第5話故に俺の心は二分する
午前12時、もう夜も深い頃だ。にもかかわらず、モノトーンの落ち着いた雰囲気の部屋で暖炉に火を灯し一夜を過ごしている男が居た。左の顔を布で隠し、右の顔は右の方は少し引き攣ったいびつな表情をしている男はソファーに腰掛けコーヒーを片手に物思いにふけった様子でアルバムを開く。そして、隣にある誰も居ないはずの椅子を眺めていた。
翌朝になった。真莉も一心もまだ、降りてはこない。皆、夕食を食べたあとすぐに床に着いていた。旅の疲れが残っていたのだろう。
私は朝食を作って待っている。食料調達も一苦労だ。なにせ、人っ子一人としていないので自給自足を強いられるのだ。朝はそこら辺の草と樹の実を炙って作ったものだ。
「おはよ、良く寝た。久しぶりの安眠で筋肉が喜んでる。」
「何言ってるの一心。先生、おはよ」
笑いながら辛辣な言葉を投げる声にも一心は笑みで返す。
「おはよ。眠れた」
「眠れたよ。ちょっ、なにこれ」
昨日は疲れていたためか、いや昨日もそのまた一昨日もそうだったのだが、体を休めて改めて見ると抵抗がでてきたようだ。笑みに反して声色が鋭い。
「先生、素晴らしい朝ご飯ですね」
その傍ら一心は心を踊らせる。
「新しいものへの探求心が私達を強くする」
口へと運びながら奇妙なことを言う一心に真莉は訴えるように目をピクピクさせる。
「美味しいか、一心」
「うっ…先生、美味しい」
汗を少しかきながらも頬張る彼を私は笑みを浮かべて見つめる。
(こんな日々がいつまでも続けばいいのに)
しかし、薄々気づいているだろう。一人も居ないなど可笑しいということに。私達はそれを許しては貰えない状況にいたのだ。それどころかこの世界に居る全てのものが…その時は突然に起こった。
「先生、遅いね」
「そうでんか、俺はもう少しで帰って来ると思うけどな。」
木の机に伏せていた顔を上げ、顎をつけながら真莉を見る。
「痛ってー」
椅子が下がり一心が前頭部を強打する中、真莉も頷く。
「うん、まぁそうだよね。でも気になるなぁ。」
真莉の不安そうな顔が気にかかったのか手で机を土台代わりに踏ん張りを入れ、腰を上げ椅子から降りる一心。振り向きざまに真莉を見ながら
「ちょっと、見てくるよ。すぐ、戻るから」
と出て行った。
一心がでてから暫くした頃だろう。その時は突然にやってきた。今日は風が強く、屋敷の隙間から風が入り込んで、笛に似た音を出している。しかし、少しばかり違和感を覚える音があった。何かが落ちるようなそんな音が聞こえたのだ。
「なんだろう。」
真莉は独り言を呟き席を立ちドアに向かっていた時だ。
「貴方誰。私に用がありますか」
家の中にフードを被った見知らぬ者が入っていた。真莉は少し後退りをする。風が強いから休憩所として立ち入ったのかもしれない。しかし、だとしても何も言わずに人の家に堂々と入るのはいかがなものか。
(元の家主、でも人がいた形跡は無かったって先生が言っていた)
誰か分からないそのものは私を見ると笑みを浮かべたような表情をした気がした。
その直後、私は押さえつけられていた。
「いや、やめて」
一瞬で真莉は恐怖に襲われる。
「ねぇ、ここには貴方だけ?」
背後から真莉の頬に顔を当て声を出す。
「あれ、ねぇ、一心は」
真莉は怯えながらも聞き返す。
一心、名は知らないけど若い男なら私が捉えたわ。
「一心、一心…」
途切れ途切れながら大きな声を上げるが首を閉められ、息も苦しい。
「 くっ、先生…助け」
「音?」
正体不明の者がそう言う。真莉はすぐに気づがなかったが、刹那に床が軋む音がする。
「・・・先生」
先生が葉っぱを体につけながら登場した。
緊張から息が上がった真莉は弱々しい声で微かにでた希望に救いを求める声を出す。
先生は周りを見渡すが一心が消えていることに気づく。
そして、眼の前には魔女の様な風貌な者と御金真莉が居るのをみるや否やすぐさま状況を理解したかのように魔女に問を投げる。
「ここにいたもう一人は何処だ?」
先生は冷静な口調だ。
「ハッハッ!状況が掴めてないの?」
あざ笑う声にも先生は眉一つ動かさない。
「何処だ。俺は君を知らないぞ。何ようだ」
「私は知らない、でも殺されたんじゃない」
(え、さっき捕まえたって。殺されたって、何で)
「そうか」
そう言った刹那先生は其の場から物音を立てず消えた。
(何処?)
魔女が影を通して違和感に気づき真上を見上げた瞬間には先生が天井から手を前にして振り降りる途中であった。
(速いわね)
しかし、あろうことに真莉を左手で絞めながら右手に瞬時に杖を召喚し、詠唱なしで呪文を繰り出す。すると、屋敷の様相がガラリと代わり、アンデットの様なものが湧き出てきた。
「グラインデッド、どうかしら」
異型な骸骨の形をしたアンデットが無数に湧き出る。アンデットは翼竜、獣脚類、肉食動物などの頭、体が互いにくっついた体をしていて、まるで鵺のようだ。
アンデットは川の激流に押し出されるごとく襲い掛かる。しかし、先生は腕を匠に操り、攻撃を受け流し打撃を繰り出す。その速さは凄まじく、激流に流れる障害をみるみる内に粉砕していく。
「な!」
これには魔女も少し同様した様子をみせた。それもつかの間に先生は床に足を踏ん張り陸上のクラウチングスタートのごとくスタートを切り、剥き出しになった魔女目掛けて突進していく。
しかし、その途中先生は自由を失った。
「で、どうなるかな」
魔女は先生を嘲け笑い、顔を覗き込むようにしてみる。
「何を…した。」
「私は君に裏の顔を出させる呪文を使ったんよ。」
魔女は丁寧に説明で返す。
「くっ、動け」
先程までの冷静な先生の顔が少しひきったように見える。
「さっ、この少女をいたぶるといいんよ。」
「先生…」
真莉が少し怯えた表情を見せる。
なぜなら凄まじい形相で先生が眼前まで迫ってきたからである。こんなことは今まで全くなかったことなのに。あんだけ一緒に居たのに。
真莉は我慢できず目から涙を零す。
「君の涙に乾杯」
真莉は頬に垂れる雫を先生に吸われた。
真莉は不安で心が潰れそうであった。
「生きたいよ。もっと、未来が見たいよ」
天井を見ながら真莉は弱々しい悲痛な声を発する。
「これは、これは凄いね」
流石の魔女もこれは想定していなかったようで余りの光景に目を疑い、笑い出す。
「じゃ、これは面白いものが見れそうね。」
魔女は次にピストルらしきものを生成し、それを先生の元へと床を滑らせた。
不敵な笑みとともに魔女は言う。
「さぁ、今貴方の膝下にある。それを使いなさい。じゃなきゃ貴方からよ」
先生は操られていてか抵抗する素振りを見せずすぐにその拳銃を手に取る。
「さぁ、どうするかな?」
「うぅ」
真莉は押さえつけている体を捻らせ必死に抵抗する。
「皆ともっと一緒に居たいよ」
真莉の悲痛の叫びにも応えず、先生は真莉に銃口を向ける。
「斗架先生…」
「人間、それは臆病なもの。責めないであげて」
引金に手をかける先生。それを見て真莉は目を閉じた。引き金を引く音で恐怖に拍車がかかる。
(もっと未来が見たいよ)
ペタン座りをして、不安そうな顔、目を赤らめる。
しかし、その言葉の直後先生の様子が一変した。はじめに手が震え出し、頭も突然左右上下に降り出したのだ。
「 運命なんてものは偶然の産物に過ぎないんだ。・・・故に俺の心は二分する。」
?
その言葉に魔女はキョトンとした表情をしていた。
「何を言ってるの?」
先生は魔女の言葉を返さず、自問自答するように語る。
「そうでいたいと思ったのだから、かつてそう有りたいと思ったのだから、今この俺がそうでいないなんてことを知ったらかつての自分は悲しむだろう。
己が目指した道だ、変わるのは大いに構わない。だけど、なりたい自分を偽ってまで、それを否定してまで、自分を変えてしまうのは悲しいことだ。
だから、俺は過去を投影する。
目をつぶりそして、子供の時を思い浮かべる。昼寝をしている時間、遊んでいる時間、泣いている時間、なんでもいい。その時思ったことを想像する。大事なのはその時何を思い、どう行動したのか。最後に昔の自分と今を重ねる。別に子供の時を過大評価してる訳じゃない。ただ、気持ちを忘れないことが大切なんだ。
もし、重ねた過去と今を比べたとき過去の方の気持ちが好きだったらそれを今の気持ちにしたらいい。 そして、子供の君を今の君の人生に加えたらいい。心は一つじゃなくたっていいんだ。たとえ、どんだけ年を重ねてお爺ちゃん、お婆ちゃんになっても同じだ。
だってかっこいいだろう。自分の子供の時の気持ちを貫き通す人生てのは。だから今一度言おう。誰がなんといをうと言おう。故にオレの心は2分する。」
呪われたかの様に自答していた先生は突然故にの途中から目力を強め、次の瞬間に瞬間的な移動をし消えた。
その数秒後先生が姿をみせた。
「くっ、何で」
先生は眼を落とし、少し顔が強張っていたがすぐ魔女が反応できない速度で魔女の手を剥がし真里の背中に黄色をした輪っか状の術式を付ける。
「ハァッ」
?
そして、甲高い言葉と共に消えた。
「まさか、私の術を解いて逃げるとはね、精神が強くても解けないはずないのに。まぁいいわ。」
魔女は何か感じることはあったのか少し物思いにふけっていたが、杖を床に立たせ術式をだし、アンデットの軍勢を送りだした。
その頃、夜風が冷たく、草木が揺れる森林に俺達は逃げていた。
真莉が眠るなか、一人食事を作っている。
「起きたか」
真莉は辺りを挙動不審に辺りを見回す。
「森林だよ。何の変哲もないね。」
心なしか先生口調が優しくなった気がする。
真莉は先生を見ると何かを思い出したかのように反応する。
「 ヒッ!」
真莉は体を震わせる、怯えながら先生を見ていた。
「どうしたんだ?」
一心は真莉の表情に疑問をもつというお決まりの展開が今はない。
「あ、あ、い、一心、一心は」
先生は木の皿に食材を入れなが、少し小さい声で先生は
「 すまない」
と小さく呟いた。
それがどういうことかは先生の表情から容易に察せられた。
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