第4話 絶好のチャンスは失敗
「あ、財布忘れてきたかも」
「ドジっ子キャラでも狙ってるのか?」
「狙うわけ無いでしょ。シンプルに忘れたの」
普通ならここで、彼氏である風雅が奢ろうか?という場面ではある。だが、そんなことはさせない。
少しでもいい所を俺は見せた――
「あ、あれ?俺も財布が……ない?」
ん?今朝入れたはずだぞ?間違いなく入れたはずだ。
今日の放課後はどこか行くだろうと踏み、財布の中にちゃんとお金があることを今朝確認して入れたはずだぞ?
鞄の中を両手でガサゴソと探すが、やはりどこにもない。
「え、なに?ドジっ子キャラでも狙ってるの?」
「狙ってねーよ!シンプルに忘れた……?いや、入れたはずなんだけどな……」
「柏野。言い訳は見苦しいよ?」
「……うざいな」
自分も忘れたくせに煽ってくる柳原のことは無視し、風雅にどうしようかと相談するために目を向ける。
すると、風雅はなにをしてんだと言いたげな目を俺の方に向けてきて「わかったよ」と1つ呟いた。
「今日は俺が払うから。澄玲は応援に来てくれたお礼もあるし、蒼生は……なにもないけど奢ってやるよ」
「やさし。これがモテる男か」
「ね。どこかの男とは違って優しいね」
「な。どこかの女と違ってしっかりしてるな」
「ね」
「な」
言い合うつもりはないが、煽られたのなら煽り返すのが筋というものだろう。
奢られる立場であるのに、風雅にお礼を言うわけでもなく2人で睨み合う。そんな俺たちに風雅は、
「お礼言わないなら奢らないぞ?」
と、極当たり前のことを言ってくる。
当然お礼を言わなかった俺たちが悪いので、どちらからともなく視線を外して風雅に向ける。
「「ありがとうございます。本当に感謝しています」」
深々と頭を下げて御礼の言葉を述べる俺たちの、奢ってもらう気満々の姿を見た風雅は笑顔で「全然いいよ」と言ってくれる。
きっと、これがモテる男なのだろう。俺もこれをやろうとしたのだが、タイミングが悪かった。
まさか財布をどこかに置き忘れてくるとは予想していなかった。というか、鞄から財布なんて取り出していないから置き忘れるはずはないんだけどな……。
柳原と同時に頭を上げた俺は風雅と一緒にレジへと向かう。
「蒼生はなに頼む?」
「んーポテトのSかな」
「それだけでいいのか?」
「え、他にもいいの?」
「いいぞ。好きなだけ食え」
「あざす!じゃあ、それに付け加えてダブルチーズinチーズ入りバーガーとゴガゴーラーのM!」
親友がいいと言うのならいいのだろう。
お構いなしに言う俺は、うちの学校でアイドルと言われているほどの美人さんに向けて注文をする。
なぜここでバイトをしているのかは不明だが、好きな人がよくここに来るから学校が終わってすぐにこのワクドナルドでバイトをしている、という噂は立っている。
「澄玲は?」
「私もダブルチーズinチーズ入りバーガーがいいんだけど……柏野と同じだから……」
「こんなもん食ってたら太るぞ?てか嫌なら口に出さずに変えろよ」
「うるさいわね!注文したなら後ろに下がってなさいよ!」
別に前にいたわけでもないのに、服を引っ張られて後ろに戻される俺。
そんな俺を心配するなんて更々ないようで、結局俺と全く同じメニューを注文する柳原。
ひっじょうに酷なことに、俺と柳原は何故か気が合う。
さっき見たく、言うタイミングが同じだったり同じ行動をしたり。一周回って相性がいいのだろうが、この女が相手なのが1番嫌だ。
「ほんとありがとね?風雅」
「あーいいよ。今度俺の家集合な」
「あ、うん……」
ん?なんか今、柳原の元気が一瞬でなくなった気が……。それに、風雅は柳原になにかされているはずなのに、自分から家に誘っている……?
どういうことだ?これも演技?いや演技にしては――
「蒼生?先席に座ってていいぞ」
「え?あ、ありがと」
いつの間にか俺の目の前にいた風雅にそう言われ、思考は一時停止してしまう。
柳原はまだ風雅と話しているのか、それとも一緒にトレーを持っていくのか、2人は俺が席についたことを確認して口を開き始めた。
声は聞こえなかったけど表情だけを見るに、柳原は笑っていた。なにか明るい話でもしていたのだろう。
そう思った俺は、ポケットからスマホを取り出し、なにか連絡が来ていないかMINEを開いた。
だが残念なことに、連絡は1つもなかった。
まぁこれが友達の少ないやつの末路だ。
液晶盤を上下に指で操作しながら、ほんの少ししかスワイプできないトーク画面に少し悲しくなる。
「あ、結局柳原になにも連絡してなかった」
この前追加したきりの柳原のアイコンをタップし、前から変わらない風雅とのツーショット画面を見つめる。
ほっぺがくっつきそうなぐらい近い2人の満面の笑み。首元より下は見えないけど、2人の後ろの背景を見るに風雅の家で撮ったものだろう。
いつ撮ったのかわからないけど、幸せな時があったのだなと1つため息を吐いた。
「来たぞー。って、蒼生がソファーの方に座るんだな」
「ん?まぁね」
「……親友だから言うけど、モテたいなら女子をソファーに座らせるのをオススメするぞ」
「別にモテ――そっか。ソファーのほうが座り心地いいもんね」
スマホをポケットにしまった俺は風雅の意思を読み取り、なにもなかったかのように立ち上がる。
きっとこれは、寝取るための何かしらのアドバイスなのだろう。
「もう遅いでしょ。バカなの?」
「バカってなんだよ。俺の優しさだろ?」
「だからもう遅いって」
「……あっそう」
「なんでそっちが不貞腐れるのよ」
風雅の後ろに立つ柳原に細い目をされてしまい、俺は少し頬を膨らましながらソファーに腰を下ろす。
アドバイスされた直後に実行するのは逆効果なのだろうか。そういうのに疎いからさっぱりわからん。
「別に?」
「そうですか」
ため息気味に言葉を吐く柳原は当然かのように俺の隣に腰を下ろす。
「なんで柳原が俺の隣?」
「見てわからない?私のトレーに2人分のハンバーガーがあるでしょ」
「あーね。別に対面でも行けそうだけど……」
「なにか言った?」
「いや別に」
「あっそう」
話を深堀せず短い言葉を返すと、丁度俺と柳原の間にトレーを置いてきて「ん」と柳原側にあったストローを渡してくる。
軽くお礼を言った後、俺もこっち側にある紙ナプキンを半分ぐらいに割って柳原に渡す。
「ありがとう」
「あいよ」
ここは相性が良くてよかったと思う部分ではある。
〜取ってだとか、〜頂戴だとか、そういう一言一言にも下手したら俺たちは言い合いになるかもしれないから、そういう点で見れば唯一の救いなのかもしれない。
「まじで風雅ありがとな。また今度なにか奢ってやるからな」
「お?焼肉でも奢ってくれるのか?」
「流石にそこまではしないけど……ワック2回分ぐらいは奢るよ」
「ならそれで頼むわー」
ポテトを摘む俺は、バーガーを食べる風雅にしっかりともう一度お礼を言う。
俺に続けて言わないということは、この隣のやつも先程2人で話している時にお礼を言ったのだろう。
「私も奢ったら2回分くれるの?」
「うん?うん。あげるよ。あげるあげる」
「……ほんと?なんか我慢してる気がするけど……」
「ほんとほんと。奢って上げる」
いきなりのことについ棒読みになってしまったが、まぁ大丈夫だろう。
ゴガゴーラで喉を潤した柳原は、ふーんと訝しげにこちらを見てくる。
「なんだよ。奢ってもらうのに不満なのか?」
「いや別に?まず、私が柏野に奢るとも決まってないし」
「それはそうだな。多分もう財布は忘れんから奢って貰う機会はないと思うけど」
「フラグだね」
「うるせ」
目を合わせることなく言い合う俺達は、それ以降あまり話すことはなく、食べることに集中する。
厳密には風雅と話すことはあったが、食べることが好きな柳原は俺と話す時間すらも無駄なようで、黙々と健康的に何度も噛みながらこれまた美味しそうに食べていた。
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