038:二度と悔し涙を流さないために、私は強くなりたい

 レベルアップしたことによって、木片と化していた体の一部が元通りに戻った。

 火傷も負傷も体の欠損も何もかもが元通り――新品の宝箱の状態だ。


 でも心までは回復していなかった。

 悔しさも情けなさも、私の心を支配するかのように心の奥に潜んでいる。

 むしろずっしりと居座っている。


 でもこの気持ちが無くなっていなくて本当に良かった、と安堵している自分がいる。

 この気持ちが無くなっていたら、また同じことを繰り返していたに違いないから。

 同じことを繰り返して、勝ち目がない戦いに無謀に挑んでいたに違いない。


 体が治った喜びとか、生きてる幸せとかの感情を上書きしちゃダメだ。

 悔しさも情けなさも悲しさも、全て私の心に同居させる。


 この気持ちが残っているからってこそ、前に進める。強くなれる。

 私はそう信じてる。


「キィイイ (ありがとう)」


 私は改めてキングラットくんたちに感謝を告げた。

 キングラットくんたちは、それぞれ声を上げて答えてくれている。

 何を喋っているかわからないけど、きっと『どういたしまして』とか『いえいえ』とか言っているんだと思う。

 そういうところは人間とは変わらないんだなって思うのは、私に人間の思考があるからだろう。

 それでもそういう風に思った方が都合がいいこともあるので、そう思うようにした。


 さて、レベリングの旅を再開したいところだけど……その前に魔法の特訓だな。

 どのくらいで限界がやってくるのかとか、どのくらいの威力を放つことができるのか、色々と試したいことがある。

 ぶっつけ本番で試すのは危険すぎるからね。

 その恐ろしさを身を持って知ったからね。

 まずは魔法をある程度使いこなせるようになるまで、ここで魔法の特訓だ。


 ここはスケルトンたちの縄張り間違い無いはず。

 もうスケルトンはいない。キングラットくんたちがスカルドラゴンを倒してくれたからね。

 だからここはもう誰の縄張りでもない。

 だから安心して魔法の特訓をできるかもしれない。

 他のモンスターにはスケルトンが敗れたって情報は入ってないはずだからね。

 それにその情報が入ったとしてもここには私たちがいる。

 下手に襲ってきたりはしないだろう。


 よしっ。方針が決まったということで魔法の特訓を始めようか。


 私は辺りを見渡した。

 魔法の特訓に相応しい場所を探すためだ。


 あそこがいいな。

 岩がいっぱいあるからまとにもできる。


 それにしてもここは悲惨な状態になってるなぁ。

 辺りを見渡して改めて気付いたよ。

 どこを見ても焼け焦げているし、攻撃の痕とか戦いの痕跡がすごい。

 スカルドラゴンと死闘を繰り広げてたんだな。夢とか妄想じゃなくて本当に。

 まあ、一方的にやられてただけだけどね。

 もう2度とそんなことがないように、強くならないと。

 とにかく魔法の特訓だ。


 まずは普通に発動してみよう。


 必殺――闇のダークネス光線レーザービームッ!!!

 ――ブヲォンッ!!!


 私の口内から闇属性魔法が壁に向かって真っ直ぐに発射された。


 よしっ。大丈夫だ。魔法は出せる。

 一度乗れるようになったらその感覚を忘れない自転車と同じで、魔法も発動の感覚を忘れてない。


 次にこの魔法の加減の調整とかやってみようかな。

 まずは弱!!


 必殺――闇のダークネス光線レーザービームじゃくバージョンッ!!!

 ――ブヲォンッ!!!


 う〜ん。

 さっきとあんまり変わらない?

 もう少し念じる力を弱くしないとダメか。


 次は強めに発動してみよう。


 必殺――闇のダークネス光線レーザービームきょうバージョンッ!!!

 ――ブヲォーンッ!!!


 うぉおおお!!

 さっきよりも強く出た!

 ほんの少しだけだけどね。

 でも強く出すことは可能だ。


 スカルドラゴンとの戦いの時は、無我夢中で魔法の強弱とか確認する余裕なんてなかったからな。

 これは新たな発見だ。

 というか私が魔法を発動した瞬間、あの炎の弾ファイヤーボールに焼き消されたから、確認なんてできやしなかったんだけどね。

 一度でも炎の弾ファイヤーボールと相殺できれば違かったかもしれないけど。


 まあ、過ぎたことはもういいか。

 今は魔法を使いこなせるように特訓しないと。


「ズゥズゥッ」


 ん?

 キングラットくんが話しかけてきている?

 どうしたんだろう?

 もしかして私が暴れてるように見えて止めに来てくれたとか?


 それは勘違いだよキングラットくん。

 私は暴れてなんかないよ。


「キィイイイキィイイ (魔法の特訓をしてるだけだよ)」


 って、複雑な言葉は伝わるわけないか。


「ズウ! ズウッ! ズウ! ズウッ!」


 キングラットくんは空手の型のようなポーズを私に見せていた。


 あ、あれ?

 伝わってないのは私の方だった?

 もしかしてキングラットくんは、私の魔法の特訓を手伝おうとしてる感じ?


「チュウチュウ!!」

「チュウッ! チュウッ!」


 キングラットくんだけじゃない。

 ミディアムラットたちも私の魔法の特訓の手伝いを……。


「チュウーッ!!!!」


 あっ、違かった。

 ミディアムラットたちは私の周りで交尾をしてただけだった。

 どんだけ盛んなんですか!?

 羨ましいぞこのやろう!!!

 というか、スモールラットの時もそうだったけど、見せつけてる?

 わざと見せつけてたりしてない?


「チュウーッ!!!!」


 気持ち良さそうな声ばかり出しやがって、こんちくしょー!!!

 あぁ、今ならさっきよりも強力な魔法が出せそうな気がするよ……。


 ふぅー。一旦落ち着こう。

 ネズミさんたちの喘ぎ声は声援だと思えばいいや。


 さて、続き続き。


「ズウッ! ズウ! ズウッ!!!」


 そうそう。私の味方はキングラットくんだけでいいのだよ。


「ズウッ! ズウ! ズウッ!!!」


 キングラットくんが何を伝えたいのか。

 キングラットくんの空手のような型を見れば何かわかるかも……って!!!


「ズウーッ!!!!!」


 お前も交尾してんじゃんか!!

 もういいよ。私ひとりで魔法の特訓するよ……。 (クソデカため息)


 でもまあ、ネズミさんたちにとっては、この交尾も経験値上げの修行みたいなもんなんだもんね。

 毎日のように、いや、一日中交尾してるのを見てたから、この進化――成長速度には納得だわ。

 というのも私の考えでは、三大欲求が経験値アップの要因だと考えている。

 食欲、睡眠欲、性欲……この三大欲求を上手におこなうことによって経験値を多く入手できるのだと。


 あの時はキングラットの支配から解放されたテンションで交尾しまくってるんだと思ってた。 (ワンナイト的なノリね)

 でも違うんだ。ネズミさんたちも強くなろうとしてるんだ。

 またキングラットのような格上に支配されないように。

 奴隷のように扱われないように。

 だからこうして強くなろうとしてるんだ。

 私と一緒だ。強くなろうとしている私と……。

 まあ、方法は全然違うんだけど。 (喘ぎ声うるせぇえええ)


 とりあえず経験値は宝石や魔石を集めて、それを食べてなんとかするとしよう。 (上質な睡眠も)

 それで戦いの方はやっぱり技術的なものを磨かないといけない。

 うまく魔法をコントロールできるように。

 基礎も応用も磨き上げなきゃ。


 今度はあの岩を狙ってみよう。

 10メートルほど離れた場所に大きな岩だ。

 ネズミさんたちもいないからあの岩を的にしても大丈夫だろう。


 必殺――闇のダークネス光線レーザービームッ!!!

 ――ブヲォンッ!!!


 私の魔法は岩には当たらず背後の壁に当たり消失した。


 命中精度も低いな。

 スカルドラゴンの時はもっと近かったし、スカルドラゴン自体大きかった。

 それにスカルドラゴンはあまり動かなかったから魔法を当てやすかったんだ。

 でもあの岩よりも小さくてすばしっこいモンスターが現れたらどうだ?

 少しでも命中精度もあげないと。


 ◆◇◆◇◆◇◆◇


 私は納得がいくまで魔法の特訓を続けた。

 闇属性魔法を理解するまで何度も発動した。


 二度と悔しさの涙を流さないため。

 強くなるため。

 命の恩人であるネズミさんたちを今度は私が守ってあげるため。

 クラーケンにもオーガにもドラゴンカップルにも勝つため。

 そして、イケメン冒険者の隣に立つのに相応しい女になるため。


 私は魔法の特訓を続けた。

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