第6話 荷堂:観測 後

 俺と荷堂の「はい!」という返事が被ってしまった。まぁそんなことはどうでもいい。

 それよりもこのモノカゲ……でかすぎる。体育館の屋根に届きそうなくらいだ。そして、羽が生えていてヒト型の腕とどろどろに溶けている腕? の二つを持ち、顔と思われる部分は膨張して溶けている。まさに化け物だ。

 溶けているのに実体としてそこにある曖昧な何か。その何かに今荷堂は決着をつけようとしているのだ。ただ俺はそれを手伝うだけだ。あくまで荷堂が自分で決着をつける。決して俺らが決着をつける訳ではない。

「荷堂ちゃん、さっきと同じ感じできるよね!?」

「はい!」

「樫木君はなるべく仮面を使わずにサポートを、主に防御、余裕があれば羽を狙って攻撃して!」

「わかりました」

 少し無茶な事を言うなと思ったけれど防御くらいならできるだろう。ぶっちゃけそこまでの余裕はないけど。

「荷堂ちゃん、私の真似をして!」

 荷堂が先輩の動きを真似る。影力で擬似的に斧を作っているみたいだ。斧は剣よりも作りやすいだろう。最低でも、刃物と同じくらい鋭くなくたって鈍器にはなるし、と思ったけれどその心配はいらなかった。

 アヤ先輩に続くように荷堂がモノカゲの腕を斬る。ちゃんと斬れている。

 その間化け物はこの前体育館で見せた攻撃のように腕を変色させながら湾曲させるようにこちらへ突き刺すような攻撃を繰り返している。俺の防御でも間に合っているようだ。良かった、飽和攻撃なんてされたら死んでるからな。

 次々へと攻撃を繰り返す彼女らだが、先輩はアシスト程度の攻撃しかしていない。その気ならもう終わっている。それこそ、モノカゲの中に人が、荷堂がいない今、配慮する必要はない。だが、終わらせていない。

 アヤ先輩は俺のモノカゲと違って、手加減が出来てしまう人だ。モノカゲの羽は再生するみたいだが、確実に最初より攻撃が通りやすくなっている。どうやらもう終わるみたいだ。荷堂は出来るだろうか。先輩はそろそろアシストをやめるだろう。荷堂に決めさせるためだ。さて……

「荷堂! お前が決めろ! お前が、止めをさせ!」

 先輩と「止めを!」が被った。やっぱり先輩も荷堂に決着をつけさせるようだ。先輩も防御に回っている。荷堂はその声を聞いて斧を振り上げる。やはり、荷堂は影力操作が初めてとは思えないほど上手い。

 影力を使って高く跳べている。そのまま斧を振り下ろした。綺麗に命中し、モノカゲをそのまま地面へと叩き落とした。

「終わった……私、やりました、やりました!」

「荷堂ちゃんはやっと向き合えたんだよ、自分自身と。その証拠だ。あれ見て」

「モノカゲが、消えていく……」

 そう、荷堂のモノカゲが消えていく。前みたいに黒い液体を出すわけではない。消えていくのだ。つまり逃げていた自分におさらばしたという事だ。そしてこれは俺の単なる感想だが……

「荷堂、お前……強くね?」

「ふぇっ?」

 突然言われて戸惑っているみたいだが、普通に実践一回目とは思えない操作技術だ。持ち前の運動神経もあるのだろう。てか、俺より強いんじゃね? なんか悲しくなってきちゃった。

 まぁ冗談はおいといて、いや半分くらいは本当なので冗談半分というところか。先輩も荷堂の影力操作には驚いているみたいだ。

「まぁ荷堂ちゃん、意識してないみたいだけど普通に初めて斧を再現するのって普通に難しいからただの鈍器になると思ってたよ。私もあそこまで斬れる斧として綺麗に真似出来るとは思ってなかったんだ、言っておきながらビックリしたよ~。ね、樫木君」

 確かにビックリした。だが、それ以上に荷堂には伝えておくべき事もある。きっと言うまでもないのだろうが。

「そうですね、ビックリしました。それでも、荷堂お前はもう逃げていた自分に自ら別れを告げた。実感はないんだろうが、お前がモノカゲの能力を使える状態にあるという事がお前の決断を意味している。つまりお前は過去の自分から今のお前が能力を取り返したわけだ。もう過去に囚われていない。ただし、お前の決断はある意味戻れないということだぞ」

「分かってるよ、樫木君。もう逃げない。自分と向き合うって決めたから」

「そっか。がんばれよ」

「それで、あの、迷惑じゃなければ私にも手伝える事があれば是非呼んでください! やっと現実から逃がすように自分を護ってきた過去とさよならできたんです。二人のお陰で。だから、次は私が力になりたいです!」

「いいの!? 私、少し無茶を言う時もあるけどいいの? 本当に?」

 俺に無茶を言っている自覚はあるのか? まぁだとしてやめてくれるわけじゃないし、手伝うことにしたのも自分だからいいけども……

「はい! 是非!」

「わかった。じゃあ改めて……よろしくね、荷堂ちゃん!」

「はい! よろしくお願いします! 樫木君もね!」

「うん、よろしく」

 体育館裏と言えば告白かヤンキーからのリンチをイメージするだろう。今回、荷堂の過去の自分への決別、別れを告げるという告白は無事? 成功に終わった。空は既に暗くなってきている。時刻は下校時間ギリギリだろうか。いや、もう少し余裕はあるか。

 とりあえず、荷堂の行方不明から始まった学校での青い幻影の大量発生事件は無事に幕を閉じた。だが……

「アヤ先輩」

「ん? どうかした?」

「なんか今、質の高い影力が正門の方に見えたんですけど……気のせいですか?」

「う~ん、見てなかったからわかんないな。影力ってそもそも気配とは違うからね」

「気のせいじゃない? さっき過去の私のモノカゲと戦ったから疲れてるのかも。ほら、樫木君ずっと防御してくれてたし!」

「そうかなぁ……まぁいいか」

 その正門の方に見えた影力の正体を知るのは春休みの出来事だ。

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