第2話 魔法適正◎
「それでは、エリヌス様。早速、稽古の方、始めていきましょうか」
「ああ。よろしく頼む」
剣を握る手に、じっとりと汗が染みだす。
手に馴染んでいるはずなのに、変に重たく感じてしまう。
日本での記憶が流れ込んできたせいで、体が違和感を覚えているのだろう。
「それでは、まずは正面から」
いつも通り、いつも通りに……!!
「ハッ!! タッ!! ヤッ!!」
「動きが硬いですよ、エリヌス様!!」
分かっている。
分かっているが、記憶が邪魔をして上手く剣を振れないのだ。
……どうしたものか。
「やめ!! ……どうなさったのですか、エリヌス様。いつものキレがありませんが……」
「すまん。少し悩みがあってな。集中できていなかっただけだ」
「そうですか……。でしたら、どなたかにお悩み事を話されてはどうですか? おつきの方々でもよいですし、差し出がましいかもしれませんが、お力になれるのであれば、わたくしにも」
「……いや、大丈夫だ」
できるか、相談なんて。
前世は別の人間で、これから先無残に殺されることが分かっているから、そのために鍛えたいだなんて。
与太話扱いされるだけだ。
「それでは、今日の稽古はお休みになさいますか? 身に入らない状態でやっても、あまり効果はないでしょうし」
「いや、続けてくれ。剣を極めなければ、他家への面目が立たん」
「左様でございますか。それでは、続けましょうか」
◆
「本日の稽古は以上です。ありがとうございました」
「ああ。ご苦労だったな」
……疲れた。
ただ、指南役も私の心中を察してか、いつもよりも軽めの稽古にしてくれた。
それでも、変に神経を使ったせいか、いつも以上に疲れてしまった。
「エリヌス様」
「ん?」
「剣を上手くなろうと、焦る必要はありませんよ。わたくし自身、未だ修行中のみです。才覚も、エリヌス様には遠く及びません」
「変に気を使わなくていい。私に剣の才能がないのは分かっている」
「いえいえ。太刀筋は素晴らしいですよ。ですので、諦めず、一緒に鍛錬に励みましょう」
そう言ってにこやかに笑う指南役だが、未来の事が分かっている私からすると、少々複雑な気持ちだ。
……ん?
いや、待てよ?
未来の事が分かってる?
…………。
……うん、試す価値はありそうだ。
「なあ。お前は、ここで指南役をする前は、何の仕事をしていたんだ?」
「わたくしですか? わたくしは、まあ、しがない冒険者をやっておりました。まあ、芽も出ないうちに大怪我を負って、それからはこうして、色々な方の剣術なんかを指導して回っております」
「そうか。……なら、
その質問が意外だったのか、指南役は少し目を丸くした。
「どうなんだ?」
「ええと、まあ、多少は存じておりますが……。もちろん、専門家の足元にも及びませんが」
「承知の上だ。……どうだ。少し、私に魔法の稽古もつけてくれんか?」
「ええと、それは構いませんが……」
「もちろん、剣とは別に稽古代も出す」
「……承知いたしました。それでは、どのような魔法を習得なさりたいのですか?」
「いや、習得はいい。試し打ちをしたいんだ」
その言葉に、今度こそ指南役は心底驚いたようだ。
「実はな、前々から独学で魔法を学んでいたのだ。実際に使ったことは無いがな」
……嘘はついていない。
この世界の魔法については、小説で散々学んできたし、魔法も使ったことがない。
「独学で、ですか。お言葉ですが、エリヌス様。魔法を扱うというのは、相当に難しいそうですよ? 魔力の流れから使用する魔法のイメージ、詠唱の完全記憶。これらを完璧にして、初めて魔法が使えるそうですから」
「知っている。だが、案ずるな。勉強した、と言っただろう? 必要なことは、すべて頭に叩き込んである」
……今度は、ちょっとだけ嘘だ。
魔力を扱うのは、今までやったことがない。
でもまあ……大丈夫だろう。
エリヌス様には、天賦の才がある。
きっと、上手くやれるはずだ。
◆
「ここなら、自由に魔法を撃ってもいいはずだ」
そう言ってやってきたのは、敷地内のだだっ広い平原。
正直、自分でもどのくらいの威力が出るのか分からないのだ。
「ええと、エリヌス様? どのような魔法を使うおつもりで……」
「まあ、見ておけ。それと、危ないから私のそばから離れるなよ?」
指南役は若干警戒した様子を見せながら、私のすぐ後ろに立った。
……うん、この位置なら大丈夫なはずだ。
小説でも、
つまり、背後の味方には一切影響が出ないのだ。
……多分。
「それでは、始めるぞ。危険だと判断したら、すぐに止めてくれ」
「かしこまりました」
この世界で生を受け、十五年も生きてきたのだ。
多少なりとも、魔力というものへの理解はある。
体の内を流れる力、それを理解し、腕に流し込む。
そして。
「『地獄の門を開く時。深淵の瞳を覗かば、汝、災禍の業をその身に宿さん。燃えろ。潰れろ。壊れろ』」
スッと息を吸い、遠くの方へ視線を合わせる。
……イメージは、小説の挿絵。
いける──!!
「『
──ボオォッ!!
……え?
……えぇ……?
「え、エリヌス様。今のは……」
「……勉強した」
「どこでですか!?」
「……適当に読み漁っていた本に紛れ込んでいただけだ。……この事は、二人だけの秘密だぞ」
「か、かしこまりました……。……隠し通せるとは思いませんが……」
どちらが先に言うでもなく、私たちはそそくさと平原を後にした。
……まさか、あそこまでの威力が出るとは。
恐らく、詠唱が完璧すぎたのだろう。
なんてったって、この厨二病全開の完全詠唱を、私は五秒以内に読み上げることができるのだ。
一人部屋に籠り、延々と詠唱を繰り返していた賜物だな……。
今思い出すと少しだけ恥ずかしい黒歴史だが、それでも、今後役立つことがあるかもしれない。
エリヌス様が完全詠唱をして使った魔法で、私が覚えていない魔法なんて、一つもないのだから。
……とはいえ──
「……やりすぎたよなぁ……」
「制御する術を学んだほうがいいかもしれませんね」
背後の巨大な真っ黒のクレーターには目もくれず、私たちはそんな会話をした。
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