第6話 妹がツンツンしていても姉がブラコンならバランス調整としては悪くない(良いとは言っていない)
「……あのさ姉貴」
声を震わせながら問いかける。
「俺が6歳のとき、七夕でどんな願いごとをしたか覚えてるか?」
姉貴は化けの皮を剥いでしまえば百合に負けず劣らずの残念っぷりであるが、化けの皮を剥がなければ、ふわふわした雰囲気とふわふわした笑顔で生徒を癒やし、かつ才気煥発という圧倒的ハイスペックで全校生徒からの絶大な支持を得る生徒会長だ。
混迷に陥った際、杖とも柱ともつかぬ存在として輝く自慢の姉である。
垂れ下がった瞳を三日月形にし、セミロングの髪を揺らして姉貴は柔和に笑んだ。
「覚えてないはずがないでしょ? 大好きなしーくんの言葉なんだもの。喃語から今に至るまでしっかり暗記してるわ」
きゅぴこーん☆とウインク。
この行き過ぎたブラコンは恵まれたと見るべきか呪われたと見るべきか。
まぁ険悪な関係よりは幾分マシか。
姉貴はお祈りポーズで身体を捩らせる。
「6歳のしーくんはね、地球滅亡の危機から人類を守るヒーローになりたいって願ったの。きゃ~可愛いっ! キュンキュンしちゃう~」
俺もキュンキュンしてきたよ。主に不整脈のせいで。
こうして十年前の願いごとが判明したところで視線を織姫様に――天に移す。
「そもそもそんな巨悪が実在したっていうのか?」
なんとしても責任転嫁したい俺である。
だってそうだろ? 無自覚とはいえ、自分のせいで地球が滅びました(笑)なんて言ったら、来世で閻魔様に舌を抜かれるくらいでは済まないに決まっている。
ゼウスの落雷とトールの鉄槌を喰らう羽目になるのは確実だろう。
現世でのいざこざを来世にまで引きずるなんてごめんだね。
「いいえ、存在しませんでした」
過去形なのは意図的だろう。腹に一物ありそうな顔をしているのは、俺の失態を咎めようという衝動を呑み込んでのものだろうか。優しい神様で助かるね。
「今はいるってことか」
「……はい」
返事にはやや間を要した。
「紫音さんの願いを成就させるための前提条件として、本来は存在し得ない架空の存在が地上に現界してしまいました」
なんてこった。
俺がヒーローになって世界を救いたいだなんて願っちまったがために、本当にそのシチュエーションが確立されてしまったらしい。
悪がいて俺が退治するのではなく、俺が退治したいと思ったから悪が生まれた、というなんたる矛盾……。
裁判にかけられようと弁明の余地などない歴史的大逆を犯した諸悪の根源は、ほんのミジンコ程度の冤罪の余地もなく俺で確定だった。S級大戦犯である。
「しーくん、あーちゃん……」
見れば、姉貴が口許を押さえて身体を震わせている。
あーちゃん……はてなぜその呼び名になったのか。十中八九天を指しての呼称なのだろうが、由来はさっぱりわからない。姉貴の考えていることはいつもわからない。
しかし、わかっていることもいくつかある。
そのひとつは、姉貴は頭の回転が常人よりも遥かに速いということ。
故に、俺と天がたった二言程度交わしただけで状況が呑み込めてしまったとしてもなんらおかしくない。
「姉貴。俺さ――」
自首しよう。腹は決まっていた。
しかし俺が二の句を継ぐよりも早く、
「わたしに隠れて新しいゲームするなんてひどいよっ!」
姉貴は涙目で抗議の声を上げた。
俺の有罪判決でなく、自分が仲間外れにされたことに対しての、だ。
天が「なに言ってんだこいつ?」とばかりの面食らった顔で姉貴を凝視するなか、そんなことはお構いなしに姉貴は俺の肩を掴んで揺さぶってくる。
「巨悪とかヒーローとか現界とか、お姉ちゃんの大好きなジャンルじゃん! しーくんもあーちゃんも知ってるよね⁉」
脳がぐわんぐわん揺れる。
おかげでもう一人の俺が目を覚ましてしまう。
「もちろんでござるよ」
格ゲーからギャルゲーに至るまで某が熟知していることは、当然存じ上げているでござるよ。
「ならどうして誘ってくれなかったの⁉ 来年受験生だから⁉」
と、いけないいけない。つい対ネトゲプレーヤー用のオタ紫音が出てしまった。
画面の前で突如変貌するのはあるある……だよな?
「違うんだ姉貴。これはゲームじゃなくてリアルな話で――」
言い終える前に姉貴は座布団に飛び込んで、赤児のように泣き喚きはじめた。
「しーくんとあーちゃんが反抗期だよぉ! 二人揃ってわたしをハブってくるよぉ! うわぁぁん! 神様、わたしと二人を三つ子にしてください! なんでもしますからぁ!」
「うわぁ……」
これには現職神様もドン引きである。
路上の苔を見るような目で姉貴を見下ろしている。
「……兄さん、一応確認しますけど、お姉さんですよね?」
俺と天は双子の兄妹……という設定。
俺の呼称は〝兄さん〟のようだ。
「ああ、そうだ」
「男女問わず絶大な支持を受ける理想の生徒会長、川野咲月さん、ですよね?」
すごいな姉貴、神様から高評価されてるぞ。
現在進行形で大暴落中だが。
「ああ、そうだ」
などと俺と天がお御通夜状態で言葉を交わす間も、姉貴は自動掃除機と化してごろごろと畳をクリーニングしている。
転移現象をどう説明したもんかと思っていたが、この様子なら大丈夫そうだな。
そんなことはショックに上塗りされて忘れているに違いない。
「あーちゃんがさん付けしてきたぁ! もはや他人扱いだよぉ!」
「事実、他人だしな」
嘆息し、俺は引き戸を引いた。
「天、場所を移そう」
ここじゃ埒があかない。
「あ、はい」
てててと天が駆けてくる。
「……調子狂うなぁ」
途中天がなにか呟いたようだが、姉貴の「裏切られたぁ~!」という叫び声が重なったためにうまく聞き取れなかった。
近所迷惑だぞ姉貴。
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