第21話 他人の怪我は同情で終わるが身内の怪我は同情だけでは片づけられない
部室に到着すると、変わり果てた姿の百合がいた。
「あ、紫音。トリックオアトリ~ト。お菓子をくれなきゃイタズラしちゃうぞ~」
「……」
軽い声に反してその姿は見るに堪えない痛ましいものだ。
片目は眼帯に覆われ、右腕はアームホルダーに吊され、引き締まったおみ足には所々紫色の痣が浮かんでいる。
出迎えた百合は、机を4つほどくっつけて作られた簡易ベッドに横たわっていた。姉貴のオタグッズがマットレスや枕の代わりを担っている。
「動かないでください百合さん。応急手当しかしていないんですから」
傍らでは天が甲斐甲斐しく看病している。
その横ではゆかりが切実になにか願うように固く目を閉じており、たぶんゆかりが魔法で痛覚を和らげているから百合は平静を保てているのだろう。
「誰の仕業だ」
どうして真っ先に保健室に行かないんだとか、ゆかりは本当に回復魔法を行使しているのかとか、確認すべき案件がいくつもあるはずなのに、なによりも早く口を衝いて出たのは感情に即した言葉だった。
「あれ? ハロウィンはまだ早いのツッコミはなし?」
「こんな惨状を前に軽口を叩けるわけないだろ。……痛くないのか」
百合は端正な顔に似合う、落胆と慈愛が混在するような微笑を浮かべた。
「それが不思議なくらいになんともなくてさ。っていうか聞いてよ紫音、瞬きしたら目の前にゆかりちゃんがいたんだけど、もしかしてわたし、目覚めちゃったかな?」
目覚めてるのは、今もお前の傍らで切々と呟いてる小柄な魔法少女だ。お前は普通の人間だよ。
なんて反論が念頭に浮かぶくらいには正気を取り戻してきたらしい。
なにはともあれ、大事に至っていなくてよかった。
胸を圧迫していた重圧が和らいでいく。
「んなわけないだろ。ハイウェイヒュプノシスかなんかじゃないか」
別名、高速道路催眠現象。
高速道路を走行中に運転手が眠気を催す現象のことである。
「剣道まっただ中で?」
なんて、適当に言ってみただけだが。
「でなきゃ気絶でもしてたんだろ。気絶直前の出来事と覚醒直後の出来事がモンタージュして……ってのはありふれた話だよ」
「それは……あるかも。痛みも突発的で今は大したことない……し……」
言いながらアームホルダーに吊された腕を動かし、百合は驚喜の声を上げた。
「嘘……動く。動くよ紫音っ! やったやった! え、本当に夢オチ? 紫音の説が正しかったって言うの?」
いやいや、剣道しててハイウェイヒュプノシスなんて事例は生まれてこの方一度も聞いたことがないが。
歓喜する百合から水平に視線を流すと、縁の下の力持ちである魔法少女がふぅと息を漏らしていた。
「ありがとな」
お疲れさん。
明日ちょいとお高いお菓子をご馳走するから期待しててくれ。
「どんな夢だったのか詳しく教えてくれませんか?」
神妙な面持ちで天が問いかける。
なるほど、百合の惨事は夢だったって体で話を進めればいいんだな。
しかし天は本当に自発的に超現象を起こすことができないのだろうか。
だとすれば、天は俺が頼らない限り普通の女の子だ。
うーんと唸ると、百合は夢の内容を明かしはじめた。
「夢にしてはいやに鮮明に覚えてるんだけど、いつも通り武道場で稽古に励んでたら金髪長身の騎士みたいな甲冑を纏った男がやってきてさ、貴様らそれでも本当に騎士か! って鬼の形相で開口一番叫んだんだ。腰だまりに携えてた木刀で部員に襲いかかろうとしてたからわたしは咄嗟にそいつの動きを止めて。そしたらバカみたいに腕の立つ剣聖でさ、一打もお見舞いできないままボコスカにされたってわけ。いや~、やっぱ夢だったかぁ。あんな強い奴はインハイにもいなかったからなぁ~」
どこか寂しそうに宙を仰ぐ。
最強が故の孤独というやつだろうか。こんな目に遭いながらも、百合は心のどこかで満足感を覚えていたのかも知れない。
「(天、これって)」
「(はい。間違いありません)」
ふぅ。一週間の空白を挟んで、異世界人のお出ましのようだ。
異世界人自体は校内にわんさかいるようだが、けれどすべてで害をなすというわけではないようで、一般生徒に被害が及んだのは今回が初めてだ。
まさか身内が初の事例になるとは思ってなかったけどな。
……待てよ。話の流れ的にその金髪は今も武道場に居座ってるんじゃないか?
そこには当然、他の剣道部員がいるわけで。
悪寒が全身を駆け巡った。
「ゆかり、百合のお守り頼んでいいか?」
「はい。お任せくださいお師匠様」
にこりと柔らかく微笑んだゆかりは、それ以上のことを聞いてこない。
こんないい弟子を持つなんて俺は果報者だよ。最後の日まで見放さないからな。
「ちょっとちょっと、そんなに慌ててどこ行くのよ?」
それに比べてこの委員長は……。
まぁ特別な力があるわけでもないし、察することができないのは当然か。姉貴なら事もなげに状況把握しそうだけど。
「体育館にシューズ忘れたことを思い出したんだ。ちょっと取ってくる」
「え? でも今日の体育はソフトボールで……」
「ああ、あのシューズ、兄さんのでしたか。なら掃除帰りに持っていけばよかったなぁ」
ナイスフォローだ天。
「とういうわけだ。ゲームをするのは構わんが、この部屋から出るなよ」
「う、うん……わかった」
不承不承百合は頷く。
瞳が詳しい説明をするよう求めているが、悪いな、自体は一刻を争うんだ。踵を返して廊下を駆け出す。
「あ、こら君、廊下を走るのは危険だぞ」
生徒の命が掛かってるんだ、目を瞑ってくれよ生徒会役員。
先日二言ほど会話を交わした姉貴に好意を抱いていそうな生徒会役員の言葉を無視して、俺はどんどん加速する。
「(兄さん、わたしもすぐ向かいますから)」
「(わかってる。俺が武道場についたらお前が真横に現れるんだ)」
「(ふふ。だいぶ熟れてきましたね)」
そりゃ一週間も経てば、そこそこ馴染むさ。
生徒会室を過ぎて階段に差しかかれば、そこは無人のパブリックスペースである。
さて、人目をはばかったところで一足飛びするとしますかね。
――いざ武道場へ!
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