第5話 証拠を見せろとせっついていざ証拠を見せられるといたたまれないことこの上ない

「でもよ織姫さん」


 織姫の役を担う神、ということは、つまり織姫様ってことだろう。

 ツッコんでこない様子を見るに、どうやらその認識で問題ないらしい。


「今はまだ4月だぜ? それに確かに我が家では毎年七夕行事をやっちゃあいるが、ここ数年、俺は願いごとなんかしてないぜ?」


 夢見がちな他三名は毎年夜空に思いを馳せているが、その脇に立つ俺はアルタイルもベガもデネブも探さず、コスモパワーの吸収に精を出している。


 最後に短冊に願いを綴ったのはいつだったかな。

 曖昧だが、6歳くらいだったと記憶している。


 でもしょうがないだろ? 


 天の川に希求したって、日常はこれ~っぽちも変わりゃしない。初詣も二年参りも然りだ。神社に向かうまでのエネルギーが徒労に思えてならないね。


 あ、正月に関して言えば、暴飲暴食で蓄積されたカロリーが消費できるって利点があるのか。

 つっても、一日の消費カロリーのほとんどは基礎代謝だから、運動する意味って実はあんまないんだよなぁ。


 などと妄想の世界で禅問答を繰り返していると、織姫様はげんなりとため息をついた。


「ですよね。高校生にもなって、なんて幼稚なお願いごとをするはずありませんもんね」


 思わず苦笑してしまう。


「そんなことを願うのは幼稚園児くらいだ。思春期真っ盛りの時期に特撮に熱中して現実と理想の区別がつかなくなるような残念な奴じゃないよ俺は」


 厳ついベルトをつけて変身フォームを完コピしなければ、二次元キャラを待ち受け画面にして見る度にデュフデュフしたりもしない。


 アニメをそこそこに嗜み、学業をそこそこに熟し、そこそこに青春を謳歌する月並みの高校生。


 それが俺である。ぜひとも普通星人と読んでほしい。


 穏やかに微笑んでいると、自称神様は苦虫を噛み潰したような顔をした。


「確信犯じゃないですか……」


 なにが確信犯なんだ?


「つまり、紫音さんが幼稚園児ならそう願ってもおかしくないと解釈していいんですよね?」


 頑なに否定はできない。


 なんせ幼少期は戦隊ものに沼る黄金時代ゴールデン・エイジだからな。

 かく言う俺も、あの頃は5人組のヒーローに憧れたものさ。


「そうだな。あの頃の俺ならそう願ったかも知れない」


 そう返事をすると、高次元の存在であることを自称する美少女はゆるゆるとかぶりを振り、


「違いますよ紫音さん。かもじゃないから現実が狂ってしまったんです」


 それは言外に可能性の話ではなく、確定したことなのだと告げていて。


「十年前に紫音さんが願ったこと。それが現実になってしまったんです」


「……」


 えっと、つまりどういうことだ? 


 悪いが6歳の頃のデータなんて、写真くらいしか残っていない。他はすべて記憶という膨大な渦の中に呑み込まれてしまっていて、探そうにも探す手立てがない。


 いや待てよ。でも姉貴ならもしかしたら……。


「……ってなに鵜呑みにしてるんだ俺は」


 願いが叶っただって? アホらしい。仮に70億分の1の確率で俺の願いが叶えられるというのなら、年末ジャンボのキャリーオーバーでも当てて欲しいもんだね。


 そうなりゃ新年の福袋に本当に目玉商品が入ってるのか確認して、仮になかろうものならその顛末をネットにアップして一儲け狙える。

 夏祭りや新年初売りのピックアップ商品は大抵内封されてないから、俺の勝利は約束されたようなもんさ。


 はは、俺の手でこの世の悪事をことごとく表沙汰にしてやるぜ!


「まだわたしを疑ってるんですか? 執拗な男はモテませんよ」


 ビッグドリームに思いを馳せて春一番に吹かれていると、木枯らしにも負けない冷ややかな風を正面から感じた。発生源は自称妹の黒曜石のような瞳だ。


 仮に神様なら、あの瞳は俺の非道な姦計も見え透いているのかも知れないね。


「なら証拠を見せろ証拠を。神様なら超現象のひとつやふたつ簡単に起こせるんだろ?」


 どうせなにもできないに決まっている。そうなればこいつは誰だって話だが、まぁそろそろ百合と母さんがドッキリだと明かしてくる頃合いだろう。


 まったく、よく仕込まれた芸だ。俺じゃなきゃ見破れそうにないね。


 などと思ったのも束の間。


「いいですよ。わたしの異能は『願望者マスターの妄想を現実にする』というものです。紫音さん、なんでも願いを口にしてください」


 思わず息を呑んだ。


 なぜならその瞬間、手を組み合わせた彼女の姿が異様にサマになっていたからだ。

 後光が差したように見えたのは、果たして錯覚だろうか。


「なら姉貴を俺の隣に呼び出してくれ」


 片手を上げて、俺は投げやりに言った。


 さぁて見物だ。どんなトリックを見せてくれるのかね。


「承知しました。ではこの場に川野咲月かわのさつき様をお呼びしますね」


 後に俺は気づくのだが、この段階に至るまでに俺は一度も姉貴の名を口にしていなかった。


 なのに、彼女はさも当然のように姉貴の名を知っていた。


 思えばこの時点で十分立証に至っていたのだ。


 ――彼女が常人ではないことの。


 祝詞を口ずさむことも畳に魔法陣が浮かび上がることもなく、なんだやっぱりガセかと少々期待していた分の反動で雀の涙ほどのショックを受けながら目を閉じ――


「……」


 次の瞬間開けた視界のなかに、俺の隣に正座する姉貴が映り込んだ。


「しーくん?」


 まるで摩訶不思議な出来事を体験して現実が飲み込めないとでも言うかのように首を捻る姉貴だが、今回に関して言えば、比喩が比喩としての働きを果たしていないと思われる。 


「……」


 おいおいマジかよ。

 こいつ、マジで姉貴を呼び寄せやがったぞ。


 ちらと妹を見やれば、ドヤっとばかりにキメ顔を浮かべている。


 双子の妹。織姫。人類滅亡――。


 彼女が口にした非現実めいた単語の数々を戯れ言として処理するのは、やや早計がすぎるのかもしれない。





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