コメント失礼します。
刺すのではなく打つ為の矢があったのですね。
七人で引くような弓で射られたら、大変なことになってしまいそうです。
攻城兵器!?
お寺は高いところにあるイメージでしたが、敢えて低い場所に建ててあるのも雰囲気がありそうです。
作者からの返信
信西は一応出家の体裁は取ってますが、お寺に入った訳ではなくて、都の中の自分の屋敷にその後も住んでいたようで、八郎が乗り込んだのはその屋敷です。
当時は太刀よりも弓矢の方が主要な武器だったので、いろんな用途や形状があったようですね。
まあ使うのが八郎だし、本作はフィクションなので、多少は誇張してますが (^^;)
追記)仰っている「お寺」とは信西宅ではなくて、もしかして黒谷別所のことだったのですね。
勘違いちゃって、失礼しました <m(__)m>
追記の追記)返信が遅れて申し訳ありません。
その辺の事情は最新の近況ノートに書きましたので、よろしければ御覧のほどを <m(__)m>
日本の弓の名手と聞くと、那須与一が真っ先に思い浮かびます。
作者からの返信
那須与一は源平合戦の頃ですから、これより一世代後になりますね。
為朝は、与一を有名にした屋島の合戦でも大将を務めた義経の叔父にあたる人物で、「弓流し」の逸話や、「本当は義朝の八男なのに、為朝に遠慮して九郎と名乗った」という話から考えても、義経がリスペクトしていたであろう人物です。
某国営放送によると「平安のガンダム」とか「モビルスーツ」だそうで、某有名ゲームにも、それこそロボットのような姿で最強の「アーチャー」として登場しています。
弓の名手でもあるけれど、どちらかというと「強弓」で名を馳せた豪傑って感じかな。
300人乗りの船を一矢で沈めたとか、伊豆大島から放った矢が80kmも飛び、鎌倉の海岸に届いたとか、大蛇を退治したとか、とにかく人間離れした伝説の多い御方です (^^;)
心身ともに成長していると思ったら、十三歳で六尺越えとは……。
そんな八郎に強力な弓。まさに鬼に金棒ですね!
作者からの返信
まあ、伝承によれば16~7歳で7尺の身長があったそうですから。
しかも300~500人乗りの軍船を一矢で沈めたという伝説も(!)
某国営放送の大河ドラマに登場した時は「平安のモビルスーツ」とかいう宣伝文句だったそうです(笑)
まあ、あくまで伝承・伝説ですし、本作ではそんな荒唐無稽なエピソードを描く気はないし、でも八郎為朝の常人離れのした活躍は必須だし…… ということで為朝のトレードマークである強弓の描写には苦労しました (^^;)