続いていく『お仕事』
早紀が前に出る。今度は、みんなが真剣に前を向いている。
期待感、ただそれに満ちている。もっとも、期待感、というものの内容は人それぞれかもしれないが。
早紀はふぅ……、と一度、ため息をつく。
もうそこに、先程までの涙はない。
「さっきは、急なことでびっくりしたなぁ……。けど――嬉しかった」
また、クラスが揺れる。
「そして、本気には、本気で応えないといけない。だからこそ――私の過去を、お話しようかな、って」
早紀の過去……。僕ですら、聞いたことがない。
もちろん春休みからのことは一番知ってるつもりだけど。
だから、楽しみに待っていたけど――
「――私は、小学校の時、いじめられてました」
いとも簡単に、そんな期待を打ち砕く。
クラスのみんなも、驚愕する。
先生ですら、驚いている。
「みんな驚いたかな……? まぁ、それはまぁひどくて。私だけ、話しかけても無視されて。私だけ、仕事を全部押し付けられて」
早紀が悲しそうな顔をしているのを、僕は見ていることしか出来なかった。
もしこれがクラスミーティングじゃなかったなら。すぐに駆け寄ってるのに。
「それだけだったらまだ……って思ってたんだけどさ……いじめって悪化するものなんだね」
もうみんな、本気で話を聞いている。
浮ついた雰囲気など、とっくの昔に消えていた。
「6年生の終わりの方になったら、お金までとられて。服も汚されて。みえないところに痣をつけられて。けど、親には言えなかった」
早紀と仲の良い女子生徒が一人、涙を零す。
「だからみんな御存知の通り、私が小学校の時にいた隣の市から移ってこれるって聞いたとき、ほんとに嬉しくて」
1人。また1人と涙を流す者が。
「けどね、嬉しかったはずなのに、泣いてたんだ。怖くて。新しい学校が」
早紀もまた、涙を流し始める。
「ねぇ、柊斗。あの日、なんで泣いてたのかわかる? 私さ、あの日までもいじめられてたんだよ? いえなかったから。明日からあなたたちとは別の学校に行きます、だなんて」
衝撃の事実が、語られる。もはや、僕も涙を我慢することなどできなくなっていた。
「だからあの日もお金を取られて。引っ越すのがもう少し先だったから、大して土地勘もないのに一人でこっちに逃げてきて」
早紀が、僕の方を向いた――気がした。
涙で視界が悪くなっている。けど、それでも。早紀と目があった気がした。
「そんなときに、柊斗が私を見つけてくれた。大丈夫か、僕が一緒にいてやるよ、って。だから咄嗟に――嘘をついた。ほんとはどこにいるのかわかってたけど。柊斗と話したくて」
そうか。僕は、そんなに浮ついたことを言っていたのか。
「その、『僕が一緒にいてやるよ』って言葉が、どれだけ嬉しかったことか。その言葉が、どれだけ私を救ったことか。その言葉が、私を立ち直らせるきっかけをくれた。その言葉が、私を――私を惚れさせるには、充分すぎた」
クラスが、ざわめく。
涙を流す者。神妙な面持ちで話を聞いている者。
今の言葉には、そんな者たちを一瞬で引きずり戻す破壊力があった。
「それに、おんなじ学校であろう人だっていうのもわかった。けどそんな彼――柊斗からは、私とおんなじ匂いがして」
早紀は話を続ける。僕の思い過ぎかもしれないけど、まるで――僕に言いたいことはまだまだ終わっていないかのように。
「だから、中学では変わった。私が、自分から友だちを作るために。私が、いじめられないために。そして――同じクラスになった、一番大好きな男の子を孤立させないために」
僕の涙は、とどまることを知らない。
そして、僕の幸せも、とどまることを知らない。
「みんな、幻滅した? こんなことを考えてる私のことが、嫌いになった? 自分本位で。周りのことなんて考えない。けど、嫌いにならないでほしい。私は、みんなのことを大切に思ってるよ? かけがえのない、クラスメイトって」
早紀はそう言って――僕の席へと近づいてくる。
「けど、やっぱり一番大切なのはこの人で」
僕の目の前に、早紀の姿。
「柊斗? 私も、柊斗のことが好き。大好き。
勇気を出して、私に話しかけてきてくれたところが好き。
ちょっとコミュ障のところも好き。
私と、ずっと仲良くしてくれるところが好き。
それに――私に告白してくれたことが、大好き」
僕の涙は止まらない。
早紀の涙も、止まらない。
それでも、今言うべきことはわかっている。
「早紀――僕と、付き合ってくれ」
「うん、喜んで」
クラスのみんなも、こちらを見ている。
けれどそこには嫉妬とか、恨みとか、負の感情は全く無くて。
それこそ――僕たちの、次の行動を見守っているようだ。
「柊斗――」
そう言って、僕に抱きついてこようとする早紀。
けど、僕はそれを一回制止して。
早紀の耳元でささやく。
「――最初にこういうことをするときは、二人きりがいいかな」
「――うん、わかった」
俺達二人は、顔を赤くしているだろう。恥ずかしさはあるけど、それよりも嬉しさが勝っている。
そして早紀はまた前に戻っていく。
「これで、私の発表を終わります。みんな、本当にありがとう!!」
早紀に降り注ぐは、万雷の拍手。それはさっきの僕の発表のときよりも大きくて。
自分の席に戻る前に、早紀が僕の耳元に囁く。
「これは、私達に向けられた拍手だよ?」
――あぁ。本当に嬉しいことを言ってくれる。
そうか。早紀だけのものではないのか。これは、僕たち二人に向けられているものなのか。
そして僕は、確信する。この先も、こうして二人で歩んでいくと。
今日が、出発点。されど、今日をピークにするつもりはない。
今日からが、本当の僕たちの日々だ。
僕の『お仕事』も、新しくなる。早紀を幸せにすることが、その内容だ。
対価だって、日々更新されていく早紀の笑顔で充分だ。
「柊斗」
まだ席に戻っていなかった早紀が僕に話しかけてくる。
「――大好きだよ?」
「僕もだ」
この言葉に、救われる。それは一生のものになるだろう。
僕たちの幸せは、これからも続いていく――
夜の公園で出会った女の子を幸せにする『お仕事』 如月ちょこ @tyoko_san_dayo0131
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