032:我慢と根性ばかりの人生だった

 根性で噛み付き続けるって作戦が、無謀な作戦だってことぐらい分かってる。

 でもそれしか方法がないことも分かってた。

 だから無謀でも全力で挑まなきゃダメだ。

 無謀だからって一瞬でも諦めたらダメなんだ。


 牙が折れても心だけは絶対に折らないぞ!!!


「ギィイイイイッー!! (ぐぁああああッー!!)」


 骨の剣がもうすぐ私の体を真っ二つにする。

 それに私の牙も折れずに残ってるのかわからないくらい砕けてしまっている。

 状況は最悪だ。ベリーハードすぎる。

 まさに手も足も出ないって感じだね。

 まあ、ミミックには手も足もないんだけどね。


 だけどまだ生きてる。

 手と足が出なくても、牙がある。

 牙が使い物にならなくても、顎の力だけでなんとかしてみせる。

 顎がダメになっても、舌がある。

 舌がダメなら斬り落とされた木片でもなんでも使ってやる。

 何がなんでもこいつをあっと言わせて、一生残る傷をその骨に刻んでやるよ。


「KARAKARAKARAKARA!!!」


 その嘲笑もやめさせてやる。


「キィイイイイイイ!! (うらぁあああああ!!)」


 私は全神経を顎に注いだ。

 骨の剣を離さまいとしていた体の強張りも解いて、顎の力にだけ集中させたのだ。

 そうするとどうなるか――


「ギィイイイイッ!!! (ぐぁあああああッ!!!)」


 骨の剣は一閃を放ち、私の体を真っ二つにする。


 痛い、死ぬほど痛い。死んだ方がマシかもしれないほどの痛さだ。

 体の半分以上が地面に落ちたのがわかる。

 音はもう聞こえない。視界もぼやけて何がなんだかわからない。感覚も麻痺してよくわからない。

 それでも自分の体だ。半分以上が失ったのくらいは分かる。


 モンスターは死んだら粒子になる。

 私はミミック――モンスターだ。

 例外でない限り私も粒子になるだろう。

 聴覚も視覚も触覚も……嗅覚も味覚も、もう何も感じない。

 でも粒子にはなってない。


 だから――これでいい。このままでいいんだ。

 まだ噛み付いているんだから。

 まだ死んじゃいないんだから。


 命懸けでありったけの力を絞り出す。

 これが私にできる最期の悪足掻きだ。


「キィイイイイイイ!! (うおおおおおおおお!!)」


 折れろー!!

 砕けろー!!


 ――うあ!?

 突然の浮遊感と失った顎の感覚。

 ああ、地面に落とされたなこれ。

 もう力を使い果たしちゃったか。

 気合入れたばかりなのに、心はまだ折れちゃいないのに……。

 やっぱりどうしようもないことは、どうしようもないのか。

 どんなに頑張っても奇跡なんて起きてくれないんだ。

 うん。分かってた。

 前世でも努力した。夢に向かって頑張った。

 でもダメだったからOLになった。

 夢も何もかも諦めて、ただただ平凡に生きた。


 本当はそんな前世を否定したくて、認めたくなくて、頑張ってきたんだ。

 何かと理由とか言い訳を並べてたけど、本当は努力は報われるって証明したかったんだ。

 そしたら前世で諦めた夢も叶えられた気分になるからさ。

 まあ、それも全て自己満足なんだけどね。


 でも今わかった。

 前世の私は正しかった。

 努力は報われない。

 努力が報われていると言ってる人間は、努力が報われている人間だけ。

 どんなに努力しても報われない人間もいるんだ。

 そう。私みたいに。


 前世も今世も我慢と根性ばかりの人生……箱生はこせいだったな。

 夢も叶えられない。目の前の壁も突破できない。

 我慢と根性ってなんなんだろうね。

 努力ってなんなんだろうね。


 もしも来世があるのなら、我慢も根性も努力もしない生活を送りたい。

 楽して生きたい。ただそれだけでいい。

 イケメンと付き合いたいとか、そんな贅沢はもう言わない。

 我慢も根性も努力もしない人にそんなこと言える資格なんてないと私は思ってるから。


 ああ、でも最期にさ、もし、もしわがままを言っていいなら、イケメン冒険者に会いたかったかな。

 死ぬ気で頑張ったのに、何度も死ぬ思いしたのに、それでもイケメン冒険者には届かなかった。

 イケメン冒険者を見たのは妄想の中だけ。あと三途の川のイケメン冒険者だけ。

 まあ、三途の川も妄想の中みたいなものだけどね。


 おっと、そんなことを行っていたら光が……迎えに来たのかな。

 今回もまたイケメン冒険者だったらいいな。

 喜んでその手を取るよ。


 あ、あれ?

 光だけで誰も現れてくれない。

 そうか……本当の死ってこんな感じか。

 あの時はただの妄想。

 本当に死ぬ時は誰も迎えに来ない。

 三途の川もない。ただの光だけ。

 夢も希望もないな。

 そりゃそうか。

 死なんてみたいなものだからね。

 私はただかえるだけ。

 来世があればラッキーなだけ。

 ただそれだけ。


 って、あ、あれ?

 全然光がこっちに来てくれないんだけど?

 なんで?

 どうして?

 この状況は何?

 この状況自体が死ってことなの?


 いや、違う。

 違うぞ。

 これは違う。

 この光は…………魔石だ。


 ボヤけた視界の中で微かに見えるのは白く発光する魔石だ。

 その白さに迎えに来たのかと勘違いしたぞ。

 いや、この状況なら誰でも勘違いするはずだ。

 ということは私ってまだ生きてる!?

 とどめを刺されれなかったの?

 ジェネラルスケルトンは何してるの?

 骨の剣でとどめを刺せばいいのに……いや、そうじゃないだろ。

 ジェネラルスケルトンはとどめを刺さなかったんじゃない。刺せなかったんだ。


 だって、ジェネラルスケルトンは、私の瞳に微かに映ってる白く発光してる魔石になったんだから。


 つまり私の根性こんじょうちってこと!?

 私、ジェネラルスケルトンと相打ちだったのか!?

 相打ち覚悟とか言ってたけど、本当に相打ちでできたんだ。


 ふふっ、勝利の余韻に浸りたいところだけど、それも無理だな。

 だって、ジェネラルスケルトンの後にはスカルドラゴンがいる。

 あいつが私を踏み潰すだろう。焼き殺す可能性の方が高いか。

 だからこれは相打ちなんかじゃないな。

 奴らの…………スケルトンの勝利だ。


 結局私は負けたんだ。


 ほら、感じる。

 こんな五感の全てを失った状態でも感じる。

 スカルドラゴンが近付いてるってことに。


 スカルドラゴンに殺されるか、私の命が先に尽きるか。

 私の最期はどっちになるんだろうね。


 最期か……本当に最期なのか?


 あはは……。

 私ってやつはさ、どうして、どうして……根性が染み付いちゃったのかな。

 こんな状況でも生きようとか考えちゃってるし、生きられるかもしれない希望も見つけちゃってる。

 もう諦めるべき状況なのに、心が、魂がそれを否定してくる。

 まだやれる。まだできる。まだ頑張れる、って。


 くっそ。

 くそくそくそくそくそくそ。


 わかったよ。わかった、わかった。

 まだ死んでないんだから根性を見せればいいんだろ?

 それでもどうすることもできなかったらその時に死ねばいい。

 まだできることがあるんなら、止まっちゃダメだ。


 まだできること……それは、目の前の魔石を喰らうことだ。

 舌は体と繋がってる。


 動くか?

 根性で動かしてやる。


 視界が全く見えない。でも光だけは見える。

 感覚もよくわからないけど、真っ直ぐに舌を伸ばせばいいよね?

 真っ直ぐに伸びてるのかもわからないけど、でも何もしないで死を待つよりはいい。

 もがいて、足掻いて、あらがって……全部出し尽くす。


 ああ、光が近付いてる。

 きっと舌が魔石を掴んだんだ。

 このまま口に運んで食べればいい。

 それでそこしでも体が回復できればなんとかなるかもしれない。

 レベルアップすればいいけど、レベルアップできるほどの経験値は溜まってないはず。


 って……それ以前に魔石が噛めない。

 牙が折れたから?

 顎の力がないから?

 それともジェネラルスケルトンの骨みたいに魔石が硬いからか?

 最悪だ。

 もう魔石は口にあるってのに……。


 でも牙も顎も使えないなら、飲み込めばいいだけの話だ。

 飲み込んだとしても今の私の体がどうなってるかわからない。

 真っ二つになってるはずだから、口からしたがないかもしれない。

 飲み込んですぐに外に出るかもしれない。


 まあ、その時は死を受け入れる時だ。


 ――ごくっ。


 飲み込んだというよりは舌で無理やり押し込んだ感じだ。

 これで少しでも回復してくれれば……私はもう少しだけ生きられ――


「WOOOOOOOOOOO!!!!!」


 あぁ、私の最期は炎か。

 私はスカルドラゴンの炎に包まれた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る