第6話 玉藻前

 頼長との対面以来、為義はいっそう鬱々として楽しむところがない。

 いかに先の関白御寵愛の息子とはいえ、あの若造め、この儂に向かって妾を差し出せとは何たる言い草ぞ。

 しかも任官を餌にしての雑言だけに腹が煮える。祖父・義家公以来の武勇を誇り、摂関家にも忠義を尽くしてきた我が家を何と心得ておるのだ。

 などと繰り返し憤慨はするものの、ただの悔し紛れである。

 任官に対する己の渇望の程を見透かされたのも恥辱だったが、院の予想以上に激しいお怒りを改めて知った時は愚かにも、あからさまに狼狽した。


(我ながらなんたる失態ぞ! 何とか為すすべはないのか)


 為義の焦燥は傍目にも明らかな程であった。

 玉藻を差し出すという選択には故意に考えを巡らさぬようにし、更に数日が過ぎる。

 すると頼長邸から意外な知らせがもたらされた。占術の結果が不吉だとして、玉藻の昇殿に権陰陽博士が異を唱えているらしい。

 当代の権陰陽博士は安倍泰親。天文密奏者を兼ね、かの安倍晴明の嫡流である。院自ら召し出された逸材であり、その占卜は神技に迫り、十のうち八は的中する。位階は低いものの、この者の言を誰も無下にはできないのだという。


 為義はこれを聞いて余裕を取り戻す。

 嘲笑すべし。わざわざ人を呼び出し迫っておいて、この始末とは。

 たかが占いではないか。そんな戯れ事に振り回されるとは、世に名高い俊才も底が知れるわい。

 この源為義ともあろうものが、官位欲しさに家名に恥じる真似をしてなるものか!

 気の晴れる思いがした。


 そして初めて玉藻にも事の次第を話す。

 これまでは秘しておいた、いや、話す気になれなかったのである。

 しかし今宵、為義は上機嫌であった。ぐいぐいと杯を空けながら、頼長邸に呼び付けられたこと、先方の申しよう、陰陽師の異論までを立て続けに語った。


「そのあげくが、このていたらくよ。腰砕けとはこのことじゃ。呆れてしまって怒る気にもなれんわい」


 玉藻は一部始終を黙って聞いていたが、最後にひとつだけ尋ねた。


「それで貴男あなた様は、はっきりとお断りにはならなかったのですね」

「ああ。摂関家の顔を立て、一応のところ返事は保留しておいた。しかし同じことじゃ。何せ向こうから不都合を知らせてきたのじゃからな」

「そうですか」


 玉藻は立ち上がった。無言のまま出て行こうとする。

 その後ろ姿に為義は問うた。


「何処へ行くのじゃ」


 玉藻は振り返り、微笑んだ。


「いささか御酒が過ぎました。庭の風に当たって参ります」


 そしてこの夜、帰らなかった。

 権陰陽博士・安倍泰親変死の報が伝えられたのは翌早朝である。源氏館に帰るなり頼長邸からの使者が訪れたのだ。

 人払いをした上で聞いた使者の言に為義は驚愕した。


「何じゃと! 急な病か何かか」


 使者は小声で答えた。


「いいえ。表向きには伏せられておりますが、昨夜自室で首を吊ったとかで」


 昨夜といえば、まさか……

 夜明けまで玉藻を待っていた為義は、なかば朦朧とした頭を叩いて考える。

 玉藻は昨夜から帰ってきていない。

 庭の風に当たってくると言ったまま、行先も告げず屋敷を出て、いきなりその夜のうちの泰親の変死である。

 しかし、女の細腕で大の男を絞殺し、その上で自ら首を吊ったと見せかけるなどできるものか。それこそ妖の術でも用いぬ事には。

 考え過ぎであろうか。いや、あの女ならあり得る。


 そう思い至った時、為義の思考は言い知れぬ不安に変じた。

 もしかして、儂が始終腹を立てながら、それでもあの女にこれほど魅了されるのも、何かの呪術、妖術ではないのか。

 その上、一介の女の身で高名な陰陽師を殺めるとは。

 さては院のお側に上がるのが望みか。いや、それだけではあるまい。身の栄達などには常々から何の興味も無さそうな女なのだ。いったい何を企んでおるのか。

 ここまで思って慄然とした。


(とにかく、これ以上あの女を自分のもとに置いておき、源家に関わらせるのは危うい!)


 玉藻を手放す気になったのはこの時である。

 すぐに頼長邸を自ら訪れ、承諾の旨を告げる。

 為義はひとつだけ確認した。


「実は玉藻には子供がおります。このことは御存知でしょうな」

「もちろん承知の上じゃ。だからこそ一旦は高階家の養女となし、その子とは無関係として、全く新たに院の下に召すことにしたのだ」


 承知とは院の御存念か、それとも頼長自身のことか。

 とにかく頼長は上機嫌であった。邪魔な陰陽師もいなくなり、才を誇る自分の目論見通りに全てが進むと思えたからである。


 夕刻になり、下女が館に来て玉藻の帰りを知らせた。

 為義はすぐに玉藻の邸に向かい、権陰陽博士の急死と、院の思し召しに従うと決めたことを告げる。昨夜来のことは何も問いたださなかった。手放すと決めた以上、今やどんな返事を得ても無意味と判断したのだ。

 玉藻もまた、院に召されることについて特に何も言わなかった。

 やがて玉藻は高階邸に移り、十一月早々には院の御側に上った。

 こうしてたま藻前ものまえと呼ばれる寵姫が誕生し、為義の元には玉藻が嘗て下げていた太刀だけが残された。さすがに剣をたずさえて昇殿することは許されなかったのである。


 その翌月七日にはもう、世を仰天させることが起こる。まだ二十三になられたばかりの今上のみかどが、異母弟のなりひと親王に突然と譲位なされたのだ。新帝は御年おんとし僅か三歳。八郎と同い年である。

 これ以降、今まで単に院と呼ばれていた御方は「本院」または「一院」と通称され、新たに退位なされた帝は「新院」、後の世では崇徳院と呼ばれることになる。

 京雀はかしましい。いつしか洛内外に幾つもの噂が飛び交った。


「この度、上皇様に仕えることになった女御にょうごは、古今の和歌や三国の故実に大層お詳しく、知らぬことはないらしい」

「上皇様はいたくお気に召して、片時も側からお離しにならないのだ」

「何でも、それぞれにけんを競う殿中の女どもの中でも格別な、誰しも恋焦がれてしまう程の美しさだとか」

「殿中にて夜に催された歌会で、不意に灯りが消えて真っ暗になったのが、その女御の身体が眩しく光り始め、真昼のように明るくなったというぞ」

「今回の突然の譲位も、件の女御が院に働きかけ、帝に強いてのことらしい」

「傾国の妖女じゃ。からの国に伝え聞く妲己や褒娰の類である」


 面白半分の噂は、その数と度を増していった。

 しかし八郎はこれらの噂を全く知らずにいた。今や堀川の源氏館では玉藻について語るのはきつく禁じられ、八郎は江口の名もなき遊女の産んだ子として育てられることになったからである。


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