第47話 正義に信念があるように悪にも悪なりの信念がありそれは時に正義と呼ばれたりする
カルマは無音無表情で姿勢を正し、
「なぜだ」
と、視線を投げかけた先にいるのは天だ。
しかし見慣れない身体の一部が違和感を醸し出していて、頭頂部にちょこんと猫耳のような小さな角を生やしている。
今生えたのか、髪に隠されていたのかはわからない。
後者の確率は低いと思う。昨日撫でたときなんともなかったし。
やがて左の角にピシッと亀裂の走る音がした。それを皮切りに、角は瞬く間に瓦解していき、ついには跡形もなく消滅してしまった。
大きく右に寄った、不格好な一本角をカルマは凝然と見つめ、
「なぜ命を投げ打ってまでこの男を助けようとする」
天は躊躇うように視線を彷徨わせて、しかし意を決したようにカルマを見つめ返して言った。
「大切な人だからです」
「解せんな。自らの命より、この男の命の方が価値があるというのか」
「はい」
「理解しているのか。お前は禁忌を犯し、自らの命と代償にこの男を助けた。もう一方の角がある限り命は絶えないが、再びお前が力を授かることはないんだぞ」
どうやら先の出来事は、奇跡でもマグレでもなく、天が意図的に起こしたようだ。
「〝兄さん〟は人の利用価値なんか気にしません。だから問題ないです」
「異界でオレとお前だけが唯一有する希少性の高いものだと言うのに、お前はこの愚行を少しも後悔していないと言うのか」
「はい。まったくもって」
「……そうか」
相変わらずなにを考えているのかわからない無表情。だから天に歩み寄ったとき、また残酷な躾をおっぱじめるんじゃないかと思って神輿を上げたのだが……。
「なら証明してみろ」
おもむろに手を伸ばした先は天の頭上。
地面にベタ座りした天はきょとんと目を丸くし、そんな天を見て仄かに笑みを浮かべたカルマは、そっと優しく天の頭を撫でた。
いまさら兄貴気取りですかこの野郎、と恨みがましく睨み据えていると、
「……どうして」
と、困惑した声を漏らす天は、見慣れた端正な顔立ちをしている。
流血はない。目も腫れていない。制服に染み付いていた汚れもない。
どういう風の吹き回しかわからないが、カルマは天を治癒しているようだった。傷つけたのは自分だというのに。
しばらくしてカルマが手を持ちあげると、そこには小さな角が生えていた。右に生えたものと対称の角。
現状で唯一仇をなす可能性があるものだと言うのに、一体カルマはなにを考えているのだろうか。
訝しんでいると、闇討ちしたバトラーにまで治療を施しはじめた。ますますわけがわからない。
「第三者の加担があったが約束は約束だ。人類を滅ぼす日を繰延しよう」
バトラーの胸にかざされたカルマの手は淡い輝きを放っている。
目は落とされていたが、言葉を向けた相手は俺だろう。
「確かに約束したが、すべてをリセットしろと言った覚えはないぞ」
遠回しに水を向けてみる。
「ほんの気紛れだ。それに二人が万全の状態でなくては困る」
「なにが困るんだ?」
「知りたいんだ。なにがここまでルカを動かしたのかを」
思わず耳を疑った。
数分前まで自分が絶対のルールだとでも言うかのように天の言葉を頑なに否定していたカルマが、あろうことか天の変化の理由を知りたいと公言している。
「ルカだけじゃない。お前もだ、紫音」
「俺の名前、知ってたのか」
「当然だ。ずっと観察していたからな」
カルマさん、まさかのストーカー説が浮上したんだが。
「血の記憶を呼び起こしたり、転生直後に洗脳したり、不可視の淫魔を差し向けたりしたが、どれも結果は芳しくないものだった。先の二つに関して言えば、本気で人類を根絶やしにするつもりだったんだけどな」
だろうな。
ゆかりもバトラーも、その気になれば地上を制圧できるだろう。
「その上で最も厄介なのはお前だった。フィレンゼル家の末裔は幾らかいるが、中でもお前は取り分け血が濃い。『門』が開かれた環境において、お前はルクシアと大差ない『願望を具現化する』力を有する唯一の天敵だった。だから、ルカを地上に送りお前の暗殺を試みた。幸いにも、地上の愚民は秘められし力に気づいていないようだったからな。無論、それはお前も同様だったが」
こうして何故に俺が魔王様の標的となったのか明らかになったわけだが、にしてもこいつ、寡黙なオーラを放ってる割りに饒舌だな。
バトラーが完全回復するまでの暇潰しなのかも知れない。ここは聞き手に徹するとしよう。
「しかし、予期に反して計画は頓挫してばかり。挙げ句、妹にまで裏切られてしまう始末だ。ルカは大切だからと言って、自らの命を投げ打った。そしてそれは、オレが異界を統治しようとした際にも幾らか見られた光景だ。オレとて失敗から学ばぬ無能ではない。オレの知らないなにかがあるのだろうと薄々勘づいてはいる。だからしばらくは、人間という生き物を観察しようと思ったのだ。選択が行動と矛盾していることは理解している。それでも、どうしても知りたいのだ。どうすればお前たちのような清らかな関係が生まれるのかを」
――清らかな関係。
それは暴虐魔王が口にしたとは到底思えない言葉だった。
そうこうしている内に、バトラーの治療が済んだらしい。
バトラーはおもむろに上体を起こし、カルマに問いかけた。
「……かつて異界を恐怖に陥れたお前が今更なにを言うんだ」
バトラーの瞳には剣呑な光が宿っている。今にも斬りかかりそうな勢いだ。
「民の声に少しも耳を貸さなかったお前が、清らかな関係の築き方を知りたいだって? 冗談も大概にしろよ。お前が謀反を起こしたことで、どれだけの命が失われたと思ってる」
「俺は本当のことしか口にしない」
バトラーの激情を前にしても、カルマの冷静沈着な態度は変わらない。
「お前に討たれてオレは気づいたのだ。あの統治方法は間違っていたのではないかと。だから別の手法を模索しようと考えたのだ。手段はいくらあろうが無駄にはならんからな。失敗から学び、主義主張を改めてはいけない、なんて教えはなかろう?」
一連のカルマの話を聞いていて思ったのだが、もしかしてこいつは根っからの悪ではないんじゃなかろうか。
だってそうだろう。傲慢な魔王なら他者の発言に耳など傾けないだろうし、ましてや考えを改めようなどとはしないはず。
まさにこの瞬間、恐怖支配を敷いていたかつての魔王は変わろうとしているのではないだろうか。
他者の意見を尊重し、時には自説をも曲げる、魔の存在しない『王』に。
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