037:ネズミの恩返し

 ん……ここは……?


 意識が覚醒した。

 死んで覚醒するはずのない意識なのに。

 だから私は天国に来たのだと思った。

 妄想の天国ではなく本物の天国に。


 でも違和感はあった。

 私の視線の先――天井や壁、この場所の雰囲気に見覚えがあったのだ。

 死ぬ前に戦っていたスケルトンの縄張りにそっくりだ。

 いや、微かに鼻腔を刺激する焦げ臭さが、スケルトンの縄張りなのだと肯定しているようにも思えた。


 仮にここが天国じゃなくてスケルトンの縄張りだとしよう。

 なぜ私は生きているんだ?

 あの状況で死なずに生き残れるはずがない。

 火の海だったこの場所も、焦げくさいだけで燃えてる感じが一切しない。

 おかしい。おかしすぎる。

 そもそもスカルドラゴンはどこに行ったんだ?


 やっぱりここは天国なのかな?

 天国は現実世界と瓜二つ――そっくりな世界ってことなのかも……?

 だから死んだ場所にいるのか。それなら辻褄は合う。

 だけど体の痛みや疲労感はなんとかしてほしいものだな。

 死んだのにこの痛みが続くのは地獄だぞ。

 あぁ、そうか。

 根本的に間違ってた。

 ここは天国でも異世界でもない。ただの地獄か。

 モンスターが逝く場所なんて地獄しかないよね。

 その方がしっくりし、色々とこの状況に当てはまるよね。


「ズゥズゥッ」


 え?

 嘘でしょ……そんな……冗談だと言ってくれ……。


 野太い鳴き声とともに私の前に現れたのは、ネズミの魔物――キングラットだった。


 私が倒したキングラットか?

 ここが地獄ならあり得る話だよね。

 だとしたらなんで私の前に現れたんだ?

 決まってる。復讐のためだ。

 こ、殺される……!!

 地獄で死んだら次はどこに行くんだ?

 大地獄とかか?

 いや、そんなこと考えてる場合じゃない。

 早くここから逃げないと。


「ギィイッ (痛いッ)」


 体に激痛が……。全く動けないぞ。

 これじゃ逃げられない。


 なんだよ。死んですぐにまた死ぬのかよ。

 どんだけ災難なんだよ。

 前世から計算したら、次死んだら3度目の死だぞ?

 最悪だ。なんて最悪なんだ。


「ズゥッズゥウ」


 ん?

 どうしたんだ。

 可愛らしい声を出して……。

 それになんだ? このつぶらな瞳は……。

 まるで私を心配しているかのようじゃないか。

 いや、待てよ。

 あながちその考えは間違ってないのかもしれない。

 このキングラット……どこかで見たことがあると思ってたんだ。

 だから私が倒したキングラットだと思った。

 でもそれは勘違いだった。

 このキングラットは……


「キィイキィイ? (ミディアムラットくん?)」


「ズゥズゥッ!!」


 そうだ。絶対そうだ。

 間違いない。ミディアムラットくんだ。

 そうかそうか。進化したのか。

 あれから結構経ったもんな。

 って、そうじゃない。

 なんでミディアムラットくんも地獄にいるわけ?

 まさか、私と同じで他のモンスターに殺されたとか?

 そんな……ミディアムラットくんまで死んじゃうだなんて。


「「「チュウチュウチュウッ」」」


 ミディアムラットくんだけじゃなかった。

 君たちは元スモールラットたちか!?

 みんなミディアムラットに進化してる。

 他にもたくさんスモールラットもいるぞ。

 もしかしてミディアムラットくんたちの子供かな?

 そうかそうか。家族共々殺られてしまったのか。

 なんて可愛そうなネズミさんたちなんだ。


 でもこうして地獄で再会できたのは良かったかもな。

 地獄でも独りは寂しいからさ。

 短い間でも一緒に過ごした友達がいるのは心強いな。


「チュウチュウチュウッ!」


「ズウズウズラァ!!」


「チュウチュウチュウ!!」


 なんかミディアムラットくんとスモールラットが喋ってるぞ?

 というかミディアムラットくんはキングラットに進化してるし、スモールラットはミディアムラットに進化してるし、呼び方がややこしいわ!

 ミディアムラットくんはキングラットくんと呼ぶとして、ミディアムラットに進化した元スモールラットたちは……進化したままのミディアムラットでいいか。

 それでキングラットくんたちは何を喋って……!?


「ズウズウズゥッ」


 こ、これって……まさか……。


 キングラットくんが持っている物を見て私は衝撃を受けた。


「ズウズゥ」


 をキングラットくんは私の舌に載せた。

 舌触りからわかる。伝わってくる。

 間違いない。これはだ。

 しかもかなり輝きを放ってるぞ。前世でも見たこともないほどに真っ白に輝いてる。


 これって……もしかしてスカルドラゴンの魔石か?

 だとしたらここは地獄でも天国でもなく、異世界?

 あの洞窟の中で私は死んでないってこと?

 いやいやいやいや、ありえない。ありえない。

 あの状況でどうやって生き残るんだよ。

 あの状況で生き残る方法を考えたら、勇者とか強い仲間とかが助けに来て敵を倒すくらいしか……。

 え? うそでしょ……。

 まさかその考え通りだとしたら……私がこうして助かったのって……キングラットくんたちが助けに来てくれたから?

 ありえ……なくはない。

 でもキングラットくんたちがスカルドラゴンに勝てるのか?


 私はキングラットとの戦いを思い出していた。

 あの強さならジェネラルスケルトンと互角に戦えるかもしれない。

 でもスカルドラゴンには到底及ばないはず。

 そう分析した。

 でもそれはキングラットとスカルドラゴンがサシで戦った場合だ。

 ここにはキングラットくんの他にもキングラットが何体かいるのが見えた。

 それにミディアムラットもかなりの数いるはずだ。


 そうか。

 全員で力を合わせてスカルドラゴンを倒してくれたんだな。

 キングラットくんたちにとっては、キングラットの支配から解放した私への恩返しのつもりで戦ってくれたのかもしれない。

 でも私にとってキングラットくんたちは命の恩人だ。

 恩を返しすぎだよ。こりゃ次は私が恩返ししなきゃだな。

 この恩を返すのは大変そうだな……。


 あぁ、そうか。

 私にはまだ次があるのか。

 次が……ちゃんと次があるのか……。


 うぅ……あぅ……。


「キィイイ、キィイイ! (ありがとう、ありがとう!)」


 本当に、本当にありがとう……ありがとう。

 ありがとう、ありがとう、ありがとう。


 何度も何度も感謝の言葉が溢れ出た。

 それと同時に死に際に一度も流れることがなかった涙が滝のように流れる。


 うぅ……うぐ……弱い自分が悔しい。

 涙と一緒に悔しい気持ちが溢れ出た。


 本当に悔しいよ。悔しい。

 弱い自分が悔しい。

 情けない。情けなさすぎる。


 もしも逆の立場だったら、私はキングラットくんたちを助けられただろうか?

 多分無理だ。

 見捨てたりはしないだろうけど、スカルドラゴンを倒してみんなを助けるなんてことはできなかったと思う。

 なんでか?

 私が弱いからだ。全滅するに決まってる。


 レベルアップもした。

 進化もした。

 魔法も使えるようになった。

 それでもこの世界では通用しない。

 私は弱いミミックだ。


 もっと、もっと、もっと強くならないとこの世界では通用しない。

 このままだとまた死ぬだけだ。

 助けてもらって命を無駄にするだけだ。


 もっと強くならないと。

 じゃないと命の恩人たちを守ってあげられない。

 大きな恩を返すことができない。


 私が強くなって、この洞窟の強いモンスターを全部倒して、キングラットくんたちが幸せに、穏やかに暮らせるようにしないと。

 クラーケンもオーガもドラゴンカップルも倒せるくらいに強くならなきゃだめだ。


 あぁ、弱いってこんなに悔しいんだね。

 悔しくて悔しくて涙が止まらないよ。


「ズゥウ?」


 ごめんごめん。そんな心配そうな顔しないで。

 私は大丈夫だよ。それよりも……


「キィイィ、キィイイイ? (この魔石、もらっていいの?)」


「ズウ!!」


 言葉が通じているのかどうかはやっぱりわからない。

 でもなんとなく察してくれたんだろう。

 本当はいただくわけにはいかないし、いただく資格なんてない。

 でもこれを食べなきゃ私は動くことすらままならない。

 だから受ける恩はこれで最後だ。

 もっと強くなってキミたちを守れるようになりたい。

 そのためにこの魔石は遠慮なくいただくよ。


 本当にありがとう。

 この恩は一生忘れない。

 それに絶対に恩返しする。


 私は舌に載っているスカルドラゴンの魔石を口へと運んだ。

 そして思いっきり囓った。


 ――ガリッ!!!!


 ひと囓り分しか力を出せなかったけど、それで十分だった。


 《個体名〝ミミックちゃん〟はレベル17に上がった》


 レベルアップを告げる声が脳内に響いたからだ。


 スカルドラゴンの魔石は涙の味でいっぱいだった。

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