第3話 荷堂 薫について

 暴走だ。相手のモノカゲの攻撃を殴り返すように突破し、モノカゲ自体に突進して強引に殴って貫通する程の身体能力。相手のモノカゲはもう動けそうにないのに殴られ続けている。

 相手のモノカゲは穴だらけになり溶け始め、中から黒い液体のような何かと共に制服を着た長髪の少女が流されてきた。

 だが、今はそれどころではない。勢いよく殴っては貫通してを繰り返していた怒りのモノカゲはその勢いで体育館の壁を走り回っている。このままではこの人も狙われるかもしれない。アヤ先輩が起き上がった。傷が治っている。

「止めるよ。君のモノカゲが人を殺す前に」

 暴走したモノカゲは何をするか分からない。厄介なのは俺のモノカゲは他の人に基本見えないことだ。見えるモノカゲ、見えないモノカゲがいる。シンヨウも同じだ。

 先輩は手からペンキを溢し、固めるようにして槍を作った。そんな芸当もできるのか。

 壁を走り回っている怒りのモノカゲが突然壁を蹴ってこちらに突っ込んできた。そこに合わせて先輩が槍を投げる。衝突する際、槍はホースの水のように変わり相手の拳から向こうに向かって広がった。その後纏まとわりつくようにしてペンキがモノカゲの身体に付着した時、モノカゲは体制を崩し、そのまま道を外すように体育館の床を転がっていった。

「上手くいったみたいだ」

 モノカゲは動けそうにない。ペンキにまるで拘束されているような……ペンキが固まってる……?

「私のペンキが自分で操れるのは樫木君も知ってるよね。それは状態や硬度も同じ。今の君のモノカゲに付着したペンキは伸びたゴムみたいになっている。ただ、千切れることはないけどね。だいらたんしー? だっけそんな感じかな~」

「だから俺のモノカゲは……」

「このまま一旦戻せるか試してみて。無理そうなら……」

「破壊……分かってます。やるだけやってみるしかないんだし」

 集中して怒りの感情を抑える。もう終わった事だ。これ以上迷惑をかけるのはよくない。落ち着いて息を整える……能力を解く。

「良かった。能力の暴走を制御できたね。できるじゃ~ん!」

「はは……」

 暴走している間は俺の意思で能力を解けない。要するに先に怒りの感情を抑える必要があった。今回は成功したみたいだ。

「さて、この子顔が液体か何か隠れてたけどこの子ってさ……」

 シンヨウはまだいるが、さっきまであった液体のような何かはもう無くなっていた。そしてこの子は……行方不明になっていた俺のクラスメイトだ。

 先月から行方不明になっていたクラスメイト、荷堂にどう かおるは成績優秀で人当たりも良く、運動神経抜群。まさに優等生そのものだ。

 そんな彼女がいなくなったのは先月のまだ月が変わって一週間も経っていないときだった。ちょうどいなくなった時からシンヨウが増え始めたが、まだその時はそこまで気にしてはいなかった。今回の件からして彼女が原因だろう。

 荷堂はクラスメイトから好かれており、彼女に好意を寄せるものもいた。ただ、家庭環境が複雑で父親は自殺による死別、母親はうつ病になりながらも彼女と2つ下の弟のために働いていた。荷堂は陸上部に所属していて賞も取ることだって少なくない。そんな彼女が部活を続けるためにも母親は働き、結果疲労により職場で倒れたらしい。それはつい先月のことだった。クラスの中でも既に周知されていた。

 その後、授業終わりの放課後、彼女に一部の女子が心配して声をかけたが彼女は珍しく声を荒らげて「余計なお世話だから!」と捨て台詞を吐くようにその場を立ち去ったのを覚えている。俺は何も自分にはできないしと遠くからその様子を眺めていた。後日、彼女は行方不明となる。

 そして今現在、ここで見つかったという事だ。そんな風に過去をさかのぼっていると突然彼女が目を覚ました。

「ん……? えっと、ここって体育館? 何でこんなところに……」

「目を覚ましたみたいだね。良かった良かった~!」

「アヤ先輩、なんであんたはそんなに軽いんだ……まぁいいか」

「あ、あなたって確か同じクラスの樫木君だよね……?」

「覚えてたんだ、俺の事。起きたばかりで悪いんだけど少し話を聞きたい。いいかな?」

「ええっと……うん。私も少し知りたいことが多いから」

 それから俺らは学校を出て近くのファーストフード店へ移動し、話をすることにした。

「いただきま~す!」

 アヤ先輩が勢いよくバーガーにかぶりつく。そして二口目に差し掛かる前に質問をした。

「突然だけどさ、行方不明になってた自覚はある?」

「いえ、自覚というか気付いたらずっと夢を見ていたというか、何か意識が分散? 分身? してたみたいな。難しいんですけど……」

「なるほど、じゃあ夢を見る感覚に陥る前に変なことはあった?」

「えーっと、なんか気持ちが悪かったです。感情がごちゃごちゃになって、足元を見たら青い生き物? みたいなのがいて、化け物の方が合ってるのかもしれないんですけど」

「分かった。じゃあ夢の内容を教えてくれるかな? 覚えてる範囲で」

「そうですね、変な感じがしてました。一つの感情? だったりいくつかの感情を混ぜ合わせたような……その状態で青い化け物に乗り移った、みたいな。意識してないのに身体が感情任せに走り出したり、なんかこう視点がたくさんあるみたいな夢でした。」

「その視点って例えば?」

「う~ん……なんか足とか手はあって、後は包丁を持ってて学校で制服着た男の子? を言い方悪いですけど多分殺すために追い回すような夢とか……」

 静かに先輩と荷堂の会話を聞きながらナゲットを頬張っていたが、その話を聞き、驚きのあまりむせてしまった。

「先輩、それって……」

「うん、多分……樫木君だね」

「え、え?」

 荷堂は困惑しているが無理もない。夢だと思っていたのだから。

「先輩、あと少しで本当に俺死んでたかもしれないんですよね。殺されるところだったって事ですよ? 分かってます?」

「あ、あははー……」

 目を逸らす先輩をしばらく睨み付けたが死んだ訳じゃないから良しとしよう。さて……

「荷堂、さっきまでのは前置きでここからが本題だ。お前は、幻影を知っているか?」

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