クラスが、変わる

 僕の前の人の発表が、終わった。


 ここまでは特段驚くこともなく順調で。告白とか、嫌いだとか。そういうことを言う人はいなかった。


 1人くらいいてくれたら良かったのに、なんて恨み言はかっこ悪いか。


「次、桜庭さん。よろしくお願いします」


 学級委員の言葉に促され、僕は席を立つ。


 すると、クラスのみんなは僕の方を――向くわけではない。


 こっちを向く者。

 目線が明後日の方向を向いている者。

 寝ている者。


 今までの人達が話しているときはまがりなりにも聞いていたけど、まぁここは僕だし。皆興味がないみたいだ。


 それに、僕がほしいのはこんな奴らの視線ではない。


 早紀の視線、ただそれだけがあればいいんだ。


 早紀が、こっちを向いてくれてれば。

 早紀が、僕の話を聞いてくれていれば。


 たったそれだけでいい。充分だ。


 教卓につく。みんなの方を向く。


 僕の、僕のための時間が、始まる。




「僕は正直なところ、このクラスがあまり好きではありませんでした」


 一言目、みんなはなぁんだそうか、とつまらなそうな顔をする。


「もともと友達が少ない僕にこんな明るいクラスは合いませんでした。面白いとは、思ったことがない」


 けど、早紀だけはこちらを見ている。頷いている。早紀は僕とは違ったというのに。


「班活動だって、僕一人だけコミュ障で。話すのが大変だった。みんなに迷惑をかけました」


 そうだそうだと、みんなが目を合わせている。


「けど、そんな僕にも1つだけ、嬉しいことがありました」


 ある1人の男子生徒が、こちらを見る。


「そう、早紀の存在です。もともと早紀とは知り合いで。まぁ、おんなじクラスにいたときは驚きましたが」


 また1人と、こちらを見る。驚いている。


「早紀は、こんなクラスの隅にいるような僕とは違って、活発でした。普通なら僕には構うはずもない」


 また、クラスが頷く。ただ早紀だけは――笑っていた。


「けど、違った。早紀はどんなときも、僕のことをかまってくれた」


 そう、僕が一人でいたときも。クラスでなにかするときも。帰るときも。どんなときでも。


「みんなが快く思っていないのもわかってた。

 僕だって、一回はやめてもらったほうがいいんじゃないのか、って思ってた」


 クラスに、驚きが走る。


 その空気感に思わず、敬語で話せなくなる。


 本気で思いを伝えたい。その気持ちが現れる。


「けど、だめだった。そんなの言えるはずもない。もしもそれをいってしまったなら――僕は本当に一人になってしまうから」


 早紀は、だんだんと顔がこわばってくる――いや、目が赤くなってきているといえばいいか。


「クラスで、いじめられない。それに加えて、早紀がいる。こんな幸せな生活を送ってもいいのかなって、自分のことを疑ってたりもした」


 ついにクラスの全員がこちらを向く。


 視線を集める、高揚感。


「けど、僕はそんなんじゃ満足できなかった。日々こんな生活を送っているうちに、思ってしまったんだ。『僕は早紀のことが好きなんじゃないか』って」


 クラスにもう一度、衝撃が走る。


 思わず隣の人と話し始める者もいる。


「本当は、こんな場で言うべきじゃなかった。そんなことはわかってる。みんなこんな事は言ってないし、そもそも僕が――って」


 けど早紀だけは、こんなことは言うはずがない。卑下することは、許されない。


「そう思ったけど、一回自分に素直になってみることにして」


 もうクラスに、さっきまでの退屈な雰囲気はない。


「僕は、早紀のことが好きだ。

 僕は、早紀の笑っている顔が好きだ。

 僕は、早紀の明るいところが好きだ。

 僕は、早紀の真面目なところも好きだ。

 僕は――泣いていた早紀も好きだ」


 僕は真剣だ。そしてその思いは、クラスに伝わる。


 言葉が響けば、心が開く。

 心が開けば、思いが届く。

 思いが届けば、みんなが変わる。

 みんなが変われば――勇気を出した甲斐がある。


「と、いう話でした。聞き流してもらって構わない。馬鹿にしてもらって構わない。けど――早紀に嫌な思いをさせる人だけは、許さない」


 思わず出てしまった、庇護欲。


 けどこれは――早紀を涙させるには充分で。


「皆さん、こんな僕の話を聞いてくれて、ありがとうございました」


 そう言って、自分の席へと戻る。


 僕の背に浴びせられるは――万雷の拍手。


 初めて、拍手を受けた。

 初めて、本気で話した。

 初めて、認められた気がした。


 だからこそ――


「では次、道野さん、よろしくお願いします」


 ――返事が、気になる。

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