商談

吐く息が白くなる。馬車の窓から見える王宮まで続く街道は雪に塗れとても美しく彩られていた。あの会食から約二月ばかり過ぎようとし、あの日お兄様はお父様に異を唱えて居たけれど、結局は当主の決定に逆らえなくて、私の婚約者候補の話はほぼ成立なものとなっていった。公爵家との繋がりを作っておきたいと言う魂胆が見え見えであまり気分は良くなかったけれど、ここでまた異議を唱えるのも違うかもしれないと言葉を飲み込んで。もう少しすればラピスラズリあの子もやって来て、私の人生も大きく狂わされることになるのだから、ここでの婚約はあまり意味を持ってはくれない。良い待遇なんか求めるだけ無駄なのだと私は既に知っている。知っているからこそ、この後絶望の底へと落とされるかもしれない・・・・・・ことが恐ろしくて恐ろしくて、胸が張り裂けるぐらいに痛い。私が溜息をつくと、心配したらしいウルスラは明るい声を掛けた。

「お嬢様流石ですね!私すっごく誉高いです!」

私の心内を知り得る筈も無いウルスラは、ぱぁっと顔を綻ばせて嬉しそうにそう言った。確かに自分が仕える娘が王子の婚約者候補だなんて自分のメイドと言う身分にも箔が付くもの。

「第二王子様と言えど、国王になりうる可能性は有ります!そうすればお嬢様は王妃になるかもしれませんね!ああ、なんて素晴らしいんでしょう!」

恍惚こうこつと、うっとりと宙を眺めるウルスラに苦笑いを浮かべながら「そうね」と呟いて見せた。

第二王子の噂は私の耳にも届いた。

ミルクティーベージュの髪に薄い水色の可愛らしい美少年。けれど中にはどす黒い魔物を住まわせた野心家。私も最初あの人の事を気になってしまって、好きになってしまって、どうにかしてあの甘い瞳を向けて貰えるよう努めたけれど、無駄だった。向こうは私を眼中にすら入れてなかった。向こうは私をただの令嬢の一人だと、ただの道具としか見てなかったのだ。腹立たしい、憎たらしい、あの時盲信的に愛していた私が馬鹿で惨めでおかしくなってしまいそうな、そんな気分。

今回もきっと愛して貰えることは絶対にない。

ならば利害関係だけ一致させて、形だけの婚約者を保とう。

それさえすれば構わないだろう。

窓の外に目線を向け、近付いてくる王宮に顔が曇る。

今日は第二王子が好きらしい、パフスリーブのフリルの可愛い薄紫色のドレスに、同系色のパンプス。髪はハーフアップにゆい上げられ、髪留めはこれまた同系色の細めのリボン。在り来りなデザインだし、私の好みでも無いし、凄く可愛い訳でも無く、このドレスは本当は第二王子の趣味ではないんだけれど、なんて思いながらも、来る面会に、私は気持ちを切り替えた。「お嬢様、頑張りましょうね!」

ウルスラがぐっと親指を立ててにこやかに言うのに対し、此方も軽く微笑んでは、着いたことを知らせる、ドアを叩く音に腰を浮かせて、「行きましょう、ウルスラ」とまた軽く微笑む。言わばこれは商談なのだから。


◇◇◇


煌びやかな客間に通されて、私は一人待っていた。ウルスラは別室に連れていかれて、怖々と私の方を振り返りつつも、「頑張って下さいね」と口パクで応援してくれた。

そう、ウルスラの言う通り頑張らなければいけないの。将来地位をしっかりとしておく為にもこの関係は成立させておいた方がいい、少なくとも、ラピスラズリに取られるのは避けたい。否、避けなければならない。なんて考えていると、「待たせて済まないね」と、ドアの方から声がして、私は其方に顔を向ける。

精巧に作られた人形の様に傷一つ無い肌、煌めく青の宝石をはめた様な瞳、絹が如く滑らかな、少し明るめなミルクティーベージュの髪。服も貴人が纏うに相応しい様な服装、11歳だと言うのに気品に溢れる姿は矢張りいつ見ても見蕩れてしまう。

「……何かついてる?」

「ぁっ……申し訳御座いません。この度はお招き感謝致します、第二王子殿下。私はヴァーネット・パルデミュンテ。以後お見知り置きを。 」

ドレスの裾を摘んでカーテシーをしては一礼する。暫くそうしていると、「顔を上げて」と落ち着いた声で諭された。言われたままに、そうする。

「私はこの国の第二王子。ミドレディア・パル・リエーフだ。この度は来てくれて感謝するよ。」

人当たりの良くて優しくて素敵な王子様。

微笑みながら私に手を差し伸べ握手を求めるさまは御伽噺の王子様の様だった。

この人の婚約者だったのはラピスラズリだった。

第二王子の婚約者として少しだけ足りなかったけれど、国は公爵家との利益に目がくらみ、愛娘であったラピスラズリあの子との縁談を希望した。それで留学に来ていた隣国の王子とも交友する機会があって、まんまと恋心を芽生えさせて、王子との結婚を反故ほごにしたいとか言い始めた。お陰で私はいい迷惑よ。

「……パルデミュンテ公爵令嬢?どうかしたか?」

怪訝そうな声にはっとして「なんでもありませんわ」と微笑みを浮かべて取り繕う。王子は一瞬探る様な眼差しを向けた後、「そうか」と、ぱっと表情を変えた。

「立ち話もなんだから座って話そう。」

「そうですわね」

ここが肝。ここで上手くいかなければ、私は終わる。そう意気込んで私は笑みを貼り付けた。

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最期に笑う為に貴方に復讐する 夜櫻千代 @sikonryuuhi

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