メスガキ聖女に素麺を与えてみた

「この世界でも雑魚寝ってあるんすね。本当に温泉街みてーっす」

 

 ベットを使わずに寝具を地面に敷いて寝るわけだが、それが川の字に並んでいる。料理を頼んで懐石料理的な物でも出てきてくれたら最高なんだけどなと一葉は思うが、チラッと見た料理は異世界ならでは、パンになんらかのスープに恐らく塩で味付けしたなんらかの肉料理、この世界基準で言えばご馳走なんだろうが、まず間違いなくこの料理を頼んだら聖女ラムはキレ散らかすんだろうなと、一葉はアルバス神教会の聖女なので食べ物にも気を使わないといけないと伝えて特別に料理場を貸してもらった。

 

 芋を貰ったのでゆで卵とあえてポテトサラダ、ゆで卵の天ぷら、そして主食として聖女ラムが食べたことがないだろう素麺を湯掻くことにした。

 素麺は美味しいがタンパク質が抜けがちになる。そこでゆで卵完全食だなんて言われている程だし、食事にもお酒のおつまみにもなりやすい。

 

「あっ、いっけねーっす。麺つゆ用意してもらうの忘れたっすね……醤油とダシがあれば作れたような……」

 

 記憶を辿るが正確なレシピを思い出せない。しかし、昔の人は目分量で料理を作っていたわけだし、自分もやってみるかと今日飲むつもりで用意してもらった冷や専用の日本酒を鍋にかけてアルコールを飛ばす。同じ量の醤油を沸騰させずに火を掛ける。そして顆粒の出汁を溶かす。万が一まずかったら聖女ラムに何を言われるかわからないのでしっかりと味見。

 

「あっ! 普通に売ってる素麺つゆより美味いかもしれねーっすね。濃縮5倍? 3倍くらいでいけそうっすね」

 

 チラリと冷用の日本酒を味見してみる一葉。こればかりは料理を作っている人間の特権だなと思う。

 

「かーっ、これ久保田の千寿っすね。うまっ! もう一杯くらいいいっすかね」

 

 トクトクトクと日本酒を注いで飲もうとした時、視線を感じた。後ろを振り向くと、そこにはお腹を空かせたであろう虚な瞳で一葉を見つめている聖女ラム。

 

「かぁーみぃーやぁー! アンタあーしが全然食べてなくて餓死仕掛けてるのに何アンタだけ飲み食いしてんのよぉ!」

「いや、その……すんません。でも聖女サマ、さっき温泉卵食ってましたよね」

「はぁ? 何言い訳してんの? アンタが聖女であるあーしより先に食べてるのにぃ! もう最悪なんだけどぉ!」

 

 これ以上何か言えば聖女ラムが地団駄を起こして面倒くさそうなので、ポテトサラダを聖女ラムの口の中に放り込んだ。

 

「ちょっと何よ! んぐんぐ……んまぁ!」

 

 ポテトサラダの味は問題ないらしい。一葉的にはもう少し七味を入れてもいいかなと思ったが美味しいと感じているならこれでいいだろうと料理を部屋に運ぶ。その間にもスプーンでポテトサラダをパクパクと食べる聖女ラムにあえて何も言わないのは自分も調子に乗って日本酒を飲んでいたから、

 

「おぉ! ようやくご到着か! 待ち侘びたぞ! どれも見たことのない料理だが、一体これはなんじゃ? 細い白い……なんだか気持ち悪いのぉ」

「魔女のアンタもそう思う? あーしもなんかこの白くて細い食べ物はちょっとないわぁって思うのよね」

 

 素麺といえば夏を知らせる日本のトラディッショナルフード。というか冷やし麺が日本以外の国で殆ど食されないのでそれが異世界となれば相当抵抗があるのかも知れない。それ故、一葉は箸を持って率先して素麺の食べ方をレクチャーしてみせた。

 

 ちゅるちゅると食べて「うまっ」と一言。そして冷酒をお猪口一杯。飽きてくれば刻み葱、わさび、おろし生姜、おろし大根、無限に食べ方を変化させる事ができる夏の4番バッター。

 ちゅるちゅると一葉が一人食べているので、ゴクりと喉を鳴らした聖女ラムと魔女ラーダも見よう見まねで素麺を食べる。箸の持ち方は今後教えてあげるとして、素麺のお味はどうだろうと思っていると……

 

「冷たくて美味しいじゃない! 何よこれ! こんな食べ物あるならさっさと出しなさいよね! ほんとぉ、カミヤはぐずなんだからぁ」

「うんうん、これはなんというか、癖になる味だの。特にこの漬けタレがうまい」

 

 即席めんつゆ気に入ってもらえて良かったなと思っていると、外が妙に騒がしい。それは悲鳴も聞こえてくるじゃないか。

 

「なんか騒ぎが起きてるっぽいっすね」

 

 窓の外を見ると、逃げ惑う人々、温泉街の職員らしい魔法士が集まって何者かに魔法攻撃を試みている。そんな様子を上から覗き込むように見て、

 

「ヤダァ、気持ち悪いケダモノじゃなぁい!」


 ツノの生えた巨大なイノシシとでも表現したらいいのだろうか? その巨大さが、恐竜とかそういう類のサイズである事。察するにあれが迷い込んできて大暴れしているんだろう。

 

「珍しい、魔獣だの。食べ物が山で獲れないから人間が集まっているここにくればとでも思ったのかも知れんな。逃げ惑う人間たちの滑稽な事よ」

 

 そう言ってポテトサラダに箸を伸ばす魔女ラーダ。この状況で高みの見物といのはどうかと思って一葉が聖女ラムに尋ねる。

 

「聖女サマ、あれどうにかしなくていいんすか?」

「はぁ? なんであーしがあんなケダモノどうにかしないといけないのよぉ? アンタバカァ?」

 

 この世界にも月に相当する星があるらしくそれが今日は青々と輝いている。そんな月見酒として日本酒をクイっと一杯飲み、一葉は聖女ラムにこう言った。

 

「この温泉、とっても気持ちよかったっすよね? あの怪物が暴れてこの温泉街が経営できなくなったら二度と入れなくなるんすよ? 今、あの怪物どうにかできるのって聖女サマやラーダさんくらいしかいねーじゃねーっすか? それでも我関せずを貫くならまぁ、俺もいいんすけど。お二人はあの怪物を討伐もできねーんすか?」

 

 やれやれと言ったふうに手酌で日本酒を注いでいると、魔女ラーダが先にその言葉に反応した。

 

「ひっくん、この時代が産んだ大魔女を少し舐めてはおらんかの? あの程度の魔獣に引けをとるわけあるまい」

 

 よし、一人は乗ったかともう一人の聖女ラムはと思って見ていたらお箸を口元に持って行ったまま、聖女ラムはわなわなと震えている。釣りでいえばウキがちょこちょこ動き始めた感じだろう。

 そしてそのウキは一気に沈む。

 

「カミヤぁ! アンタ、もしかしてあーしをざこって言いたいわけ? ざこのアンタがぁ? はぁ? 何さまのつもり? あんなケダモノあーしがいけば秒殺なんですけどぉ? あー、言っても聞かないお馬鹿さんだったわよねぇ? いいわ、みせてあげる」

 

 そう言って聖女ラムと魔女ラーダは外に走っていく。煽るのが好きなメスガキは煽り耐性が皆無である事が多い。魔獣と呼ばれたイノシシに罪はないし悪いとは思うが、この温泉街は一葉も気に入った。それがこんな獣害でなくなるのは少し惜しい。

 日本酒をお猪口にいれ月らしき星を眺めながらやる一杯は中々に格別だった。夜風は涼しく、下では巨大なイノシシに二人の少女が何やら魔法などを放って攻撃を開始した。

 

「こういう時、なんて言うんでしたっけ? 美しい月よ。君はこれから起こることを見ない方がいいだったっすかね?」

 

 聖女ラムと魔女ラーダの魔法攻撃はついに巨大なイノシシを仕留めるに至った。巨大な図体をゆっくりと沈めていく姿はなんと言うか、終わりの美学のようなものを感じさせる。

 二人は討伐した魔獣をそのままに走って戻ってくる。食事中だからなんだろうが、冷水の中にいる素麺はまだ伸びてないし、そんなに慌てて帰ってくる事はないのになぁと思いながらもう一杯。

 

「うまい酒ってどうしてこう手が止まらなくなるんすかね」

 

 と独り言を言っていると、丁度帰ってきた聖女ラムが一葉の独り言に対して返した。


「何? 誰と喋ってたのぉ? もしかして独り言? 独り言なのぉ? きもっ! ほら見てみなさいよ! あんなの簡単に退治できるんだからぁ! ざこざこカミヤには一生かかっても無理だろうけどぉ」

 

 そうだろう。あのイノシシを仕留めようと思うと間違いなくライフル銃がいるし、自分は免許を持っていない。人間は銃を持って初めて猛獣と対等になるというが、この二人は武器も持たずに魔法という摩訶不思議な力であんな猛獣を討伐してしまった。

 結構料理をしている時から飲んでいたので、一葉もだいぶん酔いが回っていた。だからこそ、聖女ラムに少しだけイタズラっぽくこう聞いてみた。

 

「聖女サマ、月が綺麗ですね?」

 

 異世界の人はどう答えるんだろう? 少しばかり興味深い実験をしているつもりで聖女ラムの言葉を待っていると、聖女ラムは一葉の事を不思議な生き物でも見るような表情をしてこう言った。

 

「はぁ? みりゃわかるじゃない。アンタ、どっかで頭でも打ってきたんじゃないのぉ? あーしがヒールでもしてあげようかぁ? あっ! 無理ね。アンタ、頭が悪いの標準だからだぁ」

 

 とまぁ、聖女ラムがこう答えてくるだろう上位ランカーの言葉を返してきたので、少しばかりふっと笑って晩酌を続けた。

 もちろん、聖女ラムの怒鳴り声をBGMに聞きながら。

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