メスガキ聖女にカルピスを与えてみた。

 セレインの町。時期によっては活気あふれるガラス細工で彩られた町と一葉は聞いていたのでここに来るのが少し楽しみでもあったのだが……

 

「なんか薄暗い街っすね? 聞いてた街の雰囲気と全然違うっすね」

 

 聖女ラムは一葉の少し前をスキップでも踏むようにトントンと進み、時折悪戯な表情を一葉に向ける。

 

「ほんと辛気臭い街ねぇ、カミヤにお似合いじゃない! それにしてもお腹すいたわ! その魔女を教会に突き出して早く食事にしなさいよ」

「そうっすね。教会は……ん? なんか向こう煙出てねーっすか?」

 

 一葉の持つスマホに表示された地図アプリ。その目的地であるセレインの街にあるアルバス神教会と思わしき場所から煙がもくもくと上がっているわけである。教会がある場所では寝食を教会で行う為、少し急いで向かってみると、

 

「邪教とは去れ!」

「燃やせ燃やせ!」

「ネロラスターの神の加護があらん事を!」

 

 思いっきり別の宗教からの攻撃を受けている。それも今回この街にやってきた理由。新しくできて勢力を伸ばしているこのネロラスター教団に対する鉄槌を下す事。最初こそやりすぎじゃなかろうかと一葉も思っていたが、これは中々過激な思想を持っている集団らしい。

 

「あはははは! 聖女の教会、燃やされておるではないか」

「そうみたいね。教会の連中は何してるのかしら? あんなザコ民衆相手に、捻り潰してあげればいいのにぃ。まぁいいわ。アンタ達! 自分が何してるから分かってるんでしょうねぇ!」

 

 ツカツカとやたら高い厚底の靴を鳴らしながら聖女ラムは暴動を起こしている民衆達の前に立つ。純白に法衣にむっちりとしたそのわがままボディ、そして人を小馬鹿にしたような表情を見て一瞬暴動の動きが止まる。

 その姿を見たアルバス神教会の関係者は……

 

「聖女様ぁ! 聖女ラム・プロヴィデンスがやってきてくださった! お前たち邪教徒もこれまでだ! 聖女様、どうか慈悲深い鉄槌を持ってあの邪なる者達に天の裁きを!」

 

 半目で微笑する聖女ラム。その表情は全てを慈しみ、全てを許しそうな神々しさを醸し出していたが、一葉はまたロクでもない事をあの口から発するんだろうなと確信していた。

 

「嫌よ。なんでアンタ達虫ケラ以下の為にあーしが力を振るわないといけないのよぉ。バカ? バカなのぉ? まぁでもアンタ達もやめなさいよ。あーしを前に同じ事がいるのぉ? ねぇねぇ?」

 

 自信満々にふくよかな胸を突き出してそう言う聖女ラムを見て一葉は谷崎潤一郎の小説に出てくるような妖艶な女に憧れを抱き間違った方向に進んだらこうなりそうなだなと思いながらこのあと起きうる結果も大体予想した。

 

「何が聖女だこのどすけべな身体をしたガキんちょが!」

 

 ゴミやらなんやらを投げつけられる聖女ラム。本来聖女であればこういう罵声を浴びさせられても慈悲深い心で受け止め対話をしようとするんだろうが……

 

「アンタらぁ……あーしにゴミを……ゴミクズがあーしにゴミを……全員、地獄行きけってーい! 神よ神、ここいら一体に群がる害虫どもにてんの裁きを与えなさぁい! セイクリッド・スーパー・ノヴァ!」

 

 嗚呼、これ自分達も死ぬんじゃないかと一葉が思ったその時、

 

「ダークネス・タキオン・ブレーザー!」

 

 聖女の凶暴な光の魔法を打ち消したのは、遠くから放たれた漆黒の魔法。魔女ラーダが「闇属性の最上位呪文じゃ」と言うのでそうなんだろう。

 民衆達は……

 

「黒衣の聖女様!」

 

 

 多分、ネロラスター教団側の聖女なんだろう。漆黒の法衣に身を包み、少し疲れた表情をしているかおっとりとして優しそうな女性。美しい黒髪は一葉ですら少し惹かれるものがあった。

 

「あなた達、アルバスの教会に何をしているんですか?」

 

 状況を聞き、黒衣の聖女様と呼ばれた女性は涙を流した。

 

「なんという事でしょう。ネロラスターの神は他の神の存在もリスペクトし、共に共存する。争いのなき世界を求めています。皆様、アルバスの教会の復旧に尽力してください! お金はもちろん、ネロラスター教団がお支払いします」

 

 格の違いを見せつけようという茶番かと一葉は思っていたが、当然呼吸より先に口が出るラムは叫ぶ。

 

「何よアンタ、もしかして魔女ぉ? あーしのあの魔法打ち消しただけで、調子に乗ってるの?」

 

 あっ、これダメなやつだと一葉は思う。

 

「アルバスの聖女様ですね? お初にお目にかかります。あぁ、天使のようにお美しいお方、私はネロラスターの聖女ジェシー・ウォーカーと思うします。以後お見知り置きを」

 

 完全に聖女の格も見せつけられたわけで、その後、噛みつきそうな聖女ラムを一葉がどうにかあやして、まだ燃えていない教会の離に、

 

「カミヤぁ、あんたどう言うつもり? あーしの邪魔をして! ねぇ? 何か言いなさいよ!」

 

 一葉は氷を魔法で作ってもらうと、井戸水、そしてカルピスの原液を取り出すと濃い目のカルピスを作って聖女ラムの手元にポンと置く。

 

「イライラするのは腸内の菌が少ないかもしれねーっすよ。カルピスっす」

「はぁ? 何よかるぴすって? こんな濁った水で……あんまーい! 何これ美味しいじゃない!」

「ほんにうまい! 今までこんなうまい物のんだ事ないぞ! ひっくん、カルピスとは……」

「まぁ、俺の生まれた国で作られた伝統的な乳酸飲料っすね。これが酒に入れてもうまいんすよ」

 

 そう言って一葉はカルピスのウィスキーわりをコクンと飲んだ。そして一葉に思いもよらない現象が……

 

「何よこの飲み物、魔力が溢れてくるわ」

「確かに、これならなんでもできる気がするの」

 

  ん? 凄い悪い顔をして聖女ラムが空になったグラスを一葉の方に向ける。


「かみやぁ、お代わり、これたくさん飲んであの偽聖女をぐちゃぐちゃにしてあげるんだから」 

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