第5話 意図……?
「ふー。ごちそうさま」
紙ナプキンで手を拭きながらそう口にした俺は、ゴガゴーラを一口飲む。
どこかのネットで見たことあるけど、一緒に食べる人と同じペースで食事をすれば好感度が上がるらしい。
だから、隣の柳原にペースを合わせようとしたのだが、
「おっそいわね。可愛い子キャラでも狙ってるの?それとも私を大食いキャラに仕立てたいの?」
俺がハンバーガーを食べ終わる時には風雅と一緒にごちそうさまをしていたこの女。
きっと、俺の食べるスピードが遅いってのもあるのかもしれないが、いくらなんでも現役部活マンの風雅と同じくらいに食べ終わるのはおかしい。
「柳原が早すぎるんだよ。ちゃんと噛んでるか?」
「噛んでます。バカにしてるの?」
「別にしてねーだろ」
なにをどう汲み取ったらバカにしているように聞こえるのか分からないが、何故か睨んでくる柳原は、もうとっくになくなっているであろうゴガゴーラのストローに口をつける。
「私のもうない」
俺に見せつけるようにストローで空気を吸う柳原。
そんな柳原に「そか」と短い言葉を返し、俺はまだ残っている自分のゴガゴーラを飲み始める。
「うわっ、性格わっる」
「残したら勿体ないからな」
「いやいやいや。明らかに私に見せつけてるよね?」
「別に?ゴガゴーラが美味しいなって」
本当に見せつけているつもりのない俺は、ストローを咥えながら言葉を返す。
この女は少し自意識過剰なところがあるから、治したほうがいいのではないか?とたまに思う。
人によっては良いところかも知れないけど、俺にとっては言い合いの原因になるから治してほしいところではある。
「ふーん」
なにか考えでも思いついたのか、意味ありげに鼻で言う柳原はチラッと風雅の方を見やる。
先程から風雅は腕を組んでずっとスマホを眺めており、先程上げてしまった好感度を下げようとしているのか全く会話に入ってこない。
一応彼女が目の前にいるのだから、もう少し彼氏として立ち振る舞ってほしいのだが――
「隙あり!」
思わず考え込んでしまい、ストローを口から離した瞬間と紙コップを持つ手が緩む瞬間を狙ったのだろう。
目にも止まらぬ速さで俺からゴガゴーラを奪い取った柳原はなに食わぬ顔でストローを口につけた。
「おま……!それ、俺のゴガゴーラ……!」
「もう私が飲んでるから、これは私のですー」
戸惑う俺に、理不尽な言葉を返す柳原は満足そうにゴガゴーラを口に含む。
俺が戸惑っているのはゴガゴーラを盗まれたのもあるけど、間接キスをされたことに戸惑っている。
柳原は風雅と何度も間接キスやらそれ以上のことをしていて慣れているのかもしれない。けど、こちとら年齢=付き合ってない歴の男なんだ。そんないきなり間接キスされて動揺しないわけがない。
「いや……間接――」
「なに?私とこんな事ができて嬉しいの?」
「嬉しいとかじゃなくて……一応彼氏の前だぞ?」
この女を寝取ると言ったものの、これは流石に攻め過ぎなんじゃないかと思った俺は、小声で伝える。
だが、柳原は「こっちなんて見てないから大丈夫」と余裕そうに小声で返してくる。
なにが大丈夫なんだと思い、風雅の方を見てみるが、本当にこちらに興味はないようでスマホを操作する。
「……度胸だけは尊敬するよ」
「他にも尊敬してよね。柏野よりも全部上よ?」
「…………そっちの方が性格悪いだろ」
「なに?聞こえない」
「そっちのほうが性格悪い」
「言い直すチャンス上げたのに」
「言い直さねーよ」
ジッと取られたゴガゴーラを見ながら言葉を返していると「そんなにほしいの?」と柳原が言ってくる。
風雅が俺に対して買ってくれたものなのだからほしいものもなにも、俺のものなのだけれどもな。
「ほしい」
「ならあげる。私のやつ」
即答する俺に、柳原は先程自分がストローを咥え、中身がないことを見せつけてきた紙コップを俺に「ん」と渡してくる。
ごみ処理でもさせたいのだろうか。いや、絶対にそうだろう。
中身がなくなった紙コップを渡した後、絶対『ファイナルタッチ〜。それ、捨ててきてね〜』って言ってくるに決まっている。
そう分かってはいるものの、好感度は上げないといけないので渋々柳原の手から紙コップを受け取る。
「……どうも」
すると、本当に受け取るとは思っていなかったらしく、目を見開いた柳原は言ってくる。
「え、そんなに私と間接キスしたかったの?ちょっと引く……」
「したくねーよ!」
「じゃあなんで取ったの?それ以外に理由ある?」
「捨てろって言ってくるかと思ったんだよ!」
「優しい私がそんな事言うわけ無いでしょ」
「……ふー。そうだな。言うわけないよな。ならこれは自主的に捨ててきますわ」
思わずヒートアップしてしまい、冷静さを取り戻すために身体に溜まる熱を吐き出し、席を立ち上がろうとする。
だが、そんな俺を止めるようにまたもや柳原は俺の袖を握る。
「ちょっと待って。行くなら私のも持って行って」
「分かった。ゴミは捨ててくる。ついでに風雅のも捨ててくるな」
確かにわざわざあっちまで行くのに、机にあるゴミを持っていかないのは効率が悪いな。
そう思った俺は、風雅の方を見てそう問いかける。
相変わらずスマホを見たままの風雅は、
「あ、おう。サンキューな」
と、全くこちらの会話は聞いていなかったようで内容を把握してないまま頷く。
指の動き的に誰かと連絡をしているのか?だったら内容が入ってこないのも分かるけど……。コーチとかサッカー部のグループで連絡しているのか?
彼女の前で内容を把握できないほど連絡に集中するってことは、相当好感度を下げに来ているな。
「私もついて行ってあげる。どうせ1人じゃトレー持てないでしょ?」
「いや重ねたら行けるけど」
「ん?私もついて行くよ?」
「別に1人で――」
「私もついて行くよ?」
「……わかったよ。てかいつまで袖掴んでんだ」
きっと風雅もこんな風に脅されているんだろうな。
断ったら後からめんどくさくなるような感じだとか、断りきれない圧だとか、同調するぜ風雅。
「間接キスはあまり触れなかったのに、袖はすっごい触れるね」
「間接キスはもうやってしまったからな。でも袖はすぐにやめられる。ということで離してくれ」
「嫌、と言ったら?」
「振りほどく」
風雅のトレーと柳原が持ってきたトレーを重ね、ゴミ箱の前で紙コップの蓋を外して氷をいつものように流し込む。
ついてくると言った柳原は結局袖を掴んだままなにもしない。
「もし、なにか意図があって掴んでいるなら?」
「はい?」
氷が流れるのを見ていると突然そんな事を言われる。
言い合うだけしかなかった俺たちの間に、柳原は突然身体的距離を近づけてくる。それがなにかの意図。だとしたらなんの意図だ?
風雅に近づくなという意図?とは別な気がするし、私に近づくなという意図……は違いすぎる。
いやまず意図と決まったわけじゃない。考えすぎだな。
いつの間にか止まっていた体の動きを再開し、紙コップの中に氷がもう残っていないか確認しながら言葉を紡ぐ。
「相当な意図がない限り振りほどくよ。犬猿関係なんだから」
「犬のリードはちゃんと握っとくんじゃないの?」
「これは俺が握ってるんじゃなくて、握られているんだ」
「……口が達者なことで」
「どうも」
横目に柳原の顔を見てみるが、これといった怪しい表情が見えないし、なにも意図はないのだろう。
ただ俺をからかうために言ったなにかの冗談だ。
そうじゃなかったら相当演技がうまい。
「……そう。私が頑張らないと」
「ん?なんか言ったか?」
「なにも言ってない」
ボソッと呟いた柳原は袖から手を離し、トレーの上にまだあるハンバーガーの包み紙を捨てる。
あーでも――
「なにかあったら何でも言ってくれよ?風雅に言えないことはあるだろうし」
この言葉は好感度を上げるためでもあり、風雅へのDV……でいいのかな?それの言質を取ろうという意味を込めていったのだが、どうやら柳原は良い方に勘違いしたようで、
「ありがとう」
と、似合わない素直な表情で言葉を返してくる。
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