第3話 クラスで結託して惚けられたら個人ではど~しようもできない

「本気もなにも、年齢も出生日も住所も同じなんだから双子に決まってるでしょ」


 確かにそれなら、よほど複雑な事情でもない限り双子だ。


「けど、俺に妹なんていないってことはお前も知ってるだろ?」


 姉貴目当てで、百合は頻繁に我が家に足を運ぶ。家系図なんて二次関数のグラフを描く要領で図示できてしまうはずだ。


 百合は腰に手を当てて胸を張り、渋面を作った。


「ちょっとどんだけ堂々巡りする気よ。いい加減飽きてきたんだけど」


 目を吊り上げて俺を睨み付けてくる百合は、演技などではなく本心から嫌悪を露わにしているように見える。


 ううむ。

 基本百合は、冗談は冗談だとわりかし早い段階で明かしてくる性質なんだが。


「それは俺の台詞だ。さっさとネタばらししちまえよ。この子は転校生ですって」


 急に妹ができたなんて都市伝説でもあるまいし。


「はぁ? あんたほんとどうしたの? 悪いものでも食べたの?」


 強情な奴だ。依然として百合は自説を曲げようとしない。


「母さんの料理はいつだって絶品だ」

「知ってるわよそんくらい!」


 幼なじみだからこそできるツッコミである。

 ちなみに俺も、百合の母さんの作る料理は絶品だと思っている。


「寄生虫に脳内侵されたんじゃないの?」

「いねぇよ寄生虫なんて……。てか、いい加減ネタばらししろよ」


 その後も口論が白熱するも、百合が「な~んてね」と戯けて舌を出す気配はまるでない。むしろ、竹刀を振りかかってきそうな剣呑な空気を纏っている。


 異常だ。ここまで百合が折れないことなんて今までなかった。


 どうなってるんだ?


 なんで名前も知らない子が双子の妹ってことになってるんだ?


 尖閣諸島の領有権を巡って激論を闘わす日本大使と中国大使のように、一進一退のまるで進展のない言い争いを繰り広げていると――




「あのっ!」




 俎上の第三者が声を張り上げた。


 耳馴染みのない声だ。こんな副作用でセラピー効果が付きそうな柔らかい声を俺は知らない。


 名も知らない美少女は俺と百合を見比べると、


「喧嘩はやめましょう!」


 誰のせいだ。


 俺が鼻白む一方で、百合の瞳にはなにやら期待するかのような輝きが宿っている。


「え、なになに恋の鞘当て展開? いやぁ熱いなあ。よし紫音、そらちゃんを巡ってわたしと手合わせしよう」


 百合がうきうきで手刀を向けてくる。


「お前はもう喋らんでいい」


 駄目だこいつは。


 手を伸ばして百合を制し、視線を自称妹に向ける。


「で、これはどういうことだ?」


 自身のおつむで理解が追いつかない以上、当事者に解説を求める他ない。


 正体不明の美少女は逃れるように視線をつーと流すと、


「あー……話すと長くなりますから、家でゆっくりお話しましょう」


 にこっと無垢なスマイル。


 うん、実に言い笑顔だ。

 週刊マンガの表紙を飾っても違和感がないね。


 ……こんにゃろ、うまく話を逸らしやがったな。


 しかし、彼女の言うことも一理ある。見たところ、けったいな事態に巻き込まれたと自覚しているのは俺だけのようである。


 それは某所から向けられる奇異の眼差しを見れば明らかだ。

 このやたら見てくれのいい娘が俺の妹であることが周知の事実で、俺がこうして苦言を呈していることが異常、というのが彼らの共通認識なのだろう。


 おいおいついに世界が狂っちまったのか? 

 異様な猛暑はなにかの前触れなのかも知れない。


「……わかった」


 その時は一から十まで話してくれよ。

 こちとら既に頭痛がひどいんだ。


「もちろんです」


 アルカイックスマイル。

 君の感情オプションはスマイルしかないのか?


 ――こうして摩訶不思議な日々は唐突に幕を開けたのである。


 この程度で終われば『突然、妹を自称する黒髪美少女が現れたんだがw』なんて記事をネットに上げてうまくいけば収入化できたのだろうが、残念ながらその程度では済まないほどに運命の歯車は回ってしまっていたのである。


 現実が既に非日常に変わり果てていることを俺が知るのは、そう遠くない未来のことだ。

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