第8話 大一番が懸かった日だけ星座占いが無性に気になる

 翌朝、寝惚け眼を擦りながら階段をたどたどしく下りてリビングに入ると、姉貴と天がトーストをかじりながら微笑み交じりに会話に興じていた。


 天と姉貴の関係はどうなっているのだろうか。幸いにも二人は会話に夢中で俺に気づいていない。好奇心のままに、物影に身を潜めて耳をそばだてる。


「大丈夫ですよ咲月」


 天の声だ。


「星座占いの本当の役割は、売れ行きの悪い商品をラッキーアイテムにして売上促進を図ることなんです。あのテロップはバンドワゴン効果を倍増させるための謳い文句でしかないんですよ」


 朝から憂鬱まっしぐらな話題だな。


「なるほど。朝いちばんから占いと称して洗脳活動だなんて、日本のテレビ局は狡猾だなぁ」


 などと暢気に言う姉貴に、「ですね」と天は相槌を打つ。


「他にも有名人が化粧水なんかを宣伝するのもハロー効果っていう心理作用のひとつを用いた洗脳術なんです。世の中、洗脳ばかりでイヤになりますよ」

「ねー。それにしても、あーちゃんはやっぱり雑学に強いねぇ~」


 のほほんとした姉貴の声に反して闇の深い主題だった。


 てか天よ、お前昨日現界したんじゃないのか? 

 なんでそんな通俗的な話に精通してるんだよ。


 成果が得られたところで足を動かすと、床がパキッと音を立てた。


「あ、しーくんおはおは~」


 俺に気づいた姉貴が、蕩けるような笑みを湛えて手を振ってくる。


 よかった、サイコ姉貴じゃない。ゲーム没頭の副作用で姉貴がクレイジーシスターと化すことはなにも珍しいことではないのだ。


 具体的には一人称が変わったりする。ここまでくると、もはや感情移入も一種の才能ではないかと思えてくるね。


 姉貴のぽわぽわスマイルは朝一番のカンフル剤になっていて、実はとても助けられているのだが、直接そう伝えられるはずもなく、


「おはよう」


 と、いつものように素っ気ないあいさつを返すことしかできない俺である。


 なーに、心の内側では常に感謝しているから問題ないさ。


「おはようございます兄さん」


 こちらは聞き慣れない楚々とした声である。


 焦点を横に30センチほどスライドさせれば、上品な笑みを浮かべた天がいる。

 

令嬢顔負けの小気味良い所作に、俺は一時ここが高貴な家でないかと錯覚するが、


「紫音~洗濯回したいから先に着替えてくれないかな?」


 という母さんの声で、やはりここが中流の一般家庭であるのだと再認識した。


 朝一番の兄さんコールは聞き心地が悪いどころか快適で、なんなら〝お兄様〟と呼んでくれてもいいくらいだ。


 ……なんて、アニメ文化に毒された人間の末路みたいなことを思ってしまう時点で俺もなかなかに末期だな。


 環境は人格を作る。どうやら俺も姉貴や百合と大差ないらしい。


「返事はなしですか?」


 小首を捻り不満げな顔を浮かべる天は、あたかも機嫌を損ねた令嬢のようで。


 いやぁ抜かりないねぇ。これは誰も彼女の本性を見抜けまい。


「ああ、悪い悪い。おはよう天」


 にこっと蕾が花開いたような笑顔を見せる。

 

 それに微笑み返すと、姉貴がぱちんと手を打った。


「しーくん、あーちゃんから聞いたよ。『暗黒語』を話す子を教えてほしいんだって?」


 昨日からずっと気になっていたのだが、天のどこに『あーちゃん』要素があるのだろうか。まぁ百合も某アニメキャラの名で呼ばれているし、たぶん『あーちゃん』とかいうキャラに天が似ているのだろうきっと。真相は姉貴の中である。


 そんな些細なミステリーはさておき。


 暗黒語ってなんだ? 古代ローマの末期に使われてたやつか? 


 首を捻っていると、姉貴はトーストを皿の上に置いて勢いよく立ち上がった。


「我が腕に眠りし三つ首の大蛇よ! ……って言えば察しがつくかな?」


 親切なことに、右手を疼かすデモンストレーションまでしてくれる姉貴である。


 そこまでされても気づかないほど俺の勘は鈍っていない。


「ああ、中二病ね」


 最初からそういえばいいのに。


 天に目配せすると、会得顔でこくりと頷いた。


 昨日、天に聞いた話によると、中二病娘――『魔法少女』なるものの存在を学校で感知したらしく、後で姉貴に話を聞いてみようということになっていた。


 しかし、昨夜は姉貴がゲームにお熱だったため話を聞くことができず、こうして朝に話題を切り出しているという次第である。


「心当たりあるかな?」


 問うと姉貴は恍惚の笑みを浮かべた。


「もっちろん。屋上で黒魔術の研鑽を積んでる一年生を知ってるよ」


 ダウトだダウト。頭を悩ます間でもないね。


「毎日健気なもんだよねぇ。小柄な子が必死で頑張る姿を見てると、不可能だってわかっててもつい応援したくなっちゃうっ」


 姉として先天的に備わった母性愛的ななにかを燻るのか、姉貴はふんすと鼻を鳴らし拳を握って天井を見上げる。


 なるほど。ターゲットは屋上が活動拠点の小柄な女の子なんだな。

 索敵には十分過ぎるほどの芳しい成果である。


「魔法なんてものがほんとにあったらいいのにね」


 無邪気に微笑みかけてくる姉貴に、「それがな姉貴、奇跡も魔法もあるんだよ」とは言えずに、俺は乾いた笑みを漏らすことしかできない。声にしたら著作権的な問題も発生しそうだからな。心の声なら問題なしだ(諸説あり)。


 天は早くもお馴染みとなりつつある張りついたような笑みを浮かべて傍観を決めている。


 お前、それ作り笑いだろ。

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