第6話 黒魔術対決
「ついたぞ」
連れてこられたのは、王宮から少し離れた位置にある平原だった。
……正直、ここまで歩きづくめで、だいぶ疲れが出てきている。
だが、そんな疲労感を吹き飛ばすほど、眼前に広がっている光景は異常だった。
「……
平原は、黒く染まっていた。
誰かが空からインクをこぼしてしまったかのように、黒く染まっていた。
木も、草も、土も、すべてが。
「これは、俺が魔法を使い続けた結果生まれた光景だ。どうだ? 怖いか?」
「いいや、まったく」
「……そうか」
少しだけ口角を上げながら、バーベナがそう言った。
「とりあえず、今から一発だけ魔法を撃つ。いいか、一発だけだからな? その一発を見せた後、お前に魔法を教えるか決める」
「ああ、分かった」
「……それと、一応聞いておくが、通常魔法自体は使えるのか?」
「問題ない」
右の手の平を上に向け、手品のように炎やら氷やら水やら雷やらを小さく出しては消し、出しては消しをする。
「今のは初級だけだが、高等魔法もある程度は使いこなせるぞ」
「そうか。なら、心配は無用か」
そう言ってバーベナは、右手を水平に伸ばし、手の平を平原の真ん中の方に向けた。
…………。
「忠告するまでもない、か」
「多少は知識があるからな」
バーベナの様子から次に起こることを察して、一、二歩ほど後ろへ下がったのだが、どうやら正解だったようだ。
……さて、何が飛び出してくるのやら。
「それじゃ、始めるぞ」
「ああ」
そう返事をした瞬間、周囲の空気が一変した。
空間がバーベナを中心に歪みだしたかのような錯覚を覚える。
……ん?
いつまで経っても、バーベナは詠唱を始めない。
……ああ、そうか
そう言えば、バーベナは原作でも無詠唱で魔法を操っていた。
大抵のキャラは、魔法を使う前に厨二臭い詠唱を必ず唱えていたのに、だ。
私の記憶では、無詠唱で魔法を使った描写のあるキャラは、バーベナと、ダフネ様と、エリヌス様の三人だけだ。
あ、いや、魔王もそうだったかな。
要は、かなり異色なキャラだったのだ。
そんな事を考えているうちに、バーベナから漂う魔力は最高潮に達し始めていた。
そして──
「《ブルイヤール・デ・ラ・モール》」
──バーベナがそう唱えた瞬間、平原を覆うように黒い霧が漂いだした。
……マジかよ、こいつ。
あの魔法、ここからでも分かるくらいに殺傷能力が高い。
それなのに、何の躊躇いもなく──仮にも貴族が近くにいるというのに──、こんな広範囲に撃ちやがった。
「……で、どうだ? 俺の魔法を見ての感想は」
バーベナが腕を下ろしたと同時に霧は消え、こちらを探るようにそう問いかけてきた。
「流石、としか言いようがないな」
肩をすくめて、軽い恐怖感を隠しながら、そう答える。
「ほう。理由は?」
「第一に、これほど高度な魔法を無詠唱で撃った点。次に、魔力の質の高さと量の多さ。最後に、威力」
「……威力、か。この距離で分かるのか?」
「ああ。私が使うものと同系統の気配がした」
その言葉に、バーベナはピクリと反応した。
「俺の魔法と、お前の魔法が? 同系統?」
「ああ。どうせなら、ここで見せてやろうか?」
ほんの少しだけ挑発的に、バーベナに問いかける。
すると、バーベナは声を出して笑った。
「まさか、俺の魔法を、貴族のボンボンのクソガキが使う魔法と同列扱いするとはな!! 良い眼を持っているかと思ったが、期待外れだ。お前には魔法は教えん。さっさと家にでも帰れ、貴族様」
「へえ。見なくてもいいのか? その貴族のボンボンのクソガキとやらが使う魔法を」
エリヌス様を馬鹿にされたことへの苛立ちを隠そうともせず、バーベナに詰め寄る。
だが、バーベナの方も笑いを止め、今度は脅すように眉を吊り上げた。
「俺はな、遊びで魔法を使ってるんじゃねえんだ。お前みたいな傲慢な人間に付き合っている暇なんてない」
「相手の実力を見ようともせずに断定する、お前の方が傲慢なんじゃないか?」
「……よく吠えるな。いいぞ、見せてみろ。それだけ言うんなら、お前の魔法とやらも随分凄いんだろうな」
「ああ。精々、死なないように気を付けてくれ。じゃないと、後で修行をつけてくれる相手がいなくなるからな」
そう言って私は、バーベナが魔法を撃ったところと同じ場所へ手の平を向け、照準を合わせた。
禁止されていたとはいえ、こそこそと練習はしてきたのだ。
最早、最初の頃とは威力が段違い。
魔力操作にも慣れ、知識も増えた。
……これまで学んできた、ありったけをぶつける!!
「『地獄の門を開く時』」
「……ん?」
「『深淵の瞳を覗かば、汝、災禍の業をその身に宿さん』」
「……おい、待て」
「『燃えろ。潰れろ。壊れろ』」
「おい!!」
「『
凄まじい爆音とともに、漆黒の炎が上がった。
真っ黒な平原の中で、一際黒く目立つ炎。
それは、蛇のように地を這い、巨大な穴に周囲を飲み込もうとするかのように燃え広がっていった。
「くそっ、見誤ってたのは俺の方じゃねえか!! 《ブルイヤール・デ・ラ・モール》!!」
隣でバーベナが魔法を唱えた瞬間、先程とは比べ物にならないほどの霧が現れ、炎を飲み込むように漂い、そして、消えた。
「……ふぅ」
軽く息を吐くと同時に、ドッと疲労感に襲われる。
ここまでの威力で撃つつもりはなかったのだが、バーベナへの苛立ちで、少し出力をミスってしまった。
さて、バーベナの反応は……?
「……おい」
「なんだ?」
「今の魔法はなんだ!? 初めて見たぞ!?」
ガシッと肩を掴まれ、こちらを揺さぶってくる。
見れば、先程までとは打って変わり、子供のような好奇心に満ち溢れた表情をしている。
「む、昔読んだ本で見つけた」
「本? どんな本だ?」
……言えない。
まさかラノベだなんて、言えない……。
「わ、忘れた」
「忘れた? 忘れただと!? くそっ。その本、まだ家にあるのか!?」
「分からん。古そうな本だったから、捨てたかもしれん」
バレないかとヒヤヒヤしながら、嘘を並べまくっていると、ようやくバーベナは腕を放してくれた。
「捨てた、だと……!? ああ、これだから、物の価値の分からんクソ貴族どもは……」
「私の前でよくそんなことを言えたな」
「うるさい。……あー、くそ。弟子を取る気はなかったんだがな……」
「……え? それって……」
「取引だ、クソ貴族」
一瞬だけ躊躇するような表情を見せた後、バーベナは言葉を続けた。
「お前を俺の弟子にしてやる。魔法だろうと、黒魔術だろうと、呪いだろうと、俺の持つ知識すべてを叩きこんでやる」
「本当か!?」
「ただし、だ。俺にも魔法を教えろ。さっきのは当然のこと、他のも含め、お前が知っているものすべてを、だ」
……私が知っている魔法。
…………。
詠唱できるものだと、二十四個か。
二十四個すべて、部屋で一人の時に唱えていた。
黒歴史だが、こんな形で役に立つとは、夢にも思わなかったな。
「分かった。取引成立だ。これからよろしく頼むぞ、バーベナ」
「ああ。……えーっと」
「エリヌス。カーディナリス家の長男だ」
「……え。カーディナリス家だと……!?」
「ああ」
「……国一番の資産を持つっていう、あの?」
「ああ」
バーベナはなんとも言えない表情を浮かべながら、手をスッと出した。
そして、そのまま揉み手をし出した。
「あのー、今からお前……いや、エリヌスさんを弟子にするにあたってですね。そのー……少しでも研究費を援助していただけると……」
「あ、ああ。構わんぞ」
急に下手に出だしたバーベナに若干引きながら、そう答える。
「あ、ありがとうございます。国からの援助だけじゃ、すこーし厳しかったので……」
「……別にさっきまでの態度で構わんぞ。大体、お前は私の先生になるんだぞ? 私が教えを請う以上、こちらが金を払わないでどうする」
「……いいのか?」
「ああ」
「分かった。それなら、今から俺のことは先生か師匠と呼べ。バーベナ先生、バーベナ師匠のどちらかでもいいぞ」
ゼロか百しかないのか、この男は。
「分かったよ、バーベナ先生。これから、よろしく頼むぞ」
「ああ。こちらこそよろしくな、エリヌス」
そう言って私たちは、固く手を結んだ。
……お互いの利益で頭がいっぱいになりながら。
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