第37話 名作の大半は物語の冒頭部に伏線が散りばめられている

「……嘘だろ?」


 今度は声に出さずにはいられなかった。


「いいか紫音、落ち着いて聞くんだ。君の超常的な力はね、あらかじめ備わっていたものなんだ」


 んなアホな。


 地球がいつの間にか、SFワールドになってたとでも言うのか?


「SFというのがなんなのかはよくわからないけど、要するに非現実と現実が交わったということだよ。具体的には先週の月曜日、カルマの復活に際して『門』が開き、この世界と異界がリンクした」


 それをSFって言うんだ。


「一昨日、僕が咲月様にルクシア様の血が流れてるって言ったのは覚えてるよね? 同じように、地上にはこの世ならざる力を秘める人たちがいる。その力が一斉に目覚めはじめたんだ。ゆかり様もそのひとりだ。彼女は前日まで極普通の女の子だった」

「ならゆかりの言ってたアルザスの村ってのはなんだよ?」

「血の記憶だよ。ゆかり様に流れる血の持ち主、つまりサンパグエット一族が遥か昔、この地に住んでいたときの村の名だ。カルマに対する憎悪も、当時の一族が抱いていたもので、ゆかり様のものではないよ」

「でも、あいつが骨身を惜しまずインフェルノの習得に励む様子を姉貴も見たって……」

「全人類の記憶が改竄されたんだよ。寝て起きたら同じ世界にいる、なんて保証はどこにもないだろう? カルマは一部の特殊な人物たちとその周囲の人物の記憶に、改変を施した。ゆかり様の母親がゆかり様を自分の子と認識していないのも、そんなカラクリがあってのことなんだ」


 こうも淡々と答えられては驚く暇もない。


 とりあえず、ゆかりの謎は解けた。あの子は異世界人なんかではなく、元々地球の住人だったんだな。いつかの百合の予想が正しかったってわけだ。


「……それで、天が悪魔ってのはどういうことだ?」


 馬鹿げた説を百歩譲って肯定したところで、こっちは全然わけがわからん。


 あのアルカイックスマイルが作り笑いってことはわかってたが、だからって悪魔はないだろ。

 小悪魔めいた笑いなんかじゃなく、比喩的表現一切なしの悪魔の笑みになっちまうじゃないか。


「天様は――カルマの妹なんだ」


 告げられた事実は、俺の予想の斜め上を行くものだった。


 バトラーの言葉を受け入れまいと、脳が激しく拒絶反応を起こす。


 兄であることに優越感を覚えていたから?


 毎日に充足感を覚えていたから?


 きっと脳裏に浮かぶ数々の思いは、俺が密かに抱いていたものだ。


 恥ずかしくて言えなかった、俺の本当の気持ちだ。


 そんな思いが弾け出したからだろう。


「……天は俺の大切な妹だ」


 根も葉もない感情論をもって、俺はバトラーに反論していた。


 天が俺を騙し続けていた、という現実から目を逸らすために。


「そう規定事項として擦り込んだのはカルマだ。紫音の力はカルマに対抗し得る唯一のものだからね。天様の能力は、『』というものだ。もっとも、紫音が善人すぎてその策は失敗に終わってるみたいだけど」

「っ⁉」


 気づくと、俺は校舎に向けて遁走していた。


 嘘だ……嘘だ嘘だ嘘だッ!


 天が俺を殺そうとしていただって? 


 悪の帝王の手先だって?


 冗談も大概にしろよバトラー。


 ならあいつの見せた笑顔は、全部偽物だっていうのか?


 誰だって作り笑いを浮かべるさ。俺だってばつが悪いときは、お手上げの意を兼ねて空元気を浮かべる。


 けどさ、それよりも圧倒的に心から笑うことの方が多いんだ。


 なあ天、お前の笑顔は全部嘘なのか? 


 おい答えろよ。

 本当は全部、盗み聞きしてるんだろ? 


 俺の思考回路は、お前と四六時中繋がってるんだからさ。


 全力疾走の果てに辿り着いたのは部室だ。


 バトラーがドベで、俺がブービーなはず。


 今日は水曜日だから女性陣は全員集合しているはずだ。いつもみたく、ディスプレイの前に集まってゲームをしているに違いない。


 呼吸を整えてドアに手を掛ける。

 黒髪を春風に棚引かせる妹がいると信じて。


「あ、お師匠様。今日はどうされたのですか?」

「しーくん、久々に対戦しようよ~。ゆりりん一人じゃ物足りないからさ」

「へ、『へカートⅣ』ができたら咲月姉もイチコロなんだから! って言っても負け犬の遠吠えなんだけど……」


 学内の一部とは思えない私的空間染みた教室から聞こえた声は三つ。


 いつも俺の差し向かいでボードゲームに付き合ってくれた妹の姿はなく、調度品や姉貴の持ち込んだ雑貨品をいそいそと整頓している、なんてこともない。


「天は?」

「ん。一緒にいたんじゃないの?」


 百合の間延びした声を聞くや否、ドアを閉じて俺は再び駆け出した。


 どこにいるかなんて当てがあるはずもなく、それでも俺は留まることを恐れて足を動かし続ける。


 確信的根拠なんてない。けれど、ここで足を止めたら天がどこか遠くに、手の届かない場所に行ってしまいそうな気がした。


 自分でもびっくりだよ。

 まさかここまで天に対して執着心を抱いていたなんて。


 習慣の力ってのはすごいもんだな。

 一週間と少ししか経っていないってのに、いつも隣にいた誰かがいないと、不安で不安でしょうがない。今日まで笑顔も悲しみも苛立ちも見せてくれた妹がいないと、どうも心が落ちつかない。


 まさか、このままさよならなんて言わないよな? 


 俺は生きてるぞ。お前の使命は俺を殺すことなんだろ? 


 だったら責務を果たせよ。辛抱強く足掻いて、お前を困らせてやるからさ。


 だから……お前の口から真実を明かしてくれよ。


 どんな話だって受け止めるのが、兄貴の務めなんだ。

 俺を立派な兄貴にさせてくれよ……。


 ……天、お前が本当にしたいことはなんだ?


 本当に、俺を殺して地球を滅ぼしたいのか?

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