第5話 荷堂:観測 前
「やってみて欲しいって……あの乗っ取る的なのをってことですよね?」
「うん。でもその前に荷堂ちゃんさ、確か一ヶ月行方不明になる前足元に青い化け物を見たって言ったよね」
「はい、多分幻影ってやつなんですよね?」
「そうだね、幻影。それってさ、元からいた? それとも急に出てきた?」
「確か……急に足元から湧くみたいに出てきました」
「ならできそうだね」
毎回間に割って入るよりも俺より詳しい先輩の話を聞いた方がいいと思って聞いている。いや、いいんだ。でもメイド服のまま話すのは何なんだと思ってしまう。いけない。一旦それはおいといて、足元から湧き出す。やっぱり自ら作り出しているような、生み出しているというべきか? だとしたら先輩は結構な無理難題を押し付けているように思える。そもそも影力を認識していないのに能力を使うなんてほぼ不可能だろう。それこそ感情任せに能力が暴発しない限りは……いや、流石に考えすぎか。
「じゃあそうだな。このペンキ見えるよね。これを見たまんまイメージして」
なるほど、ペンキを操って荷堂の影力と同じ動きをさせている。あそこまで高度な操作をするにはそれ相応の洞察力も必要だろう。流石だ。さて、荷堂は…
驚きながらではあるが着実に動きが先輩のペンキに揃ってきている。先輩が揃えているのもあると思うが多少のズレが無くなってきている。
「そろそろだね、あと少し頑張って」
「……! な、なんですか!? これ」
「荷堂、お前……影力を、操つれている……?」
「認識できたみたいだね!よかった〜!」
荷堂が影力を認識した……? 本当に実行したのか……? だとしたら相当な技術を持っている。影力を認識していないのに感覚を掴み、高度な影力操作ができるなんて荷堂もそうとうな化け物だ。そして認識したという事は……
「次だよ! この調子でいっちゃおっか!」
「あ、あの先輩、なんですか? その格好」
「あ……」
忘れていたと言わんばかりだ。実際俺も忘れていた。そうだよな、影力使えるようになったんだから見えるよな。荷堂も少し引いてる。
「ち、違うの!! いや、あの、見えてたらこの姿に気付くよねって、えーと……そう! 樫木君が提案したの!! 私じゃないよ!!」
「お、俺!? 何でですか先輩! さっき自分で着てみたくて~とか言ってたじゃないですか! いざ荷堂に露骨に引かれたら俺のせいにするんですか!!」
「ま、まぁまぁ……別に先輩のメイド服姿ビックリしましたけど可愛いですよ……!!」
やめろ荷堂、それはフォローになってない。この状況で引かれた相手に情けをかけられるのは逆に心が痛むものだ。いや、この人にとっては心というより全身という感覚なのか? というか人ではないのか。まぁどっちでもいいか。
「あ、ありがとう……でもメイド服はやめようかな……」
そういうと先輩は胸に手を当ててメイド服になったペンキを回収し、いつもの制服へと戻した。回収したペンキの一部は眼鏡に変えたようだ。
そういえば先輩のメイド服姿の衝撃が大きすぎて何とも思わなかったが荷堂、今日は髪を後ろで結んでいる。いや、元々ポニーテールだったのか。しばらく見てなかったから少し忘れていた。朝はそもそも久々に帰ってきた荷堂に人が沢山群がって荷堂に話しかける機会もなかったしな、まぁどうでもいいんだけども。
「さて、ここからが試したい事なんだ。荷堂ちゃんが影力を認識した今、荷堂ちゃんの能力が使えるかどうかを知りたいんだ」
「わかりました。でも使えても使えたで終わりになっちゃいません?」
「確かに荷堂が言う通りな気もします。先輩、今回の目的って何なんです? もう幻影が多いのは解決されたんじゃ……」
「されてない。正確に言うと確かに幻影は減ったよ。だけどね、荷堂ちゃん、君自身の心の整理が終わらない限り、君が出したままの幻影というのは消滅しない。減ったとはいえ、まだ幻影の数が多いのは変わってないんだ。ただ、荷堂ちゃんが影力を認識した今、暴走することは基本無い。だから一から増えた幻影を叩いて潰すというのも手ではある。それでも私は構わないよ。でもね、荷堂ちゃんがどうなのかって話なんだ。君の心の乱れと言えるそれを私達が倒していいのかどうか、そういう問題でもあるんだよ。本当は気付いているよね、暴走した理由にも」
暴走した理由? そんなの単純に荷堂が幻影の力を操ることが出来ない状態にあったのに心の乱れから暴走しただけじゃないのか? 違うのだとしたら何故先輩は知ってるんだ? まぁ俺にどうこうできることではないか。
それにしても心の乱れ、か。俺もまだ心の乱れを整理出来ていない。だからこそここで荷堂は終わらせるべきだ。自分の乱れにけりをつけるべきだ。それにまだ幻影の数が戻っていないのは事実だ。体育館裏にはいないけれど、校舎にはまだいた筈だし。荷堂の問題を解決することで全てとは言えないが元に戻る。
「私は……正直、まだ怖いです。だから、私は自分の問題に踏み込まれる事が嫌でした。皆何も知らないのにまるで知っているかのように、私に声をかけてきました。嫌でした。いつも皆私に期待したり、味方だと言わんばかりの言葉を浴びせていざ、私が応えられないと勝手に期待したくせにがっかりする。わからなかったんです、わからないのが怖かったんです。だからきっとあの時、私は……暴走したにもかかわらず、無意識に自分を護るためにモノカゲっていうので私を取り込んで姿を消していたと思います。全て、私が自分に向き合わずに楽な方へ逃げたのが始まりです。それを、アヤ先輩や樫木君が見つけて助けてくれました。私はもう、自分から逃げたくない……!」
その瞬間、荷堂の背後へ大量の青い幻影が学校中から集まってきた。まるで吸い込まれるように。それらは全て合体するように大きくなり始め、そして、巨大な異形のモノカゲとなる。
「よく言った! さて、ここからだよ。荷堂ちゃん、樫木君、戦闘開始だ」
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