メスガキ聖女に出会って菓子パンを与えてみた

 神谷一葉は内定を貰った会社に出社する一週間前、会社が倒産した。


「マジっすか……」


 理由は、テレビを付ければ連日その会社がやらかした大事に関して閲覧する事ができるわけで、困ったなというのがまず第一。

 

 そして……

 

「お兄ちゃん、いきなりニート、マジウケる!」

「ほんとお兄ちゃんってそういうところあるよね!」

 

 最近反抗期が酷いと両親に相談された女子高生と女子中学生の妹達。一葉は学生時代、いや妹達が物心ついた頃から二人はこんな感じで今更どうしようもないだろうと、教育責任のある両親に、

 

「三つ子の魂百まで」

 

 というありがたい格言をあえて伝えその話は終わった。この手の連中は相手をすると調子に乗るしつけあがる事を一葉は知っている。

 

「まぁ、そうだな。仕方ないからまた職探しするしかない。コンビニ行ってくるよ」

「アイス買ってきてよ」

「えー、アタシも! ニートお兄ちゃんよろー」

「ニートにたかるなよ」

 

 と言いつつも手を挙げて家を出る。まぁ、バイトでもしながらゆっくり就活すればいいかと焦らない。至って冷静に考える。一葉はコンビニが好きだった。あらゆる物が揃う。言葉通りコンビニエンス。妹達の好きな海外の少々お高いアイスハーゲンダッツ。明日の朝に食べようかとアップルパイの菓子パン、そして缶ビールを二本買って店を出る。

 

ありがとうございましたーおめでとうございます!

「ん? っ!」


  心臓停止。

  なんでもない、致死的心室性不整脈にて一葉の運命は知らず知らずに終わりを告げる。


 そしてやる気のない夜間の店員の声に被ってそう聞こえた。振り返ると、そこにはもうコンビニはなく、そもそも一葉の全く知らない場所。

 キョロキョロとあたりを見渡し、そこが何処かの森である事だけは理解できた。

 

「西方森林公園? にしては舗装されていないな」

 

 ルルルルル♪ ルルルルル♪

 

 今時スマホに直接着信してくるなんて両親かと一葉はスマホを取り出すと、通知画面には神様と書かれていた。

 

「……もしもし」


“はい、一葉くん、おめでとうございます! 神様です。えー、今回はですね。私の可愛い信徒の一人、その中でも聖女の従者として! 一葉くんを選ばせていただきました! わー、驚きましたか?“


「何言ってるんすか? ここは何処で、自称神を名乗るあなたは誰っすか? なんかのドッキリ番組っすか?」


“あー、その反応いいですねぇ。そう! 一葉くんは数々の審査を得て、聖女ラム・プロヴィデンスの従者になる為、君の世界からこちらの世界、そうですね。わかりやすく言えば異世界に君を転移させました!“


「なるほど、それで知らない場所っすか」

 

 自称神様はとてもフランクに今の状況を説明してくれるので、一葉は話をしばらく聞いて、至極当然に。

 

「今回はその聖女という方には縁がなかったという事で、帰らせて貰っていいっすか? アイス溶けますし」

 

“一葉くん、君困っているよね?“


「えぇ、いきなり知らない場所にキャト拉致られたので」


“何その表現ウケる! じゃなくて、本来そこそこいい会社に勤めてそこそこの人生を遅れるハズだったのに職探し必要だよね?“


「そうっすね」


“就職先、聖女の従者! ワォ! うやらましぃ!“

 

 就職先という言葉を聞いて、一葉は少し考える。自称神の言葉をそのまま受け取る事ができるのであれば……

 

「月収はいかほどいただけるんすか?」


“月、270マルス! でどうかな?“


「日本円でお願いします」


“月収25万円!“


「微妙に為替差あるんすね。それと絶妙な金額っすね。それは日本円で頂けるんすか?」


“もちのロン・サカパだよ!“


「俺の好きな酒っね。こっちにいる間はこっちのお金で貰って、元の世界に帰る時に全額日本円にしてもらう事は?」


“当然、おk!……まぁ、一葉くんは……“


「で、俺はその聖女様の従者を一体どのくらい行う必要があるんすか?」


“そうだね。ラムには色々学んで欲しい事もあるので、世界を一周するまでかな“


「一周どのくらいかかるんすか?」


“さぁ、どうだろうね。まずは君と一緒に旅をする聖女を紹介するよ! 今見ている方向に向かってどんどん進んで“


「いや、距離、年数。一番大事なとこっすよ? 20年とか言われたら俺完全に行方不明捜査打ち切りされてるっすからね?」

 

 やや無視されたが一葉は仕方がないから真っ直ぐに進む。するとなんという事でしょう。一葉は一瞬で自分が死ぬという確信と、その覚悟をした。

 ゴリラ? いや、その何倍も大きな怪物が目の前にいる。体格差から逃げられる気はしない。

 耳に当てているスマホは既に切れているらしい。

 この怪物が一葉に向けて手を伸ばす。

 

 終わった。

 

 そう思った時、一陣の風が横切った、そう思った時、凛とした表情の少女が怪物に向かって何やら言うと強烈な閃光と共に、身の丈7、8メートルはありそうな怪物が消し飛んだ。

 呆然としていると、そんな一葉を見つけた少女が近づいてくる。綺麗な子だなと素直に一葉は思う。良いものを食べているんだろう。肉付きはいい。そして見た事のない人種、されど既視感があるのは造形されたような美形だからだろうか?

 この子がその聖女だろう。

 そして少女は笑った。

 

 そう嗤ったのだ。

 

 邪悪に! 一葉はこの笑みをよく知っている。妹達の邪悪な笑みにそっくりだからだ。

 

「何? もしかしてちびった? 代えの下着ないとか? かわいそー!」

 

 いくらか一葉を煽ったこの少女は満足したのか去って行こうとした時、その音は鳴り響いた。

 

 ぐぅううううううう!

 

「……えっ? これはアレよ! 今の魔法を使ったから体力使ったのよ!」

「あぁ、これ食べるっすか? 命の恩人としてお礼っす」

 

 一葉はコンビニの袋からアップルパイを見せて差し出すと、少女はまじまじとみて、菓子パンの袋に興味津々。

 

「何これ、うっすい! 袋だって分からないくらい薄い物の中に……何これ、甘い香り、まぁ貢物なら仕方く食べてあるけど、ヘタレの癖に礼儀は知ってるのね! 仕方がないからもらってあげるわ!」

 

 はぁむとアップルパイを齧る。すると少女は目を大きく開いて。

 

「んんー! んー! んま!」

 

 驚きを隠せないという表情でアップルパイと一葉を見比べる。一つ140円くらいの菓子パンで命を助けてもらったと思えば一葉は彼女の煽りもおつり程度に感じながら缶ビールのプルトップを開けてそれを飲んだ。

 

「ふぅ……、貴女が聖女様っすか? なんか、神様から聖女様の従者になれって言われて無理やり連れて来させられたんすけど」

「はぁああああ? ヘタレのアンタがぁあ? あーしのじゅうしゃあ? あんなザコモンスターにビビってるざこヘタレが何できんの? ねぇねぇ?」

「さぁ、何できるんでしょうね。というか、アイス溶けそうなんで食べます?」

「はぁ?」

 

 そう言いながらも一葉から渡されたハーゲンダッツのアイスの蓋を開けて、木のスプーンで恐る恐るすくって口に入れる。そしてすぐに何度も食べる。

 

「冷たくて、甘くて、美味しい……そうね。よわよわのアンタが出来る事なんてこの食べ物用意するくらいでしょ。仕方ないわね。あーしの料理番として使ってあげるわ」

「まぁ、でもその食べ物も今ので終わりましたけどね」


 とても残念そうな顔をしている聖女様の前で、再びスマホが着信した。

 ルルルルルル♪ ルルルルル♪

 もちろん着信元は神様。

 

「もしもし」


“どう? ラムに出会えた?“


「えぇ」


“従者になれたかい?“


「料理番の内定としていいところまで行きましたけど、聖女様に食べさせる食材がないので多分内定取り消しっぽいですね」

 

 一葉が自分の世界の食べ物で聖女様の胃袋を仕留めた事を伝えると、神様は一葉にこう提案した。

 

“じゃあ、必要な食材があったら私が代わりに用意してあげるよ。但し、ラムに食べさせる時やラムの名声に関わる時に限るだからね。それなら一葉くんはラムの従者になれるんだから!“

 

 別になりたいとは一言も言っていないが、聖女ラムはこれから美味しい食事が食べられるという事に満足して、一葉を見下すような表情で、自己紹介をしてくれた。

 

「じゃそういうことで宜しくね。あーしはアルバス神教会、最高聖職者。誰もが敬う聖女のラム・プロヴィデンスよ。料理番、アンタの名前は?」

「神谷一葉です」

「そう、カミヤ。ザコなりに頑張んなさぁい! それしか出来ないんだから」

「はぁ、それだけでいいなら宜しくお願いします聖女様」

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