第15話 ギャルゲーとエロゲーを同じ括りに当てはめると熟練オタクは激昂する

 家に着いてから百合の写した板書を自分のノートにコピーし、親父を除く家族4人で夕食を取ったところで、俺は姉貴の部屋に向かった。


「姉貴~」


 呼び終えるが早いか扉が開き、ひょこっと姉貴が顔を出した。


「どうしたのしーくん?」


 驚異的なレスポンスの速さに俺は苦笑いしてしまう。


「もしかして待ち構えてた?」


 姉貴はてへへと照れ臭そうに後頭部を摩る。


「しーくんが自発的にお姉ちゃんの部屋にくるなんて珍しいから、つい浮ついちゃってねぇ~」


 約束したわけでもないのに俺の来訪を確実だと予期していた姉貴に些か戦慄のようなものを覚えるが、そんなことよりも今はすべきことがある。


「あのさ姉貴、お願いしたいことがあるんだけど」

「うん。いいよ~」

「まだなにも言ってないんだけど」


 大丈夫かこの姉貴。

 オレオレ詐欺の手口に秒殺で落ちそうだぞ。


「その……さ、学校に空き教室ってあるだろ?」

「うん」


 朗らかな笑みを浮かべたまま姉貴は頷く。


 その背後にはマンガ山脈、ギャルゲ山脈、ラノベ山脈が聳え立っている。インテリアとして違和感なく馴染んでいるのだから不思議だ。


 ちなみにエロゲーとギャルゲーは別物らしく、ギャルゲーをエロゲー扱いしようものなら、同人誌をエロ本扱いしたとき同様の不興を買ってしまうから気をつけた方がいい。


 どっちもADVであることに変わりないと思うんだけど……と、ADVってのは誰でも知ってる単語だよな? 

 念のために補足しておくと、恋愛アドベンチャーゲームの略称である。


 自分が知れず洗練されたオタクになっているのではないかと一抹の不安を覚えながらも、バッファ溢れる冷静さで交渉を進める。


「その内の一つを部室として提供してほしいんだけど……できるかな?」


 いくら姉貴でも公的資産をはいそれと差し出すことは難しいのではないだろうか。


 生徒会長という称号は学徒内最高の権力をもつが、絶対の総攬権をもつわけではない。ましてや私情での頼みごとだ。端からうまくことが進むとは思っていない。


「できるよ」


 しかし、そんな俺の悲観的思考は、瞬く間にふわふわ思考に解された。


「なになに、部活作るの? お姉ちゃんも入れてよ~」


 じりじりにじり寄ってくる。

 四つん這いになると色々無防備になるから、目のやり場に困るんだよなぁ。


 谷間とか丸見えなのに情欲が微塵も湧かないのは、姉貴が姉貴だからだろう。

 恐るべき血族抑制能力。


「あ、いや……」


 前途多難を覚悟していたのに、こうも潤滑にいってしまうと逆に戸惑ってしまう。

 どうやら最終手段であった、神様マジックを行使する必要はなさそうだ。


 ……ほんとに大丈夫なのか? 

 まぁ文句を言われたらその時はその時だ。


「あとさ、その部室にゲーム機を設置したいんだけどいいかな?」


 厚かましいと自覚しながらも問いかける。


「いいよ~」


 ゆるっゆるの返事。

 いちいち罪悪感を覚えるのが馬鹿らしく思えてくるね。


「そのゲーム機も姉貴のを借りたいんだけど」

「いいよ~。布教用と保管用のがあるけどどっちがいい?」


 じゃあ布教用で、と答えた後に、姉貴が押し入れから引っ張り出したのは定価4万円ほどする最新ゲーム機だ。


 マンガやゲームソフトはわかるけど、本体まで布教するのか?


「そういえば、ゲーム機を譲渡した試しはないなぁ。けどこうしてしーくんの役に立てたから、買ってよかったって今では幸福感を覚えてるよ」

「姉貴……」


 この瞬間ほど姉貴が姉貴でよかったと思った瞬間はないよ。


 愛してるぜマイシスター! なんて叫ぼうものなら近親相姦が起こりかねないから、思うだけに留めておいた。

 姉弟間の恋愛が成立するのはギャルゲーだけってもんさ。


 新品未開封の大箱を持ちあげると、くいくい裾を引かれた。


「しーくんの部ができたら遊びに行っていいかな?」


 場所を提供し、資材も提供してくれた最大の功労者を門前払いする無礼者がいようか。


「もちろん。いつでもきてよ」


 部室が和やかな空気に包まれる未来が見えた。


 続けて天の部屋に向かう。

 ノックすると、十秒ほど間があって扉が開いた。これが正常な反応速度である。


「どうしました兄さん?」


 入浴を終えて間もないのか、天の頬は仄かに赤らみ、半乾きの黒髪は照明に反射して艶めいている。


 元々美少女で加えて扇情的な色っぽい姿だってのに、かなしいかな情欲が少しも湧かねぇや。妹だからというより、こいつの人間性(神性とでも言うべきか?)に呆れちまったから、そういう目で見ることができないのだろう。

 花も実もある女性が、本当の美女ってもんさ。


「なんですかじっと見つめて」


 ジトっと細められた天の瞳に警戒の色が宿る。見当違いも甚だしいところだ。


「いいや、プラトニックな関係が保てそうでよかったなぁと思って」


 若干の皮肉を込めて言うと、天は小首を傾げた。


「プラト……なんですそれ? プラトンおじさんの親戚ですか?」


 プラトンおじさん。


 プラトンってまさかあのプラトンか? いやまさかな。


「親戚ではないが語源ではある。清らかって意味だよ」

「なるほど。……しかしなぜでしょう。なんだか複雑な気分です」


 胸に手を添えて、天は歯の隙間にパイナップルが引っかかった時のような顔を浮かべる。


 言葉の裏に隠された真意に気づいていないようでなによりだ。

 俺は心の中でしたり顔を浮かべた。


「ま、知らない方が幸せなこともあるってもんさ。で、本題なんだが――」

「ゆかりさんの件ですね」


 物分かりがよくて助かる。


 鉈を振るった計画の全貌を打ち明けると、


「なるほど。さすが出不精なだけあってシーケンスに無駄がありませんね」

「出不精言うな」


 これ以上は本格的に蔑称として確立してしまいそうだから勘弁していただきたい。


 神様のお墨付きも得たところで、プロジェクト完成だ。

 

 題して『IH計画』。

 残すは実行に移すのみである。


 さて、傲慢に彼女も世界も救うとしよう。

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