第20話 無能を自称するヤツの100人に1人くらいはとてつもない才能に恵まれている
誰かに期待を寄せることなんて滅多にないが、判官贔屓などは一切抜きに、この子ならインフェルノを本当に会得してしまうんじゃないかって思ってしまうのにはもちろん理由があって。
「ではいきます」
屋上のフェンスの前に立ったゆかりは、すぅぅと細い息を吐いて瞳を閉じる。
「……万物を切り裂け。――リーフカッター!」
その叫びに呼応するように、ゆかりの背後に黄緑の曲線が出現し、ぽっきり折れんばかりに湾曲した弾みをもって遥か彼方へ飛んでいく。
青空に突如出現した謎の光は、遠方の大樹の幹をばっさばっさ分断し、尚も勢いを落とさないまま鉄塔を真っ二つにしたところでようやく消滅する。
言うまでもないが、鉄塔の半分は既にずり落ちはじめている。
すかさず俺は外観が数分前までの状態に遡行するよう祈った。
さすれば結果は必定――大樹も鉄塔も元通りだ。
こうして今日も大災害が目前まで迫っていたことを誰も知らぬまま、ゆかりとの約束の時間を終える。
振り返ると、ゆかりは小躍りでもしそうな勢いでこちらに迫ってくる。
「どうでしたどうでしたっ?」
ぴょんぴょん飛び跳ねながら無邪気に感想を求める姿は、小動物のように愛らしいものだ。
「は、はは……」
もっとも、ウサギの皮を被ったライオンだから少しも笑えないが。
ゆかりが地球を滅ぼす可能性なんて万一もありえないと思っていたのは修行3日目くらいまでであり、4日目辺りからこの子がガチでヤバい存在なのだと俺は痛感していた。
というのも、魔法と言いつつ、この子はゲームの技を実際に使えてしまうのだ。
今のリーフカッターもゲームの技で、威力は強・中・弱の内、最低ランクの弱。
それでこの殺傷力である。
仮に地上に絶対零度をもたらす必殺技をゆかりが真似しようものなら、その日を境に人類は再度氷河期に突入してしまうに違いない。
インフェルノを見当違いな方向にしか放てないから、実力は知れたものだろうと侮ったのが間違いだった。
花田ゆかり。
恐らくこの子は――魔法の才に恵まれている。
「ま、まあ及第点ってとこかな。明日精度が上がってたら次の魔法に取りかかろうか」
明日は鉄塔を狙わないよう指示しよう。あれは確か電波塔だ。街の皆さん、この度は僕の不注意で停電を起こしてしまい申し訳ありませんでした。
胸中で謝罪の念を打ち明け、今頃は電波障害を疑っているであろう人々に俺は頭を下げた。
「はい! そうしましょう!」
ほくほく顔の弟子は俺の課題に異見することなく、「今日も修行、頑張りますね!」と上機嫌にステップを踏みながら校舎に向かっていく。
「どうしたもんかね」
春空の下で一人呟く。
弱技は無限には存在しない。中技も然りだ。いずれは強技に辿り着く。
ゲームの演出は華々しいものばかりで、画面外のプレーヤーにすれば爽快なものだが、それが現実になろうものなら天災というか地獄絵図である。
元通りにはできるだろうが、毎度毎度人様に迷惑をかけていては立つ瀬がない。
その内、俺とゆかりが一連の騒動の主犯だと特定されて、秘密めいた機関に解剖されて……というのは少々考えすぎか。
しかしなにかしら対策は打たねばならん。
どうしよう。ギャルゲーで倫理観を培うように、なんて課題を出してみるか?
ああ、いいなこの案。ゆかりは素直だし、オタ二人はギャルゲーは道徳と豪語してるくらいだし、たぶんうまくいく。
ゆかりの人格が歪まないかというのが唯一の懸念点だが、まぁなんとかなるだろ。アニメ文化が盛んな地球ライフを来たるべき日まで満喫すればいいさ。
そう結論を出し、部室に戻ろうと踵を返したときである。
「(大変です兄さん! 急いで部室に戻ってきてください!)」
脳に響いた嬌声。
はぁ。今日は休暇日だと思ってたんだが。
「(百合さんが……百合さんが大変なんです!)」
「っ……!」
その名を聞いた直後、無駄な思考が一切合切塵と化した。
状況説明を求めることは疎か、天にわかったと返事をすることもなく、俺は全力で駆け出した。
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