メスガキ聖女に温泉卵を与えてみた

「へぇ、こんな場所あったのねぇ! 最近、お湯で身体を清める事しかできなかったからぁ、湯浴びなんていいじゃない。ねぇカミヤァ!」

「ほぅじゃなぁ! これは心まで洗濯されているようじゃぁ! のぉひっくん?」

「そうっすね」

 

 聖女一行の3人は現在骨休め中。デュワーズ温泉街にやってきている。そしてまさかの3人で温泉に浸かっているのだ。

 というのもこの世界、湯浴びは一般的ではない。娯楽施設の一環であり、家に風呂を持っているなんて王族か教会最高権力者くらいなものなのだ。

 温泉は唯一、一般人も湯浴びができる施設で入力には湯浴び専用の着用、要するに水着が必要であり男湯、女湯という概念がない。

 

 ちなみに聖女ラムも教会最高権力者の一人。

 

「あーしなんか一人用のお風呂持ってるんだからぁ! カミヤは入った事ないでしょぉ? ねぇねぇ、お願いすればあーしのお風呂。見せてあげてもいいんだからねぇ」

「ここにくる前は普通に家の風呂入ってたっすけどね」

「プププ! アンタがお風呂なんか持ってるわけないでしょ。見栄を張ってるの? それにしてもこの温泉、魔力が回復してくるわねぇ」

「そうじゃな。源泉に魔石でも溶け込んでおるんじゃろ」

 

 確かに温泉というよりは薬用入浴剤入りのお風呂に入っているくらい身体に何かしらの影響を感じているなと一葉も思っていた。そしてとても気持ちい、身体が楽になる。

 

「走りっぱなしでしたからねぇ」

「アンタ、魔女ニティアフィーからガチで逃げてんの超ウケたんですけどぉー! ほんとアンタざこよねぇ? ざぁーこ!」

 

 魔女ニティアフィーは一葉を追いかけていた途中、どこかの王国の兵に不審者として捕まった。もちろん、魔女ニティアフィーの力を持ってすれば簡単に脱走及び王国の兵を迎撃する事も可能だっただろう。それをしなかった理由は至って簡単。

 魔女ニティアフィーを捕まえた王国兵が中々の甘いマスクだったわけだ。そんな王国兵に見惚れている間にこうして逃げて向かった先が偶然にも温泉街だったという事。そして、3人で源泉掛け流しの温泉に浸かっているというが今現在。

 

「ねぇねぇ、カミヤぁ! あーしのこんな薄い布だけの姿見てなんとも思わないわけ? ちょっと立ってみなさいよ! どうせアンタの下半身にある穢らわしい物をおっ立ててんでしょ!」

「聖女サマ、風呂は静かに入るもんっすよ!」

「恥ずかしくて見せられないんだ! そーなんだ! じゃあ、せーの」

 

 息を大きく吸って聖女ラムは温泉を潜る。子供かよと思いながら、一応子供だったなと呆れて湯船から上がってくる聖女ラムに一葉は尋ねる。

 

「どうっしたか?」

「何あんた不感症か何かの? みてごらんなさいよ! あーしのこの神に選ばれた美しい身体を舐めるように見る連中ばかりの中、アンタはあーしの従者だからってこんな近くで拝めるのに、なんで反応しないわけぇ?」

 

 一葉はお湯に濡れて髪がおりている聖女ラムはいつもより普通に可愛いなと思うが、それは親戚の子供を愛でるくらいの気持ちでしかない。歳は割と結構離れているし、どうにも妹達がチラついて他人の気すらしないのだ。

 そんな事を考えているともう一人のメスガキ、もとい魔女ラーダ。

 

「ひっくんはそんなだらしない身体の女より、ワシのようなほわんと出ている身体の方が興味あるんじゃよな? ほれほれ一部の雄はみなワシをじっと熱い視線を送っておるでノォ」

 

 確かに、一部の特殊な性癖を持ってそうな人々は魔女ラーダをまじまじとみている。アンセックスなその肢体は確かにある種の芸術のようだ。これがもしかすると一葉よりも年上かもしれないというから、異世界というのは栄養が足りていないのかと思って一葉は、

 

「今日の食事は少し豪勢にしましょうか?」

「う、嬉しいがワシの身体を見てからそう言われると、食べてないみたいではないかぁ!」

「いやぁ、ラーダさん、聖女様に負けず劣らずのはらぺこなのに結構痩せてるじゃねーっすか!」

「きゃはははは! カミヤぁ! アンタ、この魔女が幼児体型だって言ってるようなもんじゃなぁい! 事実だけどぉ! ウケるぅ!」

「せ、聖女貴様ぁ! 貴様とて良い身体なのではなく、食べ過ぎて太っているからじゃないのかぁ! くくく! この前法衣が中々入らなかったのを知っておるのだぞぉ! 加護だけでなんとでもなるものでもあるまい! 聖女王クラスであれば違ったのかもしれぬがなぁ!」

 

 聖女王という名前を聞いて、一葉が気になった。聖女様というのはどうやら宗教ごとに存在するらしいが、ここにいる聖女ラムより位が上そうだ。

 

「聖女王って誰っすか?」

 

 それには聖女ラム、魔女ラーダ以外にも周りで聞き耳を立てていた入浴客からもえぇ! という声が上がった。どうやらそれほどまでの有名人らしい。

 

「カミヤ……アンタ本気で言ってるわけ? 聖女王プリン・アラモード。聖域ジェノスザインが産んだ根源より全ての神に愛された聖女の中の聖女。聖女王よ。ちなみにあーしは姉妹の契りを交わしてるんだからぁ! びびった? もしかしてびびっちゃったぁ?」

 

 うわぁ!というのが一葉の内心の気持ち。これに関しては完全にその聖女王という人物を盾に自分を大きく見せようとしている。このちょいちょい見せる可愛げがまだ許せるところなんだろうかと一葉は思う。

 

「ほらほらぁ! あーしの従者やってたら損はしないんだからぁ! カミヤはざこなりにあーしをもっと讃えなさいよぉ! そうしたら少しは従者として特別扱いしてやってもいいのよぉ! ねぇねぇ」

 

 大きな胸を腕にぷにゅりとつけて話してくる。それに対抗して魔女ラーダも小ぶりな胸を押し付けてくるのだが、そういう店じゃないんだからこれ怒られるんじゃないだろうかと思いながらも一葉が今一番考えている事。

 可憐な少女二人よりも、

 

(これ、風呂上がりのビール死ぬほど美味そうっすねぇ)

 

 という日本の伝統的な楽しみについて、そして温度がめちゃくちゃ高い所を見学したついでにそこを少し借りていいかこの温泉街の人に尋ねて快く貸してくれたので一葉は一度作ってみたい物をここで試していた。

 

「ねぇねぇ、カミヤぁ。もう理性飛びそうなんでしょぉ? カミヤ。きんもーい!」

「ひっくん、ワシに欲情してしまったかのぉ? ひっくんより長生きしている身、あらゆる快楽を教えてやっても良いのだぞぉ?」

 

 そんな二人を無視してざぶんと一葉は湯船から上がる。鍛え抜かれたという程じゃないが、中々に鍛えている身体。他の女性入浴者は隆々とし過ぎていない無駄のない一葉の筋肉、珍しい黒髪、そしてこの世界では見ない一葉の凛々しい顔つきにほぅというため息を聞いて、聖女ラムと魔女ラーダはみるからに嫉妬する。

 

「カミヤぁ! アンタ何色気見せてんのよぉ!」

「そうじゃぞひっくん!」

「は? 何言ってんすか二人とも、というかもう上がってちょっと涼みましょうよ」

 

 神谷一葉は日本では目つきの悪い中肉中背、求職中の青年。が、異世界では凛々しく無駄のない身体付き、異世界では珍しい美しい黒髪に傷ひとつなく、毛深くもないその身体は日本では普通、異世界ではまさに芸術のように見えたらしい。

 当の本人は聖女ラムと魔女ラーダがギャアギャア言っている中で温泉から上がる。

 

「ちょっと待ちなさいよぉ! 逃げんの? ざこぉ! カミヤのざぁーこ!」

「ひっくん、ちょっと待たれよ!」

 

 そんな二人の言葉よりも今一葉に大事なのはビール。


 燃料なのだ。


 二人にしがみつかれながらもそのまま脱衣所に、着替えて一葉はお借りしていた井戸で冷やしたビールと聖女ラム用のラムネを取り出す。

 

「風呂上がりって言ったらビールか牛乳かラムネっすからね。聖女サマはラムネ好きそうなので用意しておきました。自分とラーダさんはアサヒ・スーパードライっすよ。おつまみも作ってるんでこっちっす」

 

 入れない温度の温泉、飲泉用の温泉に一葉は生卵を温泉につけて、要するに温泉卵とゆで卵を作っていた。

 

「そいじゃあ。風呂上がりの乾杯で、温泉卵はゆっくり殻剥いて食べてくださいっす」

 

 カツンと缶ビールとしてラムネを合わせて乾杯。いきなりイレギュラーが発生した。聖女ラムはラムネを飲もうとしてビー玉が入り口を塞ぐ。

 

「ちょ、ちょっと何よこれ! ガラス玉が邪魔して飲めないんだけど! んっ! んー!」

 

 舌でビー玉を押しながらなんとか飲んでる聖女ラムに一葉が飲み方を教える。

 

「聖女サマ、容器に窪みがあるっすよね? そこにビー玉引っ掛けて飲めばいいんすよ」

「はぁ? そんなわけ……何よ! さっさと言いなさいよ! 何これ、すんごい美味しいじゃない! 温泉に卵入れて何作ってんのよ雑ね」

 

 まぁ、そう言わずと一葉は聖女ラムに温泉卵を食べるように促しながす。聖女ラム、そして魔女ラーダはつるんと温泉卵を食べて、

 

「んんっ! んんー! おいひー! この卵おいしーじゃない! 何よこれ!」

「うむ。ゆで卵とは違った美味しさじゃな! 何個でも食べれそうじゃ!」

 

 というと思っていたので十個ほど作っていたのでしばらくは持つだろうとビールを飲みながら、

 

「はぁ、やっぱ風呂上がりのビールは最高っすね」

 

 日本とは違う気候。学生時代は就労ビザを使いいろんな国に行ったが南アフリカのような過ごしやすさ。これは確かに人気の療養地だなと一葉は珍しく2本目をロング缶でプッシュと開ける。

 

「ちょっとぉ! カミヤぁ! 卵なくなったんだけどぉ! というか、アンタどんだけ酒飲むのよぉ! なんなの? アンタ酒が趣味なの?」

「そうっすね。自分は酒飲む以外楽しみないっすね」

 

 二人からすればまさかのカミングアウトにいつも煽ってくる聖女ラムですら、最後の一個の温泉卵を名残惜しそうに見て、

 

「こ、これ食べなさいよ……お酒以外にも楽しいこといくらでもあるでしょ」

「そうじゃぞ! なんならこの後また温泉に入ろうか? そうじゃ! ここは踊りなどの出し物も見れるらしいぞ! それを見に行こうかの?」

「いいじゃないそれ! 魔女もたまにはいいこと言うじゃない」

 

 めちゃくちゃ心配されてるなぁと思いながら一葉は慌ててる二人に笑ってこう言った。

 

「案外今が一番楽しいかも知れねーっすね」

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