プロローグ【2】
☆☆☆
本話は「第一話 転生と入学」にて、主人公が転生後の赤ん坊の時の話になります。
☆☆☆
ここはリング上。
目の前にいる敵に対して、俺は強く睨みつける。そして動かない奴に対し、勢いよく飛びかかりその体を倒した。
「だぶ~だッ!」
そう言葉を発しながら、倒したウサギのぬいぐるみにボストンクラブというプロレス技をかける。ぬいぐるみはエビぞりになり、布繊維がぶちぶちと音を立てて足が今にも取れそうになっていた。
「きゃああああ~!うちのアレスちゃんカッコ可愛いぃぃ!!」
そう言い、ブロンド髪の女性が口を手で抑えてぴょんぴょんと飛び跳ねる。
「・・・うちの孫、可愛すぎんか?」
握りこぶしを作りながら、悶えるように体を震わせている初老の男。
「・・・いやいや、乳幼児がぬいぐるみを締めてるのに何で誰も異常に思ってないんですか?」
そんな彼らを見ている燕尾服の男は、呆れた感じでため息をつく。
今そう話したのは上から順に俺の母親、祖父、そして執事長だ。転生して数週間が経過したが、俺はフォールド伯爵家という貴族の家に生まれたみたいだ。
神様と扉の前で別れた後、すぐに視界が切り替わったように眩い光に包まれた。すると目の前に現れたたのは、欧米風の顔立ちにブロンドの髪を持った美女だった。
それからメイド服や燕尾服を着たものなどが眼に入り、本当にここは異世界なのだと理解することができた。
しかし、俺はあることをきっかけに屋敷の者たちから避けられてしまっている。
普通は一歳を過ぎてからが歩きはじめる。だが、俺はそこら辺の塩梅が分からず勢いよく「だばば!」と声を出し、立ってウォーキングをかましてしまったのだ。
結果、そのことが理由で屋敷にいる者たちを非常に驚かせてしまい、「悪魔の子」と言われ誰も俺に近寄ってこなくなってしまった。あ、悪魔の子って・・・めっちゃ傷つくやん。
唯一祖父と母親だけが感涙むせび泣き、「う、うちの子は天才よ(じゃ)・・・」と言ってすごく俺を溺愛してくれている。それを呆れた顔をしながらも、ちゃんと俺の世話をしてくれているのが屋敷の執事長だ。
「だぶぶぶッ!!」
俺はそう言い、ぬいぐるみの足を引きちぎる。
「見て見てお父様!今アレスがうさぎの足を取ったわよ!!」
「おぉ!ま、孫の勇姿をこの目に焼き付けなければッ・・・!!」
「・・・二人とも、少しはこの光景に疑問を持ってくださいよ。アレス坊ちゃんも、それはそう使うのではなく愛でるために使うのですよ。壊しちゃいけません、めっ」
そうおでこを小突かれ、ぬいぐるみを取り上げられてしまう。あ、待ってくれ!まだとどめををさせてないのにッ。
・・・しかしながら子供というのは暇だ。
俺は立って歩くことができるが、まだ言葉をしゃべることができない。会話ができれば幾分か暇はなくなるのだが、いかんせんやることがなさ過ぎて困る。
そう、うさぎのぬいぐるみにプロレス技をかけるぐらい暇なのだ。
「だはぁ~」
俺は赤ん坊にあるまじきため息を吐く。今の楽しみは監視がない夜間の時間だ。その時間になれば自由に外に出ることができる。
はあ、夜までだいぶ時間があるし、それまで日課のスクワットでもしてるか。
「だッ、だッ、だッ!」
「「きゃああぁああ!!」」
「はあ~、だからなんで赤ん坊が筋トレしてるんですか・・・」
二人からアイドルのような歓声を浴び、執事長には呆れたツッコミを入れられながらそうして時間を潰した。
夜の暗闇が深まり全員が寝静まっている中、俺は魔法を使い屋敷を抜け出す。そして成層圏まで飛び上がり、この世界を全方向で感じ取る。
下の光り輝く王都の町を一望しながら、赤と青の二つの月が浮かんでいる夜空を眺める。
「だばぁはあ」
二つの月を見て「綺麗だ」と感嘆を漏らすが、残念にも赤ちゃん語に変換されてしまう。
この世界には月が二つあり赤い方はもとからある月で、もう一つの青い方が5000年前に昔の人々が浮かべた月らしい。最近子守唄として聞かされた昔話を振り返りながら、俺はふと神様との会話を思い出した。
『僕はね、5000年前からこの世界の神様をやっているんだよ』
5000年前・・・あの月と神様は何かしら繋がりがあるのだろうか?
「・・・だふん」
神様は謎だらけだ。
なぜ俺を転生させてくれたのか最後まで教えてくれなかったし、魔法や戦闘の修行に付き合ってくれたのかもわからない。なんの特技もないこんなおっさんを、なんで転生させてくれたのだろうか?
一度、理由は聞いたことはある。だが、白い姿の神様は優しげな笑みを浮かべ
『君が僕にとってのヒーロだからさ』
とわけの分からないことを言っていた。当時、それについて詳しく聞こうとしたら適当にはぐらかせてしまったが、今考えればどういう事だったのだろうか。神様のような真っ白い人と接点を持った覚えはないのだが・・・。
あの神様は一体何者なのだろうか?
「だぶぶ」
俺は頭を振る。まあ、難しいことを考えるのはやめよう。今は全力でこの世界をエンジョイしよう。
・・・ふむ、いつもは飛んで空から光景を楽しむだけだったけど、それだと味気なくなってきたな。もっとこの世界というものを広く見てみたい。
よし、今日は魔力探知をして遠くまで見てみるか。
俺はそう思い、全力で魔力を放出する。
そう、ここが転生後最大のミスであった。
長年の修行により他人というものを考える必要がなかったためか、俺は自重ができていたなかったのだ。
結果、大陸で驚天動地が起きた。
突如現れた絶大な魔力に、大陸にいる誰もが夜間なのにも関わらず一様に飛び起きた。自然に暮らす動物たちはその圧により泡を吹いて倒れてしまう。
後々聞くと魔神の誕生だと思われていたみたいだが、はるか上空にいた俺はそんなこと知る由もない。
俺の探知範囲が大陸全体に渡った後、様々な情報が頭に入ってきた。
ほうほう、ここにドラゴンがいたりするわけね〜。お、エルフだ!やっぱ耳長いのもそうだけど美形なんだなぁ。それに猫耳生やした獣人もいる・・・マジでファンタジーじゃん!
「だふ?」
そうして感動していると、一際存在感を出す三人の姿が脳裏に浮かんだ。
高くそびえたつ山の頂上。そこに龍の角のようなものを頭から生やし。恐ろしいほどに鋭い眼をした巨漢の男が玉座に座っていた。見たところ退屈なのか頬杖をついて溜息を吐いている。
もう一人が光る綿毛が舞い、幻想的な風景を出している森の中にいる女性だった。蝶のような羽を背中から生やし、虹色の髪を持つその美しい女性は、現在小さい精霊のようなものと何やら会話をしている。
最後に洞窟の遥か奥底にある水晶の城。その城内で本が山積みになっている部屋に、恐ろしいほどの美貌を持った少女が憂いた瞳で読書をしていた。
・・・おお、なんかヤバそうな奴らがいるなぁ~。感覚的に関わりを持ってはいけない危うい相手であると感じる。
そんなことを思いながら、しばらく観察していると
じろっと、その三人がこちらを見たような気がした。
「ッ!?」
俺はすぐさま魔力放出をやめ、探知を中断する。逆探知とでもいうべきだろうか、完璧にこちらの存在を把握された感覚がした。
えぇ?そんなこと出来るの?
ぞっとしながらすぐさまその場を離れ、急いで屋敷に帰還する。そして窓から部屋に入り、ベビーベットに飛び込むように横になった。
や、ヤバイ。なんかとんでもない奴に見られたような気がする。
そんなことを考えていると部屋のドアがバンっと勢いよく開いた。
「ア、アレスゥゥウウウ!おじいちゃんは例え化け物が攻めて来ようとも、お前だけは守るぞぉおおおお!!」
「アレスちゃんは私が身を挺してでも守るわッ!!」
「坊ちゃん!!大丈夫ですか!?」
「だばば?」
え?どうしたのみんな?
・・・その後、俺が行った魔力放出による影響が凄まじいことになっているのを知った。王都にいる全ての騎士が、原因究明のために血眼になって魔力源を探したらしいが、見つからなかったとのことらしい。
他にも大陸中で魔力の発生源の調査が行われ、結果王国内で確認されたことで各国から追及の目が向けられてしまった。そして魔力の発生源と思われる王国はこう問いただされた。
『貴国は超越者の存在を隠匿しているのでは?』
超越者とは生物としての枠を超えた最強の存在で、なんでも単独で大国を滅ぼすほどに強い者たちらしい。彼らは世に混乱を与えぬよう表舞台には極力立たず、大抵は隠居のような生活を送っているとのこと。
王国側はそれを事実無根であると跳ね返したが、俺はこの時気づいた。自分という存在の影響力に。
さらに俺が見たあの三人。後々気になり調べてみたところ、ガルシア大陸にいる超越者たちであったことが分かった。それぞれ『壊滅の龍神』『調魔の精霊王』『古の魔女』なる呼称がされている。
また、あの魔力放出で龍神を刺激してしまったのか、その配下なるものが俺の暮らす王都に視察しに来るようになった。
聞いた話によると、黒髪で絶大な量の魔力を持つ赤子を探しているとのこと。
それから滅多に洞窟から出ないはずの魔女が王国内で見かけられるようになり、精霊王らしき人物が買い物と称し王都に訪れるようになったとのこと。この二人も、どうやら同じように黒髪の赤子を探しているらしい。
うん、完璧に俺の存在と位置ばれちゃってる。
ただ黒髪の赤子なんぞ山ほどいるし、あれから魔力は最低限抑えるようにもしている。重力魔法は目立つから極力使っていないし、そう簡単に身バレはないだろう。
だがしかし、やっぱり自由にできない動きが制限されているというのはストレスが溜まる。奴らに追われているという感覚は、どこか焦燥感にも似ていて落ち着かない。
・・・あぁ、追放されれば国の所属からも外れるし、自由にこの世界を放浪できたりして楽になると思うんだけどなぁ。
そんなことを考えながら、15年の時をびくびくしながら過ごした。
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