でかきまわし、

「ウーム……わかった! わかったヨ。早く、乗れ!」

 誘導員、手荷物を手に助手席へ。

 車、急発進する。

 ドライバー、車のナビを示し、

「このナビに、その現場の住所を入れてくれ」

「はッ、ハイ!」

 7分後。車、停止。

 ドライバー、前方を見て首をひねりながら、

「この辺りじゃないのか……」

 マンションの建設現場が見え、3階まで足場が組まれている。

「そうです。現場事務所の屋根の上に『釘安建設』の旗が上がっています。ありがとうございます」

 誘導員、車から降り、ドライバーに対して深々と頭を下げる。

「オイ、待てよ。キミは、道路の交通誘導が仕事じゃなかったのか」

「いつもそうなので、そう思い込んでいたンですが、いま思い出しました。ここのマンション建設現場で、きょうは3階の土間と2階の壁部分の生コン打ちがあるので、ミキサー車を誘導するンでした」

「おれは、この釘安建設の現場監督だ」

「エーッ! これは、失礼しました!」

「途中、おかしいと思っていたンだ。ナビの案内が、おれの行く方向だったから」

「だったら、もっと早くそう言ってくださらなけりゃ……」

「釘安と言えば、すぐにわかったンだ。まァ、いい。じゃ、早速だけど、このライトバンを中に入れるから、誘導してよ。それとあなた、名前は?」

「乃木道足です。年齢は……」

「年はいいよ。見た感じ、40半ばだろう」

「当たりです」

「ぼくは、釘安建設の金矛(かねほこ)」

「では、(だれもいない周囲に向かって)車、入りまーす!」


 生コンの打設が始まっている。

 乃木、ミキサー車をバックさせ、生コンポンプ車背後の生コン投入口にピッタリと停止させる。

 ミキサー車から降りてきた若い女性ドライバー・ゆりこ(28)が、乃木を見て、

「オジさん、久しぶり」

「きょうはYK建材か。時間がかかりそうだな……」

「そうでもないわ。きょうは現場の数がそんなにないから」

「この前もそんな話だったよ。1時間に5台出すといっても、実際は3台がやっとだったろう」

「そうだった? 忘れた」

 ポンプ車の職人から声が飛び、ゆりこがミキサー車のドラムを回転させ、生コンを流し始める。

「オジさん、今晩、お店に来ない?」

「相変わらずやっているンだ、キャバクラ」

「そうよ」

「昼はミキサー車の操縦、夜はキャバクラで男の操縦か。よく体が持つな」

「モチ。稼げるのは若いうちだから」

「店は南浦和だろう? ここの監督は、イケメンだから、監督を誘ったらどうだ?」

「監督の顔はまだ見ていないけれど、キャバクラで遊んだことあるかなァ……」

「来た、監督だ」

 ゆりこ、金矛の顔を見るなり、

「アッ! ヤバッ」

 ゆりこ、首をすくめて、ヘルメットを目深に被りなおす。

 乃木、金矛に、

「きょうは何台、入りますか?」

「100立米(りゅうべい)ほどだから、20台で一応ようすを見る。現場は1時間、5台打てるから、4時間余りで終わる計算なンだが、YKはどうかな?」

「ミキサー車のドライバーの話だと、きょうは現場が少ないから、5台は余裕で出せるって話ですが……」

「きょうの土工は、岬組。仕事は早くて確実だ。全ては生コン次第だな」

「岬組の親方は来ているンですか?」

「あの親方がいれば、おれは遊んでいられる。何があっても、大抵のトラブルはさばいてくれるからな。ところで、ミキサー車のドライバーは?」

 ゆりこの姿がない。

「いま、ここにいたンですが……」

「まア、乃木さん、あとよろしく」

 金矛、立ち去る。

 ゆりこ、入れ替わるように現れる。

「オジさん、いまのが監督?」

「そうだが、どうした?」

「あの人、2日前にお店に来たの」

「あの年だ。まだまだ遊びたい盛りだ……」

「そうじゃなくて。あの人、名前は?」

「かねほこ。お金の金に、矛盾の矛と書いて、金矛だ」

「その金矛さん、浦和のキャバクラでお客さんと待ち合わせしていたらしくて、お店でちょっとしたトラブルになったの」

「どんな?」

「私、本当の名前はゆりこだけど、お店では、下の2文字をとってリコという名前にしている」

「源氏名か」

「金矛さん、その夜、お店に入ってくるなり、『リコって子、いますか?』って。それで、私がご指名で彼に付いたの」

「それで……」

「金矛さんって、ちょっといい男でしょ。でも、私初めてだったから、

『ご指名、ありがとうございます』

 って、言ったら、

『遊びに来たのじゃないです。この店で、人と待ち合せています。釘安の立石は、まだ来ていないですか?』

『まだじゃないですか。いま来ているお客さまは全員、お名前を知っていますから』

『そうですか。じゃ、ここで待たせてもらうかな……』

『でも、このお店は何か飲んでいただかないと。私、困るンです』

『何がある?』

『1セット60分で、ビール1本に焼酎は飲み放題、それとおつまみが付きますが……』

『じゃ、それで……』

 それで、2人でビールと焼酎のお湯割りを飲ンだのだけれど、金矛さん、お酒がとっても弱いらしくて、コップ一杯のビールで顔が真っ赤に。焼酎の1杯目で目がすっかり座ってきたの」

「それで、どうした」

「すると、急に態度がガラリと変わって。『リコさんだったね。キミ、立石とつきあっているンだって?』って、いきなり言われたのだけれど、私、立石ってお客さんを知らないから、

『何かのお間違いでしょッ。私、立石というお客さんは知りません』って、言ったの。そうしたら、金矛さんは『立石はお金にだらしなくて、周りに迷惑をかけている。うちの社内でも、金に汚い、金払いが悪いから嫌われている。そんな男とつきあって、ロクなことがないから、忠告しに来たンだ。あいつはいまつきあっているキャバクラ嬢を紹介したい、ってしつこく誘うから仕方なく出て来たンだが、おれはあまり酒は飲めない……』って。でも、私、立石さんって本当に知らないから、『だれかとお間違いじゃないですか。私、何度も言いますが、立石さんって知りません』って言ったの」

「下戸の酔っ払いは、質が悪い」

「それでも、金矛さん、同じことを何度も言うの。私、こんなバカを相手にしてらンないと思って、『お客さん、リコじゃなくて、キコじゃないの。先月辞めた子に、キコっていたけど』と言ってやった」

「すると?」

「『おれがリコとキコを聞き違えたと言うのか! 浦和駅前のリバースターに、間違いない!』って凄むの……」

「リバースターって?」

「うちの店の名前よ。社長の名前が『星川』だから、英語にして逆さ読みにしているのよ。そんな話じゃなくって、浦和駅前のリバースターって聞いて、ピーンと来た。これは人違いだって」

「?……」

「私が働いているキャバクラは、南浦和駅前のリバースターよ。浦和と付く駅は、浦和、南浦和のほかに北浦和、東浦和、中浦和、武蔵浦和と全部で6つもある。浦和の人間だって、時々間違うくらいだもの」

「なんか、聞いたような話だな」

「なに、なにか言った?」

「いや、なんでもない。浦和違いか」

「リバースターは、南浦和駅前のほか、浦和駅前、北浦和駅前の3ヵ所に店があるンよ。だから言ってやった。『お客さん、ここは浦和駅前じゃなくて、南浦和駅前。浦和駅は、京浜東北線に乗って、一つ北隣の駅よ』と言ったの。そうしたら、謝るどころか、『そんなことはない。ここは浦和駅前だッ!』って、大声で叫ぶの」

「困った監督だな」

「仕方ないから、マネージャを呼んで事情を話して、浦和駅前店に電話をかけて立石さんというお客さんを呼び出し、立石さんに南浦和駅前店まで来てもらった。でも、それがいけなかったのね。金矛さん、立石さんの顔を見るなり、『やっぱり、この店でよかったンじゃないか!』とどなる。さらに、立石さんを指差し、『こんな男とは早く手を切れェ!』と言ったかと思うと、急に顔が真っ青になり、床にゲボゲボとやりだした……」

「それはタイヘンだったな」

「マネージャーが飛んできて、モップをかけろ、雑巾をしぼれ、って大騒ぎ。もう、バッカみたいよ」

「浦和駅前店のリコさんは?」

「あの子ね。その晩の前の日にやめている」

「キミ、浦和店のリコって子を、知っているのか」

「当たり前よ。私の妹だもの。妹はまりこだから、下の2文字をとって、私と同じリコを源氏名にしている」

「それじゃ、姉として、立石さんに何か言ったほうがいいンじゃないのか」

「私、まりこと一緒に暮らしているから、その晩、まりこに聞いたわ。そうしたら、立石さん、こんな男にさん付けすることはないわね。その立石って、釘安建設に入社したての新米監督なンだけど、金矛さんが言った通りお金にだらしなくて、そこらじゅうからお金を借りまくっている、って。ちょっとイケメンだものだから、それを鼻に掛けて女の子にちょっかいを出してはお金を借りて、それっきり」

「返さないのか」

「だから、知っている子は2度と近付かない」

「まりこさんはそんな男とよくつきあっているな」

「いいえ、もう1ヵ月も前に手を切ったのだけれど、しつこく通ってくるの。一度お金を貸したのがいけなかったのよ。30万円」

「大金だな。おれにはだけど……」

「妹も夜はキャバクラしているけど、昼間は美容院。立石とは、美容院のお客で来て知り合ったンだって。立石は、妹をうまく垂らし込んで最初は10万円を借りたの。そして、さらに20万円。そこで妹はようやく目が覚めた。それでも、立石はお金を返すどころか、妹にもっと貸せって、しつこく通ってくるから、妹は逃げたのよ」

「そんな男でも、ゼネコンでは現場監督が務まるンだ」

「妹は一昨日、浦和駅前のお店には訳を話して辞めたことにしてもらい、北浦和駅前のお店に移ったってわけ」

 いきなり、

「みんな聞かせてもらったよ」

 ポンプ車の陰から、金矛が現れる。

「リコさん、一昨日、お店で迷惑をかけて、申し訳なかった。この埋めあわせは近いうちに必ずするから。ところで、立石のことだが、その話が本当なら、立石はとんでもないヤツだ。そろそろ、立石が打ち合わせのため、ここにやって来る。おれが明日から北九州の現場に行くことになって、彼がここの現場を仕切るンだが、ちょっと考え直したほうがいいか……」

「監督、そんな新米に、この現場を任せたら、いくら小さなマンションとはいっても、満足なものは建ちませんよ」

「立石は入社して1年弱だが、重役の息子ということで、みんな見て見ないふりをしているところがある」

 そのとき突然、現場の方から、

「コラッ、なにをする気だ! ポンプを止めろ、止めるンダ!」

「監督! 邪魔ですッ。こっちでやりますから。そこをどいて! オイ、監督をそっちにどかせろ!」

「何をする! おれのダ、アッ!」

 ポンプ車のポンプが停止、生コンが送られなくなり、ポンプ車のバケットから生コンがあふれそうになる。

 ゆりこ、慌ててミキサー車のドラムの回転を止めた。

 金矛、険しい表情で現場を見やり、

「あの声は? 1人は岬組の親方だが、もう1人は、まさか」

 金矛、足場の階段を駆け上り、3階の現場へ。

 乃木、後を追う。ゆりこも乃木に続く。

 鉄筋が縦横に張り巡らされた3階の土間に、ポンプ屋の職人が生コン用の巨大ホースを投げだし煙草を吸っている。

 土工たちは、棒状のバイブレーターを手に、生コンを流し込んでいる幅15センチほどの壁の中を覗いている。

 金矛、土工たちの前に駆け寄り、

「どうしてポンプを止めた。何があった!」

 すると、土工の間から、苛立った声が、

「バイブを掛けるヤツがあるか! バイブを止めろ!」

 金矛がその声の主を見て叫ぶ。

「立石! 来ていたのか。何をしている」

 立石、金矛に気がつき、

「先輩! タイヘンなンです」

「どうした」

 立石、緊張した顔で、

「財布が、生コンの中に落ちました」

「財布?……いくら入っている?」

「80万余り!」

「大金だな。だれの財布だ」

「おれの。財布にボーナスをそっくり入れて来たンです。きょう、ある人に渡さなきゃいけない金だから。あれがないと大変なことになる!」

「仕方ない。諦めろッ! (職人たちに)すぐにポンプを動かせ。前も言っただろう。工事が遅れているンだ。納期に間に合わせないと、見積もり通りに金が入らない。急げ!」

「待てッ!」

 立石が、顔を真っ赤にしてどなる。

「先輩! 80万を捨てろと言うンですか!」

「当たり前だろうが! 現場に金を持ち込んだやつが悪い」

「先輩! 生コンに、例え財布とはいえ、異物を混入させていいンですか! 大学でも習いましたが、コンクリートの一体化はコンクリートの強度を保持するためには、必要不可欠です」

「それは建前だ。財布程度のものなら、この壁の厚みからいって、問題ない。その財布が、きさまのじゃなかったら、どうする?」

「そりゃ……」

「これが、平土間に生コンを打っているのなら、ポンプを止めて生コンの中から札束を取り出すのは簡単だ。しかし、壁だ。高さが4メートル弱ある。生コンの一番下に沈んだかも知れない。どうやって、生コンの中から札束を探して、取り出すンだ。型枠を全部、ぶっ壊すか?」

「しかし、80万ですよ……」

「立石、きさま、浦和のキャバクラ嬢にいろいろ金を貸しているそうじゃないか。その借金を返すための金か?」

「そうじゃないです。もっとたいへんな金です。きょう闇金に返すことになっているンです。闇金に50万、入れないとタイヘンなことになる……」

「どうタイヘンなンだ」

「闇金が会社に乗り込んできて、親父に催促するって。そうしたら、おれは会社にいられなくなる」

「きさまは、浦和のリコから30万円、借りているンだろう。順序としてはそっちに返すのが先じゃないか」

「だれが、そんなことを……」

 そのとき、ゆりこが金矛の背後から、

「私よ。妹が貸した30万円、早く返しなさいよ」

 そのとき、現場の前の道路から、車のクラクションが大音量で響きわたる。

「立石いるか! 50万、持ってきたか!」

 立石、急に青ざめ、

「闇金のヤツらだ。先輩、どうしたらいいンですか。なんとかしてください。後生です」

 手を合わせる。

「おれを拝んでも、金は出て来ない。諦めて、闇金に正直に言うンだな」

「そんな! おれはまだ死にたくない、です。助けてください。一生、恩に着ます。親父に言って、課長代理から部長に引き上げさせます!」

 立石、土下座して頭を鉄筋にこすりつける。

 下の道路からは、闇金のどなり声がさらにアップしている。

 岬組の親方、金矛を脇に呼んでささやく。

「きょうは、いやな立石が来たから、悪い予感がしていたンです」

「何か言いましたか」

「来るなり、『明日からは、おれが1人でここを仕切る。納期は絶対だ。おれに恥じをかかせるな!』って。若僧が威張ると、土工は働きません。仕事が却って遅くなる。それはいいンですが、このままだと、ヤツは夜中に現場にやってきて、型枠をぶっ壊して財布を探しかねません」

「おれもいま、それを心配している。じゃ、あれを使うか。親方……」

「はい。やりましょう。その前に、充分お仕置きをして」

「よし……立石、わかった! これから、壁の型枠を壊して打設した生コンの中からおまえの財布を取り出す」

「先輩、ホントですか!」

「但し、条件がある。これには、ここにいる岬組にもタイヘンな迷惑がかかる」

 立石、顔を上げ、金矛を見上げる。

「はい。充分にお礼はさせていただきます……」

「条件は、80数万の金のうち、50万は下に来ている闇金に手渡す。あと30万円はリコに返す。それでいいか。どうする?」

「そんなことをしたら、おれのボーナスはなくなる」

「数万は残るンだろうッ」

「ですが、数万円じゃ、遊べない」

「じゃ、やめろ。おれだって、型枠を壊すようなバカはやりたくない。(ポンプ屋に)さァ、ポンプを動かしてくれ! 仕事だ!」

 下から、闇金が「どうした! 立石、あと5分で出てこなかったら、おまえの会社に乗り込む。おまえのバカ親父から取り立てるゾ!」

 立石、金矛に、

「先輩、わかりました。それで構いません。型枠を壊して、おれの財布を取り出してください。お願いします!」

「そうか。ものわかりがよくなったみたいだな。早く下にいる闇金に会って、事情を説明して来い。しばらく時間がかかるってな」

「ハイッ!」

 立石が、現場から駆け足で立ち去った。

 金矛、親方に、

「親方、お願いします」

「やりますか」

 親方、現場の隅に他の道具と一緒に並べてあった棒状の袋をとってきて、中から、長さ1メートルほどのパイプを取り出し、引き伸ばす。

 乃木、興味津々で、

「それ、なんですか。熊手みたいなのが先に付いていますが」

 金矛が、

「これは、親方が開発したスーパーサルベージだ。生コンの中に落ちた異物を掴んで引き出すスペシャルマシーンだ」

 直径2センチ弱のパイプは伸縮式で、最大5メートルまで伸び、先端に3つに分かれた熊手のような金具がついている。手元のレバーで自在に熊手が操作できる優れものだ。

 親方は土工たちに指示して、壁の中にサルベージを入れ、瞬く間に財布を見つけ、引き上げた。

「金矛さん、見つかりました」

「親方、早い! さすがだ」

「財布が落ちたとき、こんなことになるだろうと思い、財布が沈んだ所の壁の型枠に、目印を付けておいたから……」

「立石というやつは運がいい。生コンの中に落としたモノが戻るなンてことは、まずない」

「悪運が強いンでしょう」

 立石が駆け戻ってきて、

「先輩、闇金に話して、1時間だけ猶予をもらいました。さァ、型枠を壊しましょう」

 立石、携帯ノコを振り上げる。

 金矛、生コンまみれの財布を示し、

「財布というのは、これか」

「どうしたンです、先輩!」

「親方が鋭いカンを働かせて、生コンの中に腕を突っ込んで掴みだした。親方にお礼を言え!」

「岬組の親方、ありがとうございます」

 親方、苦笑いで、

「機会をつくって、土工たちに一杯飲ませてやってくれればいいですよ」

「いつでも」

 金矛、財布を開き、30万をとりだす。

「条件通り、30万円はここにいるリコのお姉さん、ゆりこさんに渡す。ゆりこさん、立石の気が変わらないうちに、取って」

 ゆりこ、30万円を受け取り、

「金矛さん、ありがとうございます」

「あとの財布は立石、おまえに返したゾ」

 立石、受け取り、

「ありがとうございます」

「親方、あとをお願いします」

 ポンプが動き出し、生コン打ちが再開される。

 立石、現場にあった、スーパーサルベージを見つけて、

「先輩、これは何ですか? 先端に錨のような金具が付いていますが……」

「それがあれば、なんでも掴めるゾ」

「運も掴めますか」

「運なンか、簡単だ」

「おれは最近、運が悪くて……」

「きさまの場合、掴んでも、不運だな」

                 (了)

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リコと生コン あべせい @abesei

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