第22話 実力差がありすぎるとなにをしても反則しているような錯覚に陥る

 次の瞬間広がった光景は、世紀末を彷彿させる惨たらしいものだった。


「……なんだ貴様は」


 畳の上に転がる防具一式を纏った剣道部員は、痛ましい呻き声を上げ続けている。面が割れていたり、胴着が破れて素肌が露わになっている部員が幾人見受けられて、けれども一人、悠然とたたずむ人物が手に握るのはどう見ても竹刀だ。


 百合から聞いた通りの風貌だ。


 金髪長身の甲冑を纏ったその男は、温和な顔つきをしていた。どこか気怠げな瞳に、高く一直線に通った鼻梁。俳優顔負けのルックスを備えた男ではあるが、感情が欠落しているのではないかと思うほどに瞳が冷めきっている。


 こいつはヤバい。

 直感が早く逃げろと警鐘を鳴らしている。


「まずいです。あの方、『神力』を纏っています」


 天の声は震えていた。


 つまりどういうことだ?


「神と同格の力を持っている、ということです。わたしの異能が通じないかも知れません」


 賭け率はどれくらいだ?


「8対2……いや、9対1といったところでしょうか。いずれにせよ、彼を屈服させることは難しいと思います」


 分析結果を聞いたところで、後の祭りである。男の冷徹な瞳は凝然と俺を見据えていて、とてもではないが逃がしてくれそうにない。


「とりあえず負傷者を手当てしてくれ。あとこの竹刀に負けないよう細工を頼む」


 床に転がった竹刀を手に取って突き出すと、天は不安そうに顔を歪めた。


「構いませんが、勝てるとは保証できません。それでもやるのですか?」

「幼なじみを傷つけた相手に尻尾を巻いて逃げるなんて選択は端から存在しないんでね。そうなれば、必然的に決闘という選択しかないわけさ」


 ゲンコツの一発でも入れないと気が済まない。

 一時去った激情の荒波が再び押し寄せていた。


「どうして……なんですか?」


 勇みを鼓して足を踏み出したその時、後ろから哀切の滲んだ声が掛かった。


「あなたはなんだってできる。なのに、ゆかりさんの件といい今回といい、自身で重責を担ってばかりです。傷つくのが嫌ならわたしに命令すればいい。今治癒してる方々なんて今日まで関わりのなかった他人です。なのに……なのにどうして……」


 なんでそんな泣きそうな声を出すんだよ。


 天の値踏みするような瞳の数々は、俺の人間性に対する疑問が生じさせていたのかも知れない。


 けどさ天、俺は殊勝なことなんてしてないぜ。


「ゆかりも剣道部も、巻き込んだのは俺だ。俺に責任がのしかかるのは当然のことだろ」


 せめてもの罪滅ぼしだ。激痛に悶え苦しんでも文句は言えんさ。


 天はなにか言いたげな顔をしていたが、ついに言葉が紡がれることはなく。

 最大限柔らかい笑みを向けて、俺は身を翻した。


 鷹揚な足取りで金髪に歩み寄り、五歩ほどの間合いに達したところで剣先を突きつける。


「少しおいたが過ぎるんじゃないか。美顔に一発お見舞いしてやるよ」


 仲間が傷つけられて激昂するなんて展開を何度もアニメや漫画で見てきて、その度にそうはならないだろと苦笑していたが、今ならあいつらの気持ちがよくわかるよ。さっきから目の前の野郎にムカっ腹が立って仕方ない。


 男の瞳からは相変わらず熱を感じない。ピクリとも動きやしない。

 俺なんて目じゃないってか? 


 男の口が微かに動いた。


「礼儀のなってない騎士だ。矯正する必要があるな」


 洗練された動作は一時人を魅了するという。

 まさしく俺はその現象を体験していた。


 音もなく持ちあげられた竹刀の軌道上にははっきりと残像が見える。早すぎて何重にも見えるのはわかるが、鈍重なのに幾重にも見えるってのは一体どういう理屈だ?


「恥を知れ小童」


 こし溜まりに構えた竹刀を男は横一線に薙ぎ払う。とっさに竹刀を構えると、喉元には突き、頭上には脳天を叩き割らんばかりの勢いを纏った竹刀が迫っていた。


 ……は?


 いやいや待て待て。


 サシなのに竹刀が三本見えるんだが? 

 というか野郎が三人に分裂してるんだが? 

 聞いてないぞ細胞分裂型の異世界人だなんてよ。


 脳内でクレームの嵐が吹き荒れようが、剣が止まることはない。

 三方向からじわじわと竹刀が迫ってくる。スローに見えるのは走馬灯的作用かなんかだろう。


 あぁ、この感覚いつかも味わったなぁ。

 確かあの日はちょうど今日みたいな麗らかな日で――。


 諦観の域に達した俺は、防御という選択を放棄して現実逃避の選択を取った。柄を握っちゃあいるが動かす予定はない。同時攻撃をどう防げって言うんだよ。


「む?」


 ところがさすがはイカサマをした武器というべきか、デタラメな攻撃をデタラメな動きで防ぐことに成功した。腕が人類の域を超えた速さで稼働していたのに、これが不思議となんともないんだ。


 あれかな、人は日頃潜在能力を10%しか解放できていないけど実際はもっと引き出せて、それはつまり余力を残してるってことで――。


「うほぅ⁉」


 またしてもガードに成功する。

 相変わらず金髪は三……あ、今四人に増えた。忍者かこいつは。


 動きが華麗すぎてそう見えてるってだけで実際は分身なんかしていないんだろうが、この際細かいことはどうだっていい。


 要するにこいつはバケモノ染みて強いってことだ。

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