第4話 廃墟
男は、どんどん街から離れ、そして、ついに外灯すらもないような人気のない郊外へと来てしまった。
「・・・」
ただ黙ってついてきた更紗だったが、ここに来て、初めて不安を感じた。
「やっぱあたしやめとく」
更紗はその場に立ち止まった。
「なんでだよ」
男が更紗を振り返る。
「一応あたしも若い女の子ですからね」
さすがに図太い更紗も怖くなってきた。怪しい男の口車に乗って、人気のないところに誘い込まれ、乱暴された挙句殺される。よく新聞なんかに載るパターンだ。まさに今それじゃないか。そのことに今さらだが更紗は気づく。
「俺は浦沢」
「はい?」
すると、男が突然名前を名乗った。
「まだ名乗ってなかっただろ」
浦沢は振り返り更紗を見る。
「・・・」
「大丈夫だ。ついて来い」
そして、浦沢は、更紗の反応などまったく意に介さずまた歩き出す。
「・・・」
しばらく迷った更紗だったが、仕方なく重い足取りで後ろに従った。
「どこまで行くのよ」
ついに住宅街からも外れ、人家までがなくなって来た。更紗は堪らず前を行く浦沢に叫ぶように訊く。
「着いたぜ」
だが、それと同時に浦沢は立ち止まった。
「えっ?」
「ここだ」
浦沢は、目の前の建物を見上げ指差す。
「・・・」
更紗は、浦沢の指差す方を見上げる。
「・・・」
そこは闇に飲まれるように立つ・・、廃墟だった・・。
「・・・」
更紗はその巨大な廃墟を半ば呆然と見つめる。散々歩いて辿り着いたのはここか・・。脱力感と、絶望感と、そして、恐怖が同時に更紗を襲う。
「やっぱ・・」
「来いよ」
更紗が、やはり、危険を感じ断ろうとすると、だが、浦沢はそれを遮り、どんどん、その廃墟の敷地の中に入って行ってしまう。
「・・・」
更紗は躊躇する。さすがにやばい。鈍感な本能ではあったが、それでも、かなりの警報級のアラームが頭の中で鳴っていた。
しかし、ここまで来て、引き返すこともできないし、行くところもなかった。そして、何より一刻も早く絵を描きたかった。とにかく絵が描きたかった、更紗にとって絵を描くことは呼吸をしているのと同じようなものだった。絵を描かないと苦しくて苦しくてたまらない。
仕方なく更紗は浦沢の後を追いかけ敷地内に入っていった。
「ここは?」
敷地内に入ってあらためて更紗は廃墟の建物を見上げる。
「なかなか生かしたデザインだろ」
浦沢が言った。
「・・・」
その建物は奇妙な形をしていた。マンションのような、ホテルのような、美術館のような、どことなくイタリアのサグラダファミリアにも似た感じがある。
「バブル絶頂の頃に設計、デザインされた当時最新の市営団地さ」
「市営団地?これが?」
更紗が驚く。
「ああ、これはマジメに、本当の市営団地だぜ。バブル時代の狂乱が生んだ遺物だよ」
「・・・」
あらためて更紗はその建物を見上げる。
「誰も住んでないの?」
「ああ、あれもこれも全部廃墟さ」
浦沢は、五棟ある建物を端から指を差しながら言う
「全部?」
「ああ、全部」
「何で誰も住んでないの?」
「無茶な三セクのなれの果てさ。ここはこの団地を中心に町が出来るはずだったんだ。それがバブル崩壊と、政治の都合で御破算。結局、建物は建ったが、建物だけあっても、町の機能がないから誰も住まずに、そのまま廃墟になったってわけさ」
「・・・」
それで周囲に何もなかったのか。更紗は納得する。ここに来るまでの道路も中途半端に未整備で、外灯はおろか、信号もなかったし、道路に白線も引いていなかった。
「さあ、こっちだ」
浦沢は、慣れた足取りで、その廃墟の方へと入って行く。
「・・・」
更紗は黙ってその後ろに従った。
「絵を描きたいなら、ここを使えばいい」
浦沢は、建物の開き戸を開けた。そこは、団地の中央部分の大きく開けた中庭のようになっている片隅にある団地の集会所だった。浦沢はそのまま中に入って行く。そして電気をつけた。更紗は電気が来ていることに驚く。
「ここなら、広いし、アトリエにもってこいだろ」
浦沢が更紗を見て言った。
「いいの」
「ああ、そのデカい絵も楽々入るだろ」
「うん」
中は二十畳はある広さだった。大きな絵を描くには最高の場所だった。
「まあ、お前の住むとこは、また考えとく。とりあえずここで今日は寝ろ」
「うん・・」
そして、浦沢はどこへ行くのか出て行ってしまった。
「・・・」
一人残された更紗は、その広い部屋の中央で巨大な絵を背負い両手に荷物を持ったまま、狐につままれたようにしばらく呆然と突っ立っていた。
ここは更紗の求める最高の場所だった。
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