第2話「蜜と亡骸に寄せられて」
辺りはすっかり暗くなり、虫と水の音だけが聞こえていた。かつて煌々とした明かりに照らされていた都市の亡骸は、夜闇に紛れてほとんど見えなくなっていて。星も月も、今日は雲の向こうに隠れてしまって、自分の身体すら満足に見れないくらいに暗い。
そんな真っ黒な世界を歩く、私の足取りは重かった。
人を探しにいく。
言葉にすれば簡単だが、人の造った全てが原型を失いつつあるこの世界ではそれすらも難しい。ひとたびビルの屋上から降りてしまえば、何の気なしに眺めていた巨樹の根が道を阻んでくる。鬱蒼とした緑に足を取られ、視界を塞がれ、やっと抜けたと思って振り返ればさっき出発したビルがすぐ近くに見えた。
……最初から分かっていたことだ。何も持たない人間が、滅んだ世界で生き残り、ましてや拠点すら作らず何かを探そうとする。……そんなことはできないと。
私の頭の中には、教えられたわけでもないのに様々な知識が入っている。主に文化とか、歴史とか、そういう種類の知識だ。どうやら私を創った文明は、再興後の世界で私に語り部でもさせたかったらしい。誰もいない世界では、その役目は果たせそうにないけど。
私の中にあるこの知識が捏造とか、都合よく改変されていない『正しい』ものだとするのなら、かつての文明は何か……破滅的な物質により滅んだようだ。情報が曖昧なのは、文明が再興たとしても二度とその物質を使えないようにするためとのこと。
とにかく、今重要なのはかつての文明がどう滅んだかとか、どんな歴史を積み上げてきただとか、そんな知識は溢れんばかりに詰め込まれている私の頭には、生き残るための知識なんてないということ。暗くなった今もこうして眠れていないのは、比較的原型を留めている建物を探して、その中で夜を越そうとしたが、どこもかしこも植物に覆われ、湿っていて、満足に休めそうになかったからだ。
このまま何も見つからなければ、私に残されたのは孤独に心が壊れるのが先か、それとも空腹や病気で体が死ぬのが先か、という二択になるだろう。
廃墟の世界で、誰にも知られず死ぬ。私の存在した意味が何一つ残らないそんな終わり方は、たまらなく嫌だった。
もう歩く意味も分からなくなって、けれど立ち止まることもできず、進み続ける私の先には巨大な電波塔があるようだった。月のない夜の暗闇の中でもその威容は健在だったから、私はとりあえずの道しるべとしてその塔を選んでいた。
✢✢✢
塔の支柱。地面に近づくにつれ外側に曲がっているそれは、長い時が経った今でも健在。けれど支柱が残っていても、その他が無事だとは限らないようで、上に登るための階段は途中で崩れてなくなっていた。……残っていたところで、もう登る体力もないが。
ところで、塔の真下にあった建物は他の廃墟と雰囲気が異なるようだった。植物に侵食されてはいるもののどこも崩れた様子がなく、よく見れば入口に至るまでの道も人が通りやすいように整備されていた痕跡が残っている。
人が、いるのだろうか。
期待なんてしないほうがいいと分かっていても、心臓の鼓動が早くなるのを自覚してしまう。
扉を開けて、果たしてそこにあったのは―――墓標だった。
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