メスガキ聖女に九州ご当地フードを夜食に与えてみた
カミヤ、ねぇ! カミヤぁ!
ふんわりと桃のような甘い香り、そして耳元で囁くように聞こえる甘い声、一葉はパチリと目を覚ます。頭の上にあるなぜか充電が切れないスマホの時間を見ると深夜四時。実際はこのくらいだろうという時間に合わせて設定したので、この世界が一日24時間なのか分からないのだが、
「なんですか聖女様? 盛ってるんすか?」
「盛るぅ……って違うわよ! ヘタレのカミヤじゃあるまいし! ちょっとさっきから外を彷徨いてるよわよわゴースト共焼却しようと思うんだけど、分かるでしょ? ねぇ、カミヤのちょうだい! ちょうだいよぉ!」
「あーはいはい、腹減ったんですね。どんだけ燃費悪いんすか」
17歳だという聖女ラム、聖女というだけあってそれなりにいい物を今まで食べてきたんだろう。法衣という服もこの世界水準で言うとかなり質の良い物を身に纏っている。そして寝る時は今きているベビードール。
完全に夜這いをしにきているビッチの図であるが、単純に聖女ラムは空腹を訴えているわけで、睡眠を邪魔された一葉的にはまぁまぁ迷惑な彼女の行動。
誰も彼女の横柄な態度や行動を注意する者はいなかったんだろう。
とはいえ、今手持ちの食材で何か作れるか、欠伸をしながら眺める。
小麦粉、この世界にある芋。ジャガイモくらいの大きさで水気がなく、糖度も低いイワイモと呼ばれている食べ物。調味料は醤油と砂糖がある。
「芋饅頭でも作ってみますか」
「なにそれ? なんか美味しくなさそうな名前だけど大丈夫なの?」
「まぁ、普通に美味いですよ」
福岡の一部地域で食べられる郷土料理、お茶請けだったりオヤツだったりに使われるお菓子と食事の合いの子くらいの料理を一葉は作る準備をする。
「まずこのイワイモ。味気がないんで、調味料使って味付けします。できればジャガイモか里芋だといいんですが、ちょっと切らしてるので」
「はぁああ? ちゃんと切らさないように管理なさいよ! ほんと使えないよわよわ従者ね」
「いやぁ、聖女様が想定以上に飯食うんで食料枯渇してるんすよ」
聖女ラムの煽りをあしらいながら、イワイモの皮を全部剥いていく。味付けはとても簡単砂糖醤油と隠し味にお酒をちょっと入れて肉じゃが、あるいは煮っ転がしの要領で味気のないイワイモに味をつけていく。
「聖女様、とりあえず服着てきて貰っていいですか? 2、30分は作るのに時間かかるっすから」
「なに? 欲情してんの? カミヤの分際でぇ?」
「いや、この構図。俺を襲いにきた聖女様っすからね」
「は……はぁああああああ! なんでアタシがざこざこのカミヤを襲うのよぉ、信じらんない!」
とか言って聖女ラムは法衣を着に自分の部屋に戻っていく。聖女ラムがいなくなったので一葉は味付けした芋をそのままにして小麦粉を練る。芋饅頭はとても簡単。味付けした芋を小麦粉で包んで蒸しあげる。それだけでできてしまう。
「現地では漬物と一緒に食べたりするらしいっすけど、こっちにはピクルスくらいしかねーんで、今日はこれでいいっすね。ふぁーあ。しっかし、変な時間に起こされたっすね」
普段午前四時に起きる事はない一葉、しかしこの聖女ラムの従者になってからは変な時間に空腹を訴えられる事が多い。本当に聖女ラムはよく食べるのでむっちりしているが太っているわけではないらしい。先ほど下着に近い彼女はくびれがしっかりと確認できた。お腹が空く理由は魔法を使うからなんだろう。
「ねぇ、カミヤぁ! できたのぉ?」
「あー、はい。今蒸し上がったっすよ。芋饅頭にピクルスっす。お茶入れるっすね?」
ホカホカの芋饅頭を渡された聖女ラムはしばらくその質素に見える食べ物を見つめてあまり乗り気じゃない顔で口にした。
「外はふわふわで、中は味が濃くて美味しいじゃない! なによこれ! こんなの作れるならさっさとつくりなさいよね! カミヤぁ!」
芋饅頭の味付けは日本人ならまず苦手な人がいない素朴で懐かしく、そして裏切らない美味しさのそれだが、聖女ラムは今の所、一葉の世界の料理や食べ物に関して気に入っているようで機嫌がいい。
おにぎりくらいのサイズの芋饅頭を五個ペロリと食べ終えると、聖女ラムは欠伸をする。
「食べたら眠くなってきたわ。もう一眠りするから朝ごはんさっさと作ってなさいよ!」
まだ食べるんだと思いながら、この夜食はそもそも 外を彷徨っているゴーストを焼却するのにお腹が減って力が出ないよーという話じゃなかったかと思うが、それをツッコンでも面倒なので一葉も二度寝しようかなと思ったところ。
「聖女様何してるんすか?」
「は? アタシが今から寝るんだから、外のうっさいよわよわゴースト、強制的に成仏させるのよ。アンタ、アタシの話聞いてたぁ? 脳みそスライムなわけ?」
「いやぁ、ここで?」
聖女ラムは静かに祈りの姿勢を取っている、口の周りに芋饅頭のカスさえ付いていなければ中々に聖女っぽいなとは思うが、
「神よ神、卑き我にそのささやかな奇跡の加護をお与えください。邪なる者達に天の裁きを! ホーリーライト!」
外が真っ昼間くらい明るく照らされる。
今、一葉と聖女ラムがいる場所は貸しコテージ。等間隔で似たような宿泊客はいるわけで、これだけ明るいと目を覚ます人も大勢いるだろう。
一葉はわざわざ外に出てゴーストとやらをやっつけるんだと思っていたが、この聖女ラムはそういえば人の迷惑とか考える頭持っていなかったなといまさらにして思い出した。
「さぁ、ねーよっと。カミヤ。寝込み襲わないでよぉ!」
「あー……はい」
不適な顔をして自室に戻っていく聖女ラム。
もう寝れないやと一葉はリュックから森永のミルクココアを取り出すと、金属製のコップ。メイドイン神様と書かれたそれにスプーン3杯。そしてお湯を入れて口に付けていると。
バタン!
「次はナンすか聖女様」
「ちょっとカミヤぁ! 何一人で美味しそうな物飲んでるわけ?」
めんどくせーなぁ……
秒で法衣を脱いだらしい聖女ラムが戻ってきた。基本的には一葉から聖女ラムに何か仕掛けるという事はないのだが、少々この日は一葉も少しだけ聖女ラムを分からせてやろうかとこう言った。
「聖女様も飲みますか?」
「当然よ。お仕置きよアンタ」
「まぁ、食材もうないんで朝食代わりのココアっすから、いくらでもどうぞ」
「は? 食材ないってマ?」
「はい、マジのマっす」
「なんでよ!」
「いや、聖女様が全部喰ったからっすよ」
煽り力に全振りしている聖女ラムは案外打たれ弱い事を一葉だけは知っている。涙目になっている彼女にしてやった感で満たされた一葉は、
「……ふっ」
笑った。それに聖女様が「あー! 今笑ったわね! アタシを、この聖女のアタシをほんと許さないんだから。ざこざこのよわよわのカミヤの癖にぃ!」
うるさいゾォ! という隣の声に対して、
「アンタのほうが五月蝿いのよ! 強制的に地獄に送るわよ!」
と吠え返す聖女ラム、そんなBGMを聴きながら早朝のココアは骨身に沁みるなと一葉はようやく陽が出てきた空を見て今日も晴れるなと思いながらしばらく他の宿泊客と程度の低い口論をしている聖女ラムを見つめた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます