第7話 ほろ酔いで仕事するヤツなんざ即刻解雇処分すべき

 家から徒歩5分圏内に古色蒼然とした公園がある。


 やかましいガキ大将も、いい雰囲気のカップルもいない寂れた公園のベンチに腰掛けて、俺は天からより詳らかな情報を得ていた。


「――唯一救いなのは、地球を滅ぼし兼ねない彼らが悪に染まる前の健全な状態で現界したことです。仮に仕上がった状態で現界していたら、手の打ちようがありませんでした」  



「――魔法に変身、なんでもありです。言ってしまえば、紫音さんがあるはずがないと思っているものすべてが存在しているんです」


「――どうして十年前の願いが今頃になって叶えられたのか、ですか。うん。ごもっともな質問ですね。それはわたしが酔った勢いで数年分の願いを混合して……すいません。実はわたしのポカも一連の騒動に一枚噛んでいるんです」



「――わたしは織姫として毎年、願いごとをひとつだけ叶えています。え、短冊を全部読んでるのかって? もちろん読んでますよ。地上の人の願いを叶えることが、わたしに課せられた天職ですから」


「――妹になったのは、四六時中紫音さんの側にいるためです。非現実的な出来事に直面したら困るでしょう? わたしはそんなときのお助けカードのようなものです」


 俺は天からの情報収集に勤しみ、30分もすればある程度、奇想天外な出来事に対しての理解を示せるようになっていた。


「なら奇特な奴を探すのが先決だな。この手の話に関しては、姉貴と百合に頼ればなんとかなる。二人とも顔が広いからな」


 聞けば異界からの来訪者たちのほとんどは勝ち気な人柄とのこと。


 妙に高慢だったり、痛々しかったりする奴を虱潰しに探していけば、自然と『異世界人』と出逢えるというプロセスである。


 厳密には俺の願望の上に成り立った『補助概念』らしいのだが、『異世界人』と呼んだ方がしっくりくるのでこの呼称を採用させていただくことにする。


「では早速明日から探していきましょう。でないとわたしは織姫専務から解雇されてしまいますから」

「織姫様って複数いるのか?」


 からかうように天は微笑んだ。


「その認識には齟齬がありますね。そもそも織姫というのは幻想の上に成り立った概念なんです。神が織姫を演じているだけで、オリジナルは存在しないんですよ」


 なら一体、織姫と彦星の感動的なエピソードはなんなのやら。


 ちなみに一連の会話の応酬で最も度肝を抜かれたのは、天の年齢が300歳を超えているいうことだ。


 神様業界だと300歳は赤児同然のぺいぺいで、彼女は職に就いてからまだ十回も願いを叶えていないらしい。

 聞けば、200年ほどは役職を任せてもらえなかったとのこと。


 そりゃ酩酊状態で職務に励む奴なんざ、誰だって推薦しないだろうさ。


○○○


 帰宅するなり姉貴の部屋に向かうと、


「どうしてなのアイリス……あなたはわたしたちをずっと騙していたの⁉」


 と、鬼気迫る声が扉の内側から聞こえてきた。


 透視能力がない俺でも扉の先の景色がありありと脳裏に描けたので、用件は明日に回すことにする。

 謝罪とエキセントリックな奴についての情報を得るのは朝一番になるだろう。


 ああもご執心となると、姉貴は飯も喰わずに徹夜する確率が極めて高い。アイリス? とかいうキャラのルートが今日中に終わることを祈るばかりだ。

 ゲームのためなら、あの生徒会長は余裕でずる休みするからな。


 俺の予測は外れることなく、ついに姉貴が姿を現すことのないまま食事が終わり入浴が終わり床に就くことになった。


 我が家は個人の意志を尊重する家庭なので、姉貴が食いっぱぐれようが不眠でゲームに没頭しようが母さんも親父も苦言を呈すことはない。


 それに姉貴は優秀だからな。

 やることをしっかりやっているから両親も文句を言えんのさ。


 ベッドに寝転がって五分もしないうちに、睡魔がふらふらと訪れた。


 明日から勇者的役割を担うことになる俺は、前哨戦として睡魔との決闘を繰り広げようと試みるが、生憎というか当然というか、一分もしない内に敗北を喫する。


 さすが三大欲求のひとつ。勝てる気がしねぇや。


 それじゃあおやすみ。

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