メスガキ聖女にジンのギモーヴを差し入れしてみた

 ガチムチな身体に変貌を遂げた黒衣の聖女こと魔女ニティアフィーもはや聖女というか、なんなのか分からないが、殺意だけは先ほどの数十倍はある様子で聖女ラムにこう言った。

 

「私のこの姿を見て生きて帰った者はいないの!」

「えぇ、目が潰れてぇ? こわーい! きもーい!」

「死ねぇ!」

 

 大木のような太さの腕で聖女ラムに襲いかかる魔女ニティアフィー。それを軽やかに回避して「うっわー、何その筋肉キモーい!」と煽り散らかされ、頭に血が上った魔女ニティアフィーは魔法をも重ねてくる。

 

「この魔女モードになった私は魔法力の制御ができないの。肉体強化、ストレンジ! 速度上昇、タフネス上昇。魔法防御上昇。貴女の魔法。私にはもう通じないわよぉ!」

「何言ってんだかぁ! あーしの魔法が通じないなんて事あるわけないじゃん! 神の光の魔法の前に消えなさい! スーパーノヴァ!!」

 

 魔女ニティアフィーは手を広げてそれを受け止める。大きく分厚い魔女ニティアフィーの手が少し焦げる程度で、「少しは効いたわぁ。お返しよ!」と聖女ラムのボディを思いっきりぶん殴った。

 

「うっ……」

 

 小さな嗚咽とバキっと嫌な音と共に聖女ラムの小さな体が吹っ飛ぶ。そんな様子を横目に見ながら一葉は固まったギモーヴをサイコロ状に切り分けていく。そんな様子をちょこんと座って魔女ラーダはジントニックを飲みながら眺める。

 

「うわー、美味しそうじゃなぁ! ひっくん一つ味見しても良いかぁ?」

「まだっすよ。それに先に食ってたら聖女サマがまたブチギレるっすよ」

 

 その聖女は魔女ニティアフィーに吹っ飛ばされ、かろうじて起きあがろうとした時、突進し追撃を放ってくる魔女ニティアフィー。聖女ラムは顔を守ように魔法防御を張るが、魔女ニティアフィーの暴力性は一方的に聖女ラムを蹂躙する。

 

「オラオラオラオラ! ですわよ! さっきまでの威勢はどうしたんですかぁ? 貴女、今更になって、後悔しているでしょう? 皆から蝶よ花よとおだてられ、聖女という居心地にどっぷり浸かって、今まで努力も何もしてこなかった。研究に研究を重ね、トライアンドエラーの毎日だった私とは大違い」

 

 一葉もあと少し冷えるのを待って完成だなぁと思って自分もジントニックを飲みながら一休みしながら、魔女ニティアフィーも苦労したんだなとか思っていたが、

 

「前に付き合っていた彼だって、私の事愛してるって言ってたのに本当の私を知りたいって言うからこの姿を見せたのに、それなのに逃げたのよぉ! 貴女にその気持ちがわかるわけないわよねぇええええ!」

 

 意味不明な怨恨を聖女ラムはぶつけられているなぁとか思い。というか聖女ラムは大丈夫だろうかと思った頃に、ゆっくりと聖女ラムが起き上がった。

 

「ごちゃごちゃ、ごちゃごちゃうっさいわねぇ! あーしは誰かを折檻するのは好きだけど、されるのってサイアク! しかもアンタの手、ゴツゴツしてて痛いのよぉ! ほんとキモっ! だから、逃げられんのよ。ヒール、ヒール! オメガヒール!」

 

 魔女ニティアフィーに殴られた怪我を魔法でとたんに癒してからはいこの通りとジェスチャーして聖女ラムはいつも通り人を小馬鹿にした表情を浮かべた。それも相手は女には恐らく興味のないハズの魔女ニティアフィーに向けて、胸の谷間を見せるセクシーポーズ。これは色気で煽っているのではなく、アンタにはこんな事できないもんねという屈辱を味合わせる聖女ラムの殴れた事への報復。

 

「あ……あ、貴女は殺すわ」

「何? アンタの言葉をあーしがわざわざ借りてあげると、さっきまでの威勢はどうしたのかしらぁ? 神をも虜にするあーしの身体羨ましいんでしょ? それとぉ、殺す? できない事言わない方がいいわよぉ! 弱く見えるからぁ!」

 

 ドヤァと笑う聖女ラム。

 完全に理性が吹き飛んだ魔女ニティアフィーは叫んだ。

 

「単独最強暗黒魔法。オルトロス・インストルーダー!」

 

 突き出した魔女ニティアフィーの両腕から放たれる暗黒の衝撃魔法。それをいつも通りの人を煽り、八重歯を見せた聖女ラムの満面お煽り笑顔で受け止める。


 その衝撃の凄さを物語っているのは聖女ラムの身体を衝撃が押し込んでいる事、それを押さえ込もうとしているのかズンズンと後ろに下がっていく、一葉は本人が隣にいるので聞かない事にしたが、魔法の威力だけなら恐らく魔女ラーダを魔女ニティアフィーは遥かに凌駕しているだろうなと思う。一葉の知る限り、ここまで聖女ラムを追い込んだ相手はいなかった。

 

 しかし、そんな一葉の考えですら、聖女ラムの神に近しいというべきか、崇高なあるいは煽る為の考えには至っていなかった。

 魔女ニティアフィーの魔法が終わると随分遠くに押し出された聖女ラムが厚底ブーツについた鐘をわざとらしく鳴らしながら戻ってくる。何をするのか、近くにまで戻ってきてようやく一葉も理解した。


 聖女ラムは魔女ニティアフィー最強魔法を受けた両手を見せる。

 それは手入れなんてしていないのに、神々の加護で美しくシミはもちろん傷一つない美しい掌。そんな掌を魔女ニティアフィーに見せると、

 

「ぜぇーんぜん効かなかったんだけどぉ! よっわー」

 

 煽った。それに魔女ニティアフィーは肉弾戦に持ち込むべき走り込んでくる。そんな姿を見て聖女ラムは大きな胸をぶるんと振るわせ足を少し開くと、構えた。

 

「聖女にのみ伝えられる格闘術を見せてあげるわぁ。セイクリッド・神殺拳」

 

 なんて名前の武術だと一葉はツッコミそうになるが、ツッコんだらツッコんだで聖女ラムに何か言われそうなので黙っていた。

 代わりに、

 

「聖女サマー! ギモーヴできたっすよ! キリのいいところで終わらせて、お茶にしましょうっす!」

 

 お菓子ができたと聞いて、聖女ラムは嬉しさを隠さない。魔女ニティアフィーの拳をかわすと聖女ラムは光の魔法、神々の加護をこれでもかという程に与えられた自らの拳を魔女ニティアフィーの左頬に叩き込んだ。


 可愛い女の子の握り拳、そんな見た目の物なのに魔女ニティアフィーが感じたその破壊力のイメージは屈強な戦士が持つ伝説のモーニングスター。

 一瞬意識が飛んだ。

 反撃にと思った時、次は右頬に同じ衝撃。

 

「アンタさぁ、魔女の癖にあーしを好き放題殴ってくれたわよねぇ? 倍返し? ううん、十倍返し? だめね。ひゃく倍返しだからぁ! アンタ死刑」

 

 ばこばこと聖女ラムが魔女ニティアフィーをぶん殴る。外から見ているとポカポカと女の子が叩いているようにしか見えないが、その実強烈な威力のパンチで吹き飛ぶ魔女ニティアフィーが吹き飛ぶ前に逆方向の衝撃を与えてその場で殴り続けている。

 

「や、やめてぇ、顔だけわぁ……ゆ、許してぇ」


 懇願、それは聖女ラムにとって最大の喜びであり、煽るポイントになる。

 にヘラと笑うと、

 

「何? なになに? アンタ、聖女様なんでしょぉ? 奇跡を起こしてここから生還してみればぁ? プププ、もうアンタ死ぬんだけどね? 抹殺のセイクリッド・ロザリ……」

 

 ぱんぱんと一葉が手を叩いてやってくるので聖女ラムはトドメを刺さずに一葉に振り返る。

 

「カミヤぁ、アンタ何邪魔してくれてんのぉ? ねぇ? んっ……何すんのよぉ! ってあまーい!」

 

 聖女ラムの口の中にギモーヴを放り込み食べさせる。しばらくもきゅもきゅとその食感を楽しんで頬に触れると満面の笑顔に、

 

「いや、別にこの人ぶん殴っててもいいんすけど、ラーダさんが完成と共にめっちゃギモーヴ食ってるっすから一応聖女サマにも声かけてねーといけねーかなって思ったんすよ。ほらあれ」

「はぁああああ!」

 

 魔女ラーダがジンで味付けしたギモーヴをパクパク食べている姿。それを見て聖女ラムはカンカンに怒って魔女ラーダの元に走る。

 

「アンタ、何あーしのお菓子にバクついてるのよぉ! それ全部あーしのなんだからよこしなさいよぉ!」

「聖女、毒味じゃて毒味! 貴様が死んではワシも困るからのぉ」

「戯言ほざいてんじゃないわよぉ! 猛毒飲んだってあーしはすぐに浄化されるんだから」

 

 凄い会話だなと思いながら一葉は聖女ラムにボコボコにされて涙と鼻水でぐしゃぐしゃになって横たわっている魔女ニティアフィーに声をかけた。

 

「ニティアフィーさん、ギモーヴ食うっすか? 柔らかくてうまいっすよ」

「……どうして私に」

「まぁ、悪い事をしたのは反省しないといけねーですし、人間生まれ変わることはできねーっすけど、やり直す事はできるっすよ。多分、ニティアフィーさんの力は良い事に使えるんじゃねーっすか? ラーダさんもそんな悪い人じゃなかったですし、今回言い方ややり方はどうあれ、聖女サマと出会って頭が冷えたんじゃねーすかね。顎大丈夫なら口開けてくれれば入れてあげるっすよ」

 

 そう言ってサイコロ状のギモーヴを一葉が見せるとゆっくり魔女ニティアフィーは口を開けた。そこにポトンと落としてやる。

 

「甘くて……美味しいわね」

「そうっすか、良かったっす」

「貴方、お名前は?」

「神谷一葉っす」

 

 一葉は本当に善意でニティアフィーに優しくした。あまりにも見ていて不憫だったし、本人のやった事はどうあれ、そこそこ可哀想な人だなという同情は確かにあった。

 だが、一葉はこういう優しさを与える覚悟というものが一つ足りていなかった。

 

「一葉様」

「はい? サマ」

「私と結婚してください」

「え? いや、嫌っす」

 

 ゾクゾクゾクと一葉の背中になんだか冷たいものが這いずり回るような気持ちを感じた。体は男かもしれないが心は乙女な魔女ニティアフィーはびっくりするくらい惚れやすかった。

 満身創痍の体をゆっくりと起こして、一葉にウィンクそして大木のような両手でホールドしようと向けてくる。

 

「マジっすか……こういう時は聖女サマ助けてーとか言えばいいんすかね」

 

 普段冷静な一葉が心の底から焦って、回れ右、そして学生以来久しぶりに全力疾走で走る事にした。

 そんな一葉の姿を魔女ラーダとギモーヴの取り合いをしていた聖女ラムは見つけると、残りのギモーヴを全部平らげて、一葉の元に走る。

 

「アンタ何逃げてんのよぉ! 今から晩御飯の支度でしょ!」

 

 かくして、ネロラスター教団を壊滅させて、ネロラスター教団の信者達もアルバス神教会に取り込み、魔女ニティアフィーを撃破した聖女ラム一行は次なる目的地をイレギュラーで回り道する事になる。

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