第10話 暴走

 モノカゲを消してほしい? 何を言ってるんだ。そんなものは無茶だ。こんな人に会うなんて今日は茶柱が横たわってるどころではないのかもしれない。

「あの、わかってらっしゃると思いますが、そんなの無理に等しいですよ。そもそもそんな曖昧なものを消し去るなんて。そんな……」

「そうですよ! 私もそんな詳しい訳じゃないけれど……そんなの……無理だと思います。あまりにも無謀な気がして」

「うん。その通りだね。僕もわかってる。だから別の方法でも良い。僕の体からモノカゲをどかしたいんだよ、何でも良い。何か君なら、樫木君なら知ってると思って……」

 なんで名前知られてるのかわからないけどそこは一旦気にせず話すことにした。

「俺なら知ってる? なんでそう思うんですか?」

「聞いたんだ。僕の知人に」

「知人?」

虻崎あぶざき みのりっていう人なんだけど……」

 虻崎あぶざき みのり。元々神社で働いていた。いわゆる、神職しんしょくってやつだ。

 だが、約三年程でその職を辞めた。理由は講習会やらなんやらで自分には向いてなかったとかなんだとか。今は探偵? かなんかしてるんだっけ。

 その人が何故俺のことを知っていて俺もその人を知っているのかについてだ。それを話そう。

 高校一年生になったばかりだったかどうだったか。季節が春だったのは確かだ。その日、高校に早くも嫌気が差して、学校をサボって少し遠くの神社の奥にある川に行った。そして前から見えていたのだが、自分にしか見えないと思っていたそれに会った。

 ただ、その日見たのは少なくとも人間とヒト型の化け物だった。その人間が実さんだった。

 当時、化け物について傍観しか出来なかった俺はそれにモノカゲという名があるのを知って観測する事になった。もっと詳しく言えばそれは紛れもなく、アヤ先輩が化け物だった時の話だ。

 命を助けて貰った恩人であり、ある意味先生のような人が実さんだ。アヤ先輩も実さんのことを恩人だと言っていたっけ。まぁ、実際あと少しでアヤ先輩は化け物のまま死ぬところだっただろうし。その難しい状況で自分を犠牲にしてでも対策を練って助けたアヤ先輩を助けたのだからそう評価されるのは当たり前だろう。

 変わりに、今の実さんは右腕の肘から下が無い。俺がサボって川に行き、出会った日に無くなった。いや、消え去った? 千切れたとは少し違う気がする。ただ、無くなったというよりは無くされたの方が正しい気もするので決めきれない。とりあえず、申し訳ないがキリがないので置いておこう。

 出会った日に肘から下を実さんが無くした理由? 軽く触れておくなら先輩の暴走を止めるための犠牲になったというところだ。この話は話すとまぁまぁ長くなってしまうので、また今度。

 それも踏まえて……

「実さんに聞いたのはわかりました。だとしてなんで待ち伏せしてたんですか?」

「あぁ、君らの先輩にはめられてね。能力を使った後にすぐ回収されたもんだから幻影倒すどころかに隠れるので精一杯だったよ。そもそも、君らに見つかるのを良しとしても先に君らの先輩に見つかったらどうなるかわからないからね」

「じゃあなんで僕らが見回りしてるのに気付いたんです?」

「だって君ら影力あるじゃん」

 思ったより単純だったし忘れてた。そうか、荷堂も俺も完璧に隠せているわけではない。ある程度隠せていても見る人が見れば気付くのだ。例えるなら完壁が完璧じゃなかったり、歩兵を二つ続けてしまったり知ってる人にはばれてしまうように見る人が見れば気付くとはそういうことだ。

「たしかに……私達影力あるもんね」

「というより君らには気付けるってところだよ。あの人、見えないからね。もし、虻崎さんに聞いてなかったらわかんなかった」

 そうか、先輩のことも聞いてるのか。じゃあ、多少は先輩が何か知ってるのかもしれないな。まぁ、知ってるかと問われると俺と同じように曖昧な回答になるのだろうけれど。

「アヤさんにもお願いしようと思ってるよ。受け入れてくれたら良いんだけどね」

「まぁ、怪しいですからね……そうだ、結界。今のうちに出とかないと面倒になるとおもいますよ?」

「だよね。そうしたいけれど無理なんだよ。能力を使えば出るのは容易いけれど影力も含め使えない程に深刻なんだ。使えば……飲み込まれるから」

「飲み込まれる? どういう……」

 その瞬間だった。俺が左手に持ってた瓶が割れたのは。否、俺と荷堂それぞれの手にあった瓶が割れたのは。

 そういえば、見回りって反対側からは先輩がしてたよな。見回りは結界に沿って行っている。つまり円に沿うように。もちろん、それは輪なので繋がっており、途切れることもレールが変わるようなことも無い。いつか、出会ってしまう。

 瓶の中身は先輩のペンキだ。先輩が扱えて当然だった。こんなことならさっさと先輩を説得しておくべきだったかもしれない。いや、先輩も何か考えてるのだろう。理由もないのに攻撃なんてしないはすだ。今の先輩なら。

 反英先輩の太もも辺りを槍のように変形して刺してしまった。そこからだった。反英さんが、反英先輩と言っていいのかわからないそれが暴走してしまったのは。遠くから声がした。

「二人とも防御に徹して! 今から影力を吸い取るから!」

 予想はしていたが、アヤ先輩で間違いないだろう。攻撃をしたのも先輩だ。足止めするためとはいえ、太ももが貫かれるはずの攻撃を行っている辺り、相当警戒しているか、何か事情があるのだろう。

 反英先輩は攻撃を食らう際、自分の護衛のために影力を使ってしまった。お陰で太ももを貫かれずに済んだのだから。

 だが、暴走した。有言実行かもしれないし、盛大なフラグ回収とも言える。

 実際突然攻撃されたら誰であっても完璧に防御するというのは難しいものだ。

 俺も冷静を装っているのはそうだが、正確には装っているというより置いていかれた感覚だ。突然の出来事だったのだから。

 それに、目の前の現実を受け入れなくてはならない。

「樫木君……こ、これって人なの? モノカゲなの?」

「……わからない」

 反英先輩の半身は何かに乗っ取られたかのように姿を変えている。いや、元からそうだったのかもしれない程に馴染んで見えるのが不思議だが。

 元々、反英先輩は褐色肌ではなく、白の目立つ肌だと思う。だが、今は白い肌とか青白い不健康な肌なんかよりも白い。肌というよりは白い彫刻のようで固まった絵の具のようで注がれた牛乳のようだ。

 そして、間違いなく人ではないが人であり、モノカゲでもないがモノカゲと言える。間違っているが間違いじゃない。何かわからない何か。

 確かなのは、影力も駄々漏れなのでその実力だろう。アヤ先輩未満、俺と荷堂を足しても俺らを越える、超える、強さ。そんなところになるな。以上ではなく俺らより強いと断言しておく。そして今から始まるのは消耗戦、時間稼ぎそのどちらでもある。

 言い方を変えれば防衛戦なのだ。一段落ついたところで声かけも大切だ。

「荷堂、先輩の防御もしつつ、自分の防御にも徹しろ」

「うん! 樫木君も理由とか考えてる暇ないからね」

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