第30話 独壇場を奪われそうになった途端に無自覚で磨いていた矜持が顔を出す
「お疲れ様ですマスター」
部室には既に二人の部員と、本日は別件でいないはずの部員がいた。
バトラーは糊の利いた制服を着ていて、腰に剣を据えていなければ、妖しげな装飾品も身につけていない。
第一印象としては海外留学生、といったところだろう。ブラウンの瞳にさほど違和感はないが、けばけばしい金髪の場違い感は拭えない。
「おう。地上の授業はどうだ、伝説の騎士様」
キャスター椅子を引いてバトラーの前に腰掛ける。
「その呼び方はよしてください。僕は少しばかり運に恵まれただけなので」
成功者って決まって似たようなこと言うよな。
「驚きましたよ。皆さん、3000年前の民とは比べものにならないほど知的なんですから。代わりに豪傑な方はほとんど見受けられませんでしたが、しかしそれは争いがない平和な世の中だという証です。それにどなたも穏やかだ。目に見えて只者ではない僕にも、多くの方が話しかけてくれましたよ」
「そりゃよかった」
相当に嬉しかったのか、バトラーの声はかなり弾んでいた。
命令に忠実な反面、人間味が欠けているのではないかと疑っていたが、どうやらそんなこともないらしい。こうして話してみれば他の連中と大差ない、ただちょっとムカつくほどにハンサムなだけの男子生徒だ。
異界組は溶け込むのがうまいな。
まさか彼らが神様だったり、魔法少女だったり、騎士だなんて誰も思うまい。
「手紙と薔薇を幾らか貰ったのですが、これはこの惑星の風習ですか?」
それはお前だけだ。
「ルクシア皇女、きっと寂しくて夜な夜な枕を濡らしてるぞ。さ、帰った帰った。騎士として涙を拭ってこい」
学内の小康を保つのも立派な慈善活動である。ヒーローを志すものとして、不穏陰子を野放しにするわけにはいかないね。断じて嫉妬なんかしていない。
バトラーは寂しげに微笑んだ。
「そうしたいのはやまやまですが、どうも異界と繋がる『門』は一方通行のようなんです」
「入り口専用と?」
「はい。もっともそんなハイリスクな門を潜った記憶はないんですけどね」
そりゃそうだ。
降りられないジェットコースターに乗るバカはいない。
他の奴はどうなんだろう。
って言っても、二人しかいないんだが。
「天とゆかりはどうやって地上に来たんだ?」
女子三人は、肩を寄せ合い仲睦まじくディスプレイを眺めている。
悔しそうに唇を噛み締めるゆかりと、それを嘲笑うようにヤな笑みを浮かべる百合を見るに、百合が勝利したのだと思われる。
天の腕前は死んでるから、最初から頭数に含めていない。
「わたしは天界から降りてきました」
という神様の論外な返答は置いといて。
「目覚めたら学校の屋上にいました。寝たのはアルザスの村のはずなのに」
一方のゆかりの返事は、やや興味をそそられるものだった。
「不可思議な現象に困惑したのですが、未知の景色には既視感のようなものを感じまして。直感のままに散策していたら見知らぬ女性に話しかけられたのです。偶然にも花田という姓を名乗った女性はどこか母親に似てました。だからでしょう、心を許して事の顛末を打ち明けることができました。そうしたら、わたしを下宿させてくれると仰られまして。そのお言葉に甘えて、今は花田夫妻のお世話になっているという次第です」
「ゆかり……あんた、もしかして地球人なんじゃないの?」
人心地つく間もなく百合が指摘したことは、偶然にも俺の腹の内と一致していた。
あまりにも出来すぎた偶然だ。
たまたま話しかけられて、たまたま姓が同じで、たまたま母親に似ていたなんて。
それは偶然などではなく、必然、さては俺たちは誰かが用意した盤上の上で踊らされているのではないだろうか。
……なんて飛躍しすぎかな。
しかしゆかり地球人説については、かなり肯定側に分があるように思う。
「ゆかりさんが地球人と仮定した上で、では魔法はどう説明するのですか?」
8割方証明が完了した説の不十分な点を、冷静沈着な妹はいとも容易く見抜く。俺以外の人物とは思考共有ができないから、着眼点の鋭さは持ち前のものだろう。
離れ業ってほどではないにしろ、この機転の速さには感服してしまうね。
「親御さんと思わしき方がゆかりさんを娘と認識していない点も不自然です。ゆかりさんが元々人間と断言するには判断材料が少なすぎますよ」
「神様にもわからないの?」
人智を超えた手段を用いての解決はノックスの十戒に反するものだが、俺たちは別に謎解きを楽しんでいるわけではない。
であるからして、百合のざっくらばんとした問いかけは、最短且つ最良の最適解を得られる最高の手段と言えた。
「わかりません」
しかし答えを得ていながらも隠すような妹ではないから、回りくどいやり方になっているのが現状だ。
天は常に俺の思考を把握している。なのに俺が疑問を呈しているということは、天では解決できなかったという証でもある。
神様だからすべてを知覚しているとは限らないのだ。
「しかし、なにかしらの縁故があると考えるのが妥当でしょう」
神妙な面持ちでバトラーは言う。
「ルクシア様の血が現世にまで受け継がれているように、ゆかりさんの先祖の血が地上の誰かに受け継がれていてもおかしくありません」
「惑星が異なるのに、ですか?」
断固として天はゆかり地球人説を認めようとしない。普段はこんな強情じゃないんだが、なんだろう、自説が曲げられるのが悔しいのかな。
口籠もることなく、涼しげな顔つきでバトラーは説を論じる。
「惑星がどうだこうだという概念は、この世あらざるものたちが学校に蔓延っている時点で瓦解しています。ましてや今回に関して言えばルクシア様の前例がある。間違いないと断言することはできませんが、絶対ないと断固拒否することもできないと思いますが、いかがでしょう?」
どこの詭弁師だお前は。
その饒舌なら国選弁護人として十分活躍できるぞ。
そうなれば、警察側が不満げに顔をしかめるのは自然な成り行きである。
天は半眼でバトラーを見つめている。
「まぁそういうことでいいです」
全然納得していないのが丸わかりな、ぶっきら棒な口調で言い放つ。
「そう気分を害さないでください。あくまで説のひとつですよ。天様の説だって、候補としては立派なものです」
「そんなことはどうだっていいんです。口論はわたしの独壇場だったのに……」
「子供かお前は」
ちょっぴり頬を膨らます妹に、ため息が漏れる。
まぁ主導権が握れなくなって拗ねたくなる気持ちもわからんでもないけどさ。
「なんですか?」
ぎろっと天が睥睨してくる。
ため息をひとつついて、俺は言った。
「神様ってのは、いつだって最後に審判を下すもんだ。俺たちが候補を出して、天が総括する。そうすりゃこれまでとなにも変わらないぞ」
「それもそうですが……」
「天にバトラー、聡明な二人の意見があると、説に厚みが生まれてありがたいんだけどなぁ。……そうだろ百合」
「うんうん。神様に騎士王、まさにアーサーにエクスカリバーだわ。怖いものなしね」
言い終えるなり、ぱちりん☆とウインクを送ってくる。さすが幼なじみ、謎の慣用句にやや困惑したが、しっかり煽てているから合格ラインだ。
「そ、そうですか……ならいいかな」
ぽりぽり頬を掻きながら、天はどこか照れ臭そうに呟く。チョロい神様だ。
「神様なのに二言で言いくるめられてしまいましたよ……。ところでバトラー、ルクシア様の血筋を継ぐ方なんて本当にいるのですか?」
ゆかりからの問いかけに、バトラーは余裕のある笑みを見せた。
「はい。昨日お会いした……お会いした…………」
ところがバトラーは壊れた機械のように同じ言葉を繰り返すばかりで、やがて顎に手を当てて黙り込んでしまう。
「らしくないな。ド忘れか?」
「いえ、その……おかしいな。確かに会ったはずなのに」
バトラーに記憶が存在するということは理性を保っていたということ。となれば、部員全員その人物と接している確率が高いはずだが、はてそんな変わり者いたかね。
「そういえば誰かいないような……」
百合まで変なことを言い出す。
言いつつも、俺も今朝から変わらずなにか物足りない感覚を覚えていて……くそ、もう少しで気づけそうなんだけどな。
結局、頭のどこかに霞がかかったまま、部活終了を告げるチャイムが鳴った。
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