第33話 超越者①


 今まで隠していた魔力を全開放した俺は、黒い雷を纏いながら浮き始めた。


「今から10秒やるよ。死ぬまでの猶予を与えてやる、それまでに自分の行いを懺悔しろ」


 そう言って、俺は奴らを上から見下ろす。


「・・・馬鹿な、なぜこんなところに」


 奴らは唖然としながらも、様々な反応を見せていた。あるものは魔力に当てられて過呼吸を起こして絶望し、またある者は突如出現した黒い円環が、まるで自分の死を暗示しているように思え恐怖していた。


 その場にいる者たちの脳裏には、ある絶対的な強者たちの呼称が浮かんでいた。


 上位者ではない。


 それよりも圧倒的に異質で、強さにおいて他に追随を許さない怪物たち。





「ッ」


「・・・10」


 俺は死のカウントダウンを始める。


「ク、クルース様、これは・・・」


 顔面蒼白、といった顔をしている奴の仲間が横にいるクルースに声をかける。名前を呼ばれた奴は、額から尋常じゃないほどの脂汗を出し、他の者よりも絶望に歪んだ表情を浮かべていた。


 恐らくわかるのだろう。強者だからこそ、目の前の俺とどれほど距離がかけ離れているか。


「あ、あり得ない、こんなこと絶対にありえない・・・・この魔力量に威圧、奴らと遜色ないッ」


「6」


 俺は秒数を数え続ける。


「こ、こちらの方が圧倒的に数的有利なんだ!ぜ、全員で波状攻撃を加えればたたた倒せるッ!!」


「そそそうだッ!」


 奴らの誰かがそう口を開き、皆一様に恐慌状態に陥りながらも各々が様々な魔法を俺に放つ。火や水、光や土など全属性すべての魔法を使い俺を排除しようとする。


「・・・銀色の世界フロストノヴァッ!!」


 さらにクルースという男も同じように魔法を発動する。以前は氷の粒子が前方方向に飛んでいたが、今度はそのすべて俺を囲んで包み込んだ。


 そうしてそれぞれの魔法が衝突したことにより、凄まじい爆発が起きて煙が立ち込める。


「はあ、はあ・・・や、やったか!?」


 例えどんなに強固な防御系魔法であっても、これほど多くの魔法をすべて防げるわけはない。


 これならば跡形もなく木っ端みじんになっているだろう・・・と、たぶん奴らはそんな楽観的な考えを浮かべているのだろう。



 だが、現実はそんな甘くない。



「3」


「・・・なっ!?」


 煙が晴れて見えたのは黒白の雷を纏い、何事もなかったようにその場に浮いている俺だった。


「2・・・1・・・・」


「ぜ、全員!この場から退却しなさい!!」


 クルースがこの場にいる仲間たち全員に対してそう叫び、それを聞いた者たちは木々の合間を縫いながら、散らばるように逃げ始める。



「・・・・0」



 俺は深く息を吸い込み、口を開く。


「時間切れだ」


 そうして魔法を発動し、瞬間的にシオンさんの隣に移動する。彼女は突如現れた俺に困惑した表情を浮かべながらも、少し怯えたように口を開いた。



「・・・ほ、本当にアレスか?」



 シオンは信じられなかった。いつもは眠そうな目をしてふざけた様な態度を取っていたアレスが。時節穏やかに笑顔を浮かべ、私と楽しそうに会話をしていたアレスが。


 今は表情が抜け落ちたような顔を浮かべ、底知れない闇が覗けそうな瞳をしていた。そして絶大な魔力を放出し、通常では考えられない魔法を行使している。


 そんな彼を見て、人という枠から逸脱した何か・・・いや、怪物のように思えてしまった。



 恐怖を覚えてしまった。


 

「シオンさん、すみません。目を閉じて、耳を塞いでおいてもらえますか?」


「へ?」


「・・・これから奴らにすることを、あなたに見せたくありません」


 私はその言葉の真意を理解できず、しばらく固まってしまった。だが彼の無表情な顔から出た優し気な声を聞き、ようやく得心を得た。


 ・・・ああ、そうか。私を気遣って。


 ふと、以前外出した時に彼がかけてくれた言葉を思い出していた。


『シオンさんならできますよ。きっと』


 彼のそう言う穏やかな横顔が、私を安心させてくれた。ずっと不安だった気持ちを、鈍重になった心を軽くしてくれた。

 そうだ、アレスは人から外れた存在なんかじゃ・・・怪物なんかじゃない。


 部屋にこもった私に夕食を置いてくれた。こうして私と姉さんを助けてくれるために、一所懸命動いてくれた。



 ・・・私を、大事に思ってくれた。



 謎は確かに多いかもしれない。だが、心は優しい青年なはずだ。


「ああ、大丈夫だ」


 私は目を閉じ、耳を手でふさいだ。彼に対して不安や恐怖を抱いていないと言えばうそになる。だけど、私を信じてくれた彼に報いるために、私も彼を信じてみたいと思った。


「ありがとうございます、シオンさん」


 耳を塞ぐ寸前に、そうアレスの声が聞こえた。





「ふぅ」



 さて、ここで俺の重力魔法の一つ、『自由引力フリーホール』について少し解説しよう。


 この魔法は点を発生させることで、特定のものだけを引力で引き寄せることが可能だ。点を出すことができるのは自身の体と、俺が魔力探知できる範囲内となっている。



 では、ここで質問。


 、というのはどこまで幅広く捉えられるだろうか。




 俺は上空に浮かび上がり、その場で拳を振りかぶる。そして、奴らにかけた魔法を発動した。


「!?」


「きゅ、急に浮かんで・・・!?」


 逃げていた奴らの二人が急に宙に浮かび始め、素早い速度でこちらに接近してくる。



 答えはだ。



 奴らに掛けた『必中付与アテンション』は自由引力を応用した魔法であり、発動させれば確実にこちらの攻撃が当たる。


 つまりはこちらが攻撃を行おうと思えば、相手は魔法によって強制的にこちらに引力が働く。その他にこちらが飛ばした魔法が、奴らに付与した引力の効果により追尾するようになる。


 その名の通り、



質量衝突グラヴィティ―・インパクト



 俺は右腕に黒い雷と練り上げた白い魔力を纏わせながら、向かってきた奴らに対して全力で拳を振るった。


「ギッ!?」


 素の衝突エネルギーと拳に付与した質量によって凄まじい風圧が起き、殴った相手は弾丸のような速さで吹き飛んだ。


 そして、飛んだ先の地面にまるで爆発したかのような轟音を立て、とてつもない衝撃波を生み出しながら激突する。



「・・・やりすぎたな」



 舞った土埃が収まると、森にまるで隕石が落ちたかのような巨大なクレーターができてしまっていた。辺りにあった木は衝撃により全て倒れ、飛ばされた諜報員二名は爆散してしまったのか姿形が見当たらない。


「嘘だろ・・・」


 一撃。


 たった一撃で森に大きなクレーターができ、加えて仲間が跡形もなくまるで最初からいなかったかのように消えてしまった。逃げていた者たちはその様子を見て、さらに恐怖を感じてか走る速度を速める。


「・・・必中付与をしたから動く必要はないけど、せっかくだし使うか」


 そう考え俺は白い雷を手に走らせ次の魔法を発動する。



斥力付与リパルション



 引力の反対、負の質量である斥力を体の後ろに発生させる。通常の重力魔法であるならば黒い雷が発生するのだが、この斥力を使用する場合にのみ白雷が発生するようなる。


 空中で凄まじい加速を得た俺はその場を超高速で移動し、200メートルほど先にいた者に対して一瞬で距離を詰める。


「は?」


 突然現れた俺を呆けた顔で見ていた相手に、速度により得たエネルギーが加わった電光石火の如き回し蹴りを放った。


「ぶぅッ!!?」


 相手は口から大量の血と胃液を吐きながら、その場から消えるような速度で前方に飛んだ。そして、木々を勢いよく倒しながらあっという間に見えなくなる。


 次に上空に引力を発生させ、対象を地面に設定する。すると地面が盛り上がり、直径20メートルほどの土が3つ宙に浮かぶ。そして必中付与の魔法を利用し、森の中を逃げている相手に飛ばした。


「「「がああぁあ!!?」」」


 耳に断末魔の叫びが聞こえ、付与した魔法により今ので5人分の反応が消失したのが分かった。ちなみにかけた魔法の効果により、魔力探知の有無関係なく対象者の位置が脳内に浮かぶようになっている。



「ん?」



 俺はその効果によって急速にこの場から離れる反応があるのがわかった。ふむ、どうやら飛行系魔法を使用し、空に飛んで逃げてしまおうという魂胆らしい。


「引き寄せることもできるが・・・少し派手だけどアレをやるか」


 そうして俺から見て正面に自由引力を発生をさせる。すると急激に俺の白い魔力がその点に集約していき、球体状に圧縮されていく。俺はひたすらに引き寄せる力を強め、魔力を集めて凝縮してゆく。



 圧縮、さらに圧縮。



「これぐらいにしとくか」


 このままでは魔力のすべて吸い寄せられてしまうため、引力が働く対象を集約されている魔力のみに変更する。


 出来上がったのは、黒真珠の宝石にも見える球体だった。その球体の中心は白かった魔力が黒く変色し、墨汁のようなオーラが激しく蠢めいている。


 もし、近くに誰か人がいたならば、全身で危険信号を感じ取りこの球体から距離を取っていただろう。それほどまでの魔力がこれには込められていた。



 俺は右手で銃の形を取り、その凄まじい魔力が秘められた黒い宝石を飛んで逃げようとしている相手に向ける。


 


 そして、口を開いた。

 







超圧縮魔力砲ハイ・エーテルキャノン




 瞬間、夕空を黒い極光が切り裂いた。







 


 

  


 



 

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