第92話 先客


 時刻は夕方になり、日が落ち始めてきた。今日はこのままここから移動せずにキャンピングカーへ泊まる予定だ。


「おお~結構釣れるものだな」


 目の前にある青いバケツともうひとつ出したボウルの中にはたくさんの釣り上げた魚が入っている。魚同士で食い合ってしまうことがないよう、大きな魚は青いバケツ、小さい魚はボウルに分けてある。


 木の棒に釣り糸というシンプルな竿でも問題なく釣れるようだ。この澄んでいるマイセン湖でも元の世界のかなり透明な釣り糸がうまく魚に見えないようになっていたのかもしれない。


「お魚さんがいっぱいだね!」


「ええ、魚とはこのように捕まえるのですね!」


「ホーホー!」


 みんなも釣りをかなり楽しめたようだ。


 まあフー太のは釣りではないかもしれないが、みんなで楽しめたので気にしてはいけない。


「こうやって一匹ずつ釣ったり、大きな網を引いて一気に捕まえることが多いみたいだね。市場で売っている魚の大半は大きな網で獲ったやつだと思うよ」


 マイセンの街にはたくさんの魚が流通していたし、地引網や船を使った引き網なんかで魚を獲るのだろう。ここは異世界だし、もしかしたらとんでもない方法で魚を獲っている可能性もあるけれどな。


「さて、それじゃあ今日使う分以外の魚はキャンピングカーの収納機能に入れておこう」


 当然今日の晩ご飯はみんなで釣ったこの魚たちだ。さて、どんな料理を作るか迷うところだな。


「シゲトお兄ちゃん、何か近付いて来てるよ!」


「……っ!?」


 コレットちゃんの黒い耳がピンと張って、湖とは反対の方向を見ている。ジーナはすでに腰に差したロングソードへ手を掛けて警戒し、フー太もそちらを警戒している。


「勝てなそうな魔物だったらクマ撃退スプレーを使ってすぐに逃げるよ!」


「分かりました!」


「うん!」


「ホー!」


 すでにこういった時の対応は決めている。戦力的問題なさそうな魔物であれば倒し、少しでも危険そうな魔物だったらクマ撃退スプレーを使って魔物を怯ませてからキャンピングカーで一気に逃げる。


 キャンピングカー自体はここに出してあるので、すぐに発進できるようエンジンをかけておかないと!


「……この音は多分馬車かな。たぶん馬車が一台だけだと思うよ」


 コレットちゃんが目をつむって耳をピコピコさせながら近付いてくるものの正体を探る。……そんなコレットちゃんの仕草はとても可愛らしいのだが、今はそんな状況ではない。


 ここは湖に面した開けた場所で、少し先には道があり、その奥には木々が広がっていてそこから先はまだ見えない。そんな距離からでも何かが近付いてくるのを察知できるコレットちゃんはさすがだ。


「馬車が一台か……魔物や盗賊じゃなさそうだけれど、警戒は怠らないようにね」


「了解です!」


「うん!」


「ホー!」


 俺はクマ撃退スプレーを手に持ち、ジーナはロングソードを構え、コレットちゃんはナタを構えてフー太は両方の翼を広げて威嚇している。


 さて、何が出てくる……


「おや、先客の旅のお方ですか。すみませんが、今日は私もこちらに泊ってもよろしいですかな?」


「「「………………」」」


 木々の先から1台の小さな荷馬車が現れ、そこに乗った50代くらいの男性が手を振りながらこちらへとやってきた。




「ほう、シゲトさんたちはアステラル火山へと向かうのですな」


「はい。ヘーリさんはマイセンの街に向かうので、ちょうど入れ違いになる感じなんですね」


 少し小太りな50代くらいの男性の名前はヘーリさんといい、色々な街を巡りながら商売をしていく行商人だった。荷馬車には屋根もなく本当に小さなもので、様々な物が無理やり詰められているといった感じだ。


 ちょうど俺たちのルートとは真逆で、今はアステラル火山からマイセンの街まで向かっているところで、日が暮れてきたから今日はこのマイセン湖のほとりで野営をしようとしたところ、そこに先客である俺たちがいたようだ。


 もちろんこの人が悪人でないと完全に判断することはできないが、すでに先ほどまでの警戒態勢は解いていて、俺たちの隣で野営することを了承した。


「それにしてもこんな大きな馬車は初めて見ましたよ。魔道具とのことですが、本当にすごいですな」


「ええ、俺しか動かすことができない特別な魔道具なんですよ」


 そして当然ながらヘーリさんが一番気になっているキャンピングカーについては魔道具ということにしてある。


 これまでキャンピングカーで走っている最中に何度も馬車とすれ違ったが、その誰しもがこのキャンピングカーを見ていたからな。やはりどう見ても目立つし、ジーナのように魔物にも見えるから仕方がないと言えば仕方がない。


 そしてないとは思うが、ヘーリさんがこのキャンピングカーを盗もうと考えさせないため、このキャンピングカーは俺専用のもので俺しか動かすことができないと伝えて、実際にキャンピングカー収納機能によりキャンピングカーを出し入れしてみせた。


 ヘーリさんはこの巨大なキャンピングカーが消えたことにさらに驚いていた。まあ自由に出し入れできると分かれば、ヘーリさんも変な気は起こさないだろう。


 そういえばこの世界に来てからいろんな村や街を巡っている行商人と話をするのは初めてだ。さて、どうなることやらだな。

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