第73話 ダナマベア


「そうですね。ワイルドディアも狩れましたし、今日は無理をせずに戻りましょう」


 今回は最初のミーアルフォックスのように自分一人では突っ込んだりしないジーナ。さすがにあのレベルの相手ではジーナも無茶はしないみたいだ。


 おいしい食材に興味はあるが、命あってのものだからな。怪我をする可能性があるなら、ここで危険を冒すよりも、お金を稼いでそのお金でおいしい食材を購入した方がいいだろう。


「よし、それじゃあ撤退しよう」


「うん!」


「ホー!」


 コレットちゃんとフー太も撤退に賛成してくれる。ここで無茶をするのはよくないとみんな分かっているようだ。


「……グルウ?」


「っ!?」


 撤退しようとしたまさにその瞬間、何かに気付いたのかダナマベアが突然俺達のいる方向に振り向いた。


「あっ、反対方向から突然風が!?」


 コレットちゃんが風の向きが突然変わったことに気付く。かなり距離を取っていたつもりだったが、一瞬位置が風下に変わって気付かれたのかもしれない。


 くそっ、どうやらかなり鼻の利く魔物のようだ。


「ガアアア!」


「みんな、私の後ろへ!」


 ダナマベアがこちらに気付き、こちらに向かって走ってきた。


 ジーナが投擲用の2本のナイフをダナマベアに向かって投げる。1本は左の前足に命中したのに、構わずにこちらへ向かって猛スピードで襲ってくる。あれだけの巨体なのに信じられないくらいのスピードだ。


 かなり距離を取っていたはずなのに、一瞬で距離を詰められてしまう。


「はあっ!」


 ダナマベアがその鋭い爪の生えた右腕を振るってくるが、ジーナはそれをロングソードで弾く。


「ガルア!」


「くっ、かなり重い攻撃です!」


 続けてナイフの刺さった左腕をお構いなしに振い、それをジーナが再び弾く。


 その巨体どおりの攻撃の重さだ。ジーナは素早く動きつつ、なんとかダナマベアの攻撃を防いでいく。


「ぼ、僕もいかないと!」


「ホー!」


「ちょっと待って! 2人はこの場で待機していて!」


 2人がジーナに加勢しようとしているが、それを止める。あのダナマベアの攻撃だと、コレットちゃんもフー太もたったの一撃が致命傷になる可能性が高い。当然俺もあんな一撃をくらったら耐えられる自信がないぞ。


 キャンピングカーを出して逃げたいところだけれど、この辺りは木が入り組んでいて、キャンピングカーを出すスペースがない。キャンピングカーは何もない空間にしか出すことができないんだ。


 こうなったらあれを使うしかない。


「……よし、いくぞ!」


 薪割り用のナタを腰に差し、リュックからあるものを取り出す。


「ジーナ! 一瞬だけ相手の気を逸らしてから距離を取って!」


「分かりました! いきますよ、エアスラッシュ!」


「グルアアアア!?」


 剣戟の隙間を縫い、ジーナが左手をロングソードの持ち手から離してダナマベアへ向ける。そして俺の目には見えない風の刃がダナマベアを襲う。


 最初にディアクと対峙した時にジーナが使っていた風魔法がダナマベアの身体を切り裂いた。ジーナが使える風魔法の射程範囲はそこまで広くなく、魔力の関係上何度も使えないので、ここぞという時に使う切り札だ。


 だが、ダナマベアの分厚く茶色い毛皮は分厚いようで、致命傷には至っていない。とはいえ、見えない風の刃に切り裂かれてダナマベアが一瞬だけ怯んだ。


「くらえ!」


 プシュウウウウ


「ガアアアアア!」


 ダナマベアが一瞬ひるんだ隙に距離を詰め、ダナマベアの顔を狙って退を噴射する。


 当然ながらスプレーなんかを今までに見たことがないダナマベアはおもいっきり顔面にクマ撃退スプレーを受けて苦しんでいる。


 クマ撃退スプレーとはその名の通りクマに襲われた時に使用する自衛用の道具だ。スプレーの中身は唐辛子の辛み成分であるカプサイシンで、普通のスプレーよりも噴射力が強い。


 効果範囲は8メートルほどだが、実際にクマの魔物を目の前にすると、8メートル近付いただけでも半端なく怖い。ジーナがダナマベアを怯ませてくれなかったら、この距離を詰めるだけでも相当な覚悟がいるところだった。


「グルウウウ!」


「ジーナ、効果はしばらく続くから、暴れている間は近付かなくていいから!」


 スプレーをくらって視界が潰れたダナマベアは苦しみながら両腕を振り回して暴れている。撃退スプレーは目や呼吸器官に強烈な刺激と痛みを与える。その痛みは気合などで耐えられるものではないらしい。


「は、はい! というより、私の方にも少し辛い匂いがするので近付けません……」


「うん、しばらくすれば収まるからね」


 これは主に風向きの問題だ。スプレーは結構な量を噴射するから、風向きによっては自分がダメージを負ってしまうこともあるらしい。今回は俺もあまりに急なことで風向きを意識できなかった。


 もっと風が逆に強く吹いていたら危ないところだった。




「グルウ……」


「いきます!」


「ガアア……」


 ダナマベアが散々暴れ回ったあと、完全に疲労したところでジーナがダナマベアに止めを刺した。


 いきなり襲われた時にはどうなることかと思ったが、どうやらなんとかなったようだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る