メスガキ聖女にハンバーグを与えてみた

「あーもうムカつくムカつく! ムカつくわぁ! 聞いてるのカミヤぁ!」

 

 トントントンと葉野菜を刻みながら「聞いてるっすよ。聖女様がこの街だと聖女様じゃねーんすよね」と一葉がそう言うので、ガンガンとその辺の物を蹴り散らかして、

 

「なぁにぃが、黒衣の聖女よ! 聖女って私の事なんだから! 見てごらんなさい! この純白の法衣、これこそが聖女である証なのに、この街のクソ人間共は、皆殺しにしてやろうかしら? ふふっ、あーしにこんな気分に合わせたんだからあの黒ずくめの偽聖女、火炙りにしてもいいわねぇ!」

「聖女の言葉じゃねーっすよ。まぁ宗教それぞれ考え方も信仰も違うっすからね。聖女様が向こうの教会で聖女って言っても相手にされねーっすよ」

「はぁ? なんでよ? アンタ馬鹿なの?」

「……今の話聞いてたっすか?」

「カミヤこそあーしの話聞いたの? ねぇ? 本当ザコなんだから! お腹すいたから何か作りなさいよ! この教会にあるパンとかパサパサで食べられたもんじゃないわ」

 

 今まで聖女というだけで特別扱いされてきた自分がこの街ではそうはいかない、納得がいかない。とんでもないワガママ、とんでもない自意識過剰。それ故、聖女などという訳のわからない役職が務まるんだろうかと一葉は思いながら聖女ラムが空腹を訴えるのでスマートフォンを取り出すと神様に電話をかけた。

 

「もしもし、神谷っす。神様っすか? ご無沙汰してます。今日は玉ねぎとひき肉とバター……は教会にあったので、ケチャップとウスターソースをお願いするっす。それと、缶のハイボールをお願いするっす」

 

 玉ねぎのみじん切りととこの世界のニンニクらしき野菜を軽く炒める。ひき肉に塩を加えて練る。粘りが出てきたところで焼いたパンを粉にしたパン粉、卵に胡椒を混ぜてこねる。

 

「カミヤぁ、なにそれ? そんな雑な食べ物美味しいわけぇ?」

「子供の人気おかずの地位を卵焼きから奪った超美味い食べ物っすよ。聖女様も作ってみますか? こうやって叩きながら楕円形にして行くんすよ」

 

 今回一葉が作っているのは子供の大好きなハンバーグ。聖女ラムに機嫌を直すのにガッツリ肉料理がいいかなと安直な理由だが、

 

「なんだか美味しそうな匂いがしてきたじゃない! いつ食べられるの?」

「あと少しっすよ。ところで、ラーダさんは?」

「あの魔女ぉ? そういえば教会がこんな事になったから突き出せなかったし、その辺で拾い食いでもしてるんじゃなぁい?」

「いや、あの黒衣の聖女様って魔女と徒党を組んでくるかもしれねーっすよ?」

「は? そんなの一緒にすり潰せばいいじゃない。本当カミヤは馬鹿なんだからぁ! あれ? もしかして怒った? 怒ったのカミヤぁ」

「いえ別に」

 

 ケチャップと特濃ソースにアルコールを飛ばしたワインを混ぜてハンバーグソースを作ると付け合わせの野菜と一緒にハンバーグプレートの完成。

 

「はいお待たせっす。ハンバーグステーキっすよ」

「これがステーキ? なにを言ってるんだか」

 

 ナイフとフォークを持って小さめに切り分けたハンバーグを聖女ラムは上品に一口パクリと……

 

「んんんっ! カミヤぁあ!」

「肉飛んでます。汚ねっすよ! どうしたんすか?」

「これ! ハンバーグ気に入ったわ! アンタにしてはやるじゃない! よくやったとあーしが褒めてあげるわ」

「そうっすか、そりゃ良かったっすよ」

 

 聖女ラムがこのハンバーグステーキを気にいる事はなんとなく分かっていたが、下手に何か言って煽られるのも厄介だし、はぐはぐと聖女ラムがハンバーグを食べているのを眺めていると、自然に自分が笑っていている事を聖女ラムに指摘された。

 

「なに? もしかしてあーしを独り占めしてる! とかそんな無礼な事を考えていたりするのぉ? カミヤの分際でぇ? キモいんだけどぉー!」

「美味しそうに食べる姿に作り甲斐を感じたんすかね?」

「は? はぁああああ!」

 

 身長に見合わない大きな胸を揺らしながら聖女ラムは少し焦ってキモいキモいと一葉を罵るので、一葉は「サーセンっす」と適当にあしらう。

 

「本当意味わかんない事言うから変な汗出たんだけどぉ! というかお代わり早くしなさいよ!」

「はいはい」

 

 二つ目のハンバーグはどうしようかと、一葉は手持ちの食材と、教会に備蓄されている食材を見比べて、教会の保存食に保存がきくチーズを見つけた。それをガリガリと削り取りハンバーグの中に入れて焼く。

 そう……

 

「聖女様、チーズインハンバーグっす。自分の中ではハンバーグの王様っすね」

「何よそれ。チーズなんかどこにあるのよ……ってこれ……嘘でしょ?」

 

 ハンバーグを切ると中からとろりとチーズが垂れてくる。プロセスチーズじゃなくてナチュラルチーズ故にとろけ方も上品だった。聖女ラムはチーズインハンバーグの食べ方を知っているかのようにハンバーグにチーズを絡めてパクリと、

 

「ちょっとカミヤぁ! 美味しいじゃないのコレェ!」

「そりゃ良かったっすよ」

 

 モニュモニュと頬を緩めなが聖女ラムはチーズインハンバーグを胃に収めていると、教会にガシャンと飛び込んできた何か、いや……それは一葉と聖女ラムの良く知る魔女。

 

「ラーダさんっすね」

「何してるのかしらボロボロじゃない。ドブネズミみたいな魔女によく似合うわね」

「いや、なんか怪我してるので回復してあげてくださいよ」

「はぁ? なんであーしが」

「もっと美味しいハンバーグ食いたくねーすか?」

「うっ……し、仕方がないわねぇ、一応。あーしの従者扱いだったんだから!」

 

 聖女ラムは目を瞑ると、何かと交信するようにスペルを呟く。

 

「神よ神、いやしくも祖の御身に近づかんとする我らに砂つぶ程の慈悲と、霞の如し奇跡をここに……」

 

 開眼した聖女ラムは満身創痍の魔女ラーダに触れると回復魔法を唱えた。

 

「アルティメット・ヒール!」

 

 みるみる内に魔女ラーダの傷が癒やされていく。白目を剥いていた魔女ラーダは仰向けに一葉と聖女ラムを見ると、

 

「ひっくん、それに聖女。あれはいかんな」

「あれっすか?」

「どうせあの偽聖女の事でしょ」

「まぁ、我にもその香しい料理をくれりょ? ひっくん」

「了解っす」

 

 一葉は楕円形に形成したハンバーグを火にかける。それは自分のだと聖女ラムが喚かないのは今だにチーズインハンバーグを美味しそうに食べているからだろう。ハンバーグソースをかけた出来立てのハンバーグを前に魔女ラーダ満面の笑みでナイフとフォークでハンバーグを切り分けて食べる。

 

「ああーん。こんな美味い肉料理は初めてじゃああ!」

 

 瞳にハートが浮かぶ魔女ラーダ。聖女ラムと魔女ラーダ。並んで二人でハンバーグをもきゅもきゅと食べる姿にじんわりと一葉は妹二人が思い出される。実のところ妹達に比べればまだ可愛いものだなと思って自分もハンバーグをおつまみにハイボール缶をプシュっと開ける。

 

「カミヤぁ、それ何よ? あーしにも出しなさいよぉ!」

「これ酒っすから、聖女様もラーダさんもまだ早いっすよ。ほら、前にも言いましたけどここに俺の世界の言葉でお酒は二十歳になってからって書いてるんすから、聖女様17歳っすよね? ラーダさんも同じくらいっすか?」

 

 ハンバーグを食べる手を止めて、ニンマリと笑う魔女ラーダ。彼女は勝ち誇ったかのように聖女ラムを見てから、

 

「ひっくん、我は魔女じゃ。これでもぉ、ひっくんより遥かに年上じゃ! がしかし乙女に年を聞くものではないぞ? という事で我にもそのお酒を」

「あー、じゃあいいっすか」

「ずるいじゃない! あーしにもあーしにもぉ!」

「聖女様はカルピスでいいっすか?」

 

 カルピスという名前を聞いて、聖女ラムの表情が緩かになる。そして一葉を煽る表情に変わり、

 

「仕方ないわねぇ、あーしが白濁の液体を飲む姿にこーふんしたいんでしょ? 変態! カミヤのヘンターイ! これだから童貞は困るのよぉ! あーしの身体をみていつも悶々としてるんでしょ? どーてい!」

「ひっくん、童貞なのかぁ? なんならワシが初めてを経験させてやろうかのぉ?」

 

 自分の作ったハンバーグながら中々美味しいなと、ハイボール缶をゴクリと飲んでから二人に答える事にした。

 

「自分、童貞じゃねーっすよ」

「はぁ? ちょっと、何張り合ってんの? きもきも! きもーい!」

「ひっくん、ムキにならなくてもいんじゃぞぉ? ワシはひっくんを気に入っておるのだからぁ」

 

 これ以上何か言うのも面倒だなと思った一葉は、ハイボールを飲みながらふっと笑ってこの話を終える事にした。その反応にバカにされたと思った聖女ラムが、

 

「はぁ? 何笑ってんのよ! アンタ、童貞じゃないわけぇ? だったらなんであーしに手を出さないの? もしかしてカミヤ、衆道かなんかのぉ? じゃないとこんな完璧なあーしがいるのに手を出さないなんてありえないんだけどぉ」

 

 一葉は上から下まで聖女ラムを見て、そしてラムと目が合う。「何よぉ? なになに? もしかしてあーしとできるとか思ったわけぇ?」ここで一葉はお酒が回ったからなのか、再びふっと笑った。

 

「ちょっとカミヤぁ! 今の笑いは何! ことと次第によったら許さないんだけどぉ?」

 

 一葉は普段の自分らしくない態度だったか残り二つのハンバーグを見せて、

 

「残り二つチーズインで作るっすけど、お二人まだ食えるっすか? ……って聞く必要ないっすよね」

 

 口の中一杯に頬張って聖女ラムと魔女ラーダはフォークを持った手を上げる。ハンバーグ一つにハイボール缶一個でお腹いっぱいになった自分にと違って二人は代謝がいいんだろうかと、最後のハンバーグを焼き始める。

 

「ところで魔女、アンタぁ偽聖女と何してたわけぇ? そんなボロボロになってさぁ」

「さぁての」

 

 目が泳ぐ魔女ラーダ、聖女ラムは全然理解していないが、一葉からすればわかりやすいなと思った。

 

「聖女様の代わりにあの黒衣の聖女さんやっつけに行ったんすか?」

「なっ! ち、違うんじゃ。奴とは考え方が違っての! 口論になり、属性やらの苦手で我がやや劣勢だったが……」

「キャハハハハハハ! 魔女が魔女と戦って返り討ちにあったのぉ! 笑えなーい! 本当魔女、アンタも雑魚ねぇ」

「……言っておれ」

「カミヤぁ! はんばぁぐまーダァ?」

 

 はいはいと最後は目玉焼きも焼いて二人のお皿の上に乗せる。そんな豪華なハンバーグに目を輝かせ、聖女ラムはフォークで目玉焼きの黄身をぶすりと刺すといつも通りのメスガキフェイスで咲った。

 

「あーしの従者の魔女を可愛がってくれたお礼、あのクソ偽聖女。この後にしに行くわよ」

「聖女様もラーダさんの事心配してたんすね」

「ほぉ、可愛いところがあるではないか!」

 

 ついついでた言葉だったのか、聖女ラムはぐぐぐと噛み締め八重歯を見せながら叫んだ。

 

「違うし! アンタ達、足手纏いが雑魚だからあーしも舐められんのヨォ! 本当魔女とかいう連中はけそけそ引きこもっていればいいのに、本当雑魚! カミヤぁ。かるぴすお代わり!」

 

 はいはいと一葉は純金で出来た聖女ラムの杯にカルピスを注ぐ。カルピスのメーカーの人もこんな風にカルピスが扱われるとは思いもしなかっただろうなと思いながら、ついに二人目の魔女と聖女ラムの喧嘩が始まる事に、お弁当は何にしようかと食材リストを見比べた。

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