第33話 〇〇〇
左腕を失った俺はその場で膝をつき、目の前の長髪の男を睨む。
「はあ、はあ」
「まだ敵意を向ける元気がありますか。少しは怖がってくれたほうが面白いのですが」
そんな俺を見て、男は目を細めながら笑みを浮かべる。
「アレスッ、もういい!お前は逃げろ!!」
シオンさんが拘束された体を必死に動かしながらそう叫ぶ。彼女は何もできない自分を悔いているのか、唇を血がにじむほどに噛んでしまっている。
だが奴はそれをあざ笑うかのように現実を告げる。
「逃げる?そんなこと私がさせるわけないでしょう。それに、仲間もいますしね」
男は背後の森に視線を送る。俺はそこに意識を向けると、周囲に多数の気配を感じた。
「クルースさん、どうしたんですか急に!戦闘音がしたんで一応駆け付けましたけど・・・」
そうして木々の合間から出てきたのは黒い外套を着た者たちだった。10人・・・いや、20人ぐらいいるな。
「なんですか、こいつ」
外套を着たものの中の一人が、クルースという男にそう声をかける。
「彼はたった一人で彼女を助けに来た阿呆です」
そう言って男は仲間との会話をやめてこちらの方に向く。
「彼らは普段王国に忍ばせている諜報員の方々たちです。この方たちには、これに魔力を込めてもらうために来ていただきました」
そう言い、奴は懐から建物の屋上で見た楔を取り出した。
「これは空間魔法が使える魔道具です。使い捨ての物ですがかなり貴重なものなんですよ?使える位置などが決まっているため使いずらいですが、魔力があれば移動できる距離に限りがなく便利です」
やはり距離に比例した魔力を必要とし、そして使える場所も決まっているみたいだ。
「王都では怪しい動きをすれば、あのエルフに存在を気取られる可能性がありましたからね。けれど後はこの場で彼らに魔力を込めて頂き、今度は帝国まで一度で帰還します」
男は再び服の中に楔をしまう。
「話がそれましたね。まあ私が言いたいのは、彼がこの人数から逃げきるのは不可能、という事です」
「そんな・・・」
シオンさんが絶望したように顔俯かせ、涙を地面に落とす。その姿を見て愉悦を感じたのか、奴が笑いをこぼす。
「ふふ、戦場でもたくさん見ましたが絶望した女性の顔はやはり格別ですね・・・。これは帝国帰還後のいいつまみになります」
「さて」と男が言い、こちらに手をかざして群青色の魔力を放出し始める。どうやらおしゃべりは終わりで、俺にはもう用がないみたいだ。
「私も久しぶりにストレス発散ができて楽しかったですよ?なんの魔法かは知りませんが珍しいものも見れましたし。ただ、そろそろあなたという存在に飽きてきた」
氷の礫が空中に作り出されていく。
俺は、もう避ける余力すら残っていない。
「アレスッ!!」
視界の端で、彼女が碧眼から涙を落とし叫び声をあげているのが見える。
「さようなら、自分が弱者であるということを呪いながら死になさい」
宙に浮いた氷がこちらに目も眩むほどの速さで飛ばされる。
そして今、氷が俺の頭を貫かれる
その時
俺のポケットに入っているものが揺れた。
『
俺がそう言葉を発すると、黒と白の雷が全身を走った。
瞬間、氷の礫が俺の目の前で歪んだように変形し、爆ぜる。
「なっ・・・」
今の光景を見たクルースという男が愕然とする。
「くっ、防御系の魔法ですか!?」
そう言いながら次々に氷の礫を飛ばしてくる。だが、そのいずれもが俺の体に到達する前に跡形もなく砕け散る。
俺は連続で魔法を放つ奴を尻目に、ポケットからフォトンを取り出して通話に出る。
『アレス!』
するとフォトン越しに聞こえたのはメルの声だった。
『シオンさんのお姉さんはユリウス君が取り戻したよ!私は彼の代わりに通話をかけてる!』
「・・・そうか」
ユリウスには事前にフレイさんの追跡をお願いし、その救助した場合にはこうして連絡をしてくれと言ってある。
屋上であの楔に込めらていた魔力量を見てから、何故もっと遠くに飛ばないのかと疑問を抱いていた。だが、奴の仲間が複数いることを事前に探知していた俺は、ここで魔力を込めて一息で逃げようとしていると判断した。
俺が今までしていたのは逃げないようにするためなのと、フレイさんが助け出されるまでの時間稼ぎだ。そのため人質のフレイさんに危害が及ばないよう、劣勢を演出しながら戦った。
結果予想以上に強くて、こんなにボロボロにされてしまったのだが。まあ、無事フレイさんはユリウス達によって救助されたみたいだ。
俺は「今取り込み中だからまた掛け直す」と言い、通話を終了させる。
「はあ、はあ・・・全く攻撃が通らない。なんですか、その魔法はッ?」
数百と飛ばしていた奴の氷魔法は、結局一つも俺の身体には触れられず全て爆散してしまっていた。
「・・・お前じゃあ、一生かけても理解できない魔法だよ」
俺は服に付いた汚れを払いながら体を起こす。多分本当に理解できないだろうな、重力魔法なんて。
「ふぅ、シオンさん心配させてすみません。今、助けますね」
そして、手に黒白の雷を走らせながら魔法を発動する。すると御者に捕まっていたはずの彼女が突然、瞬間移動したかのように横に現れた。
「え?」
いきなり見ている光景が変わった彼女は、目を見開きながら忙しく首を動かす。奴と周りの仲間たちも何をしたのか分からず「まさか、空間魔法使いか!?」動揺している。
「ア、アレス・・・?な、なにが起こって・・・」
「安心してください、俺の魔法です」
「そ、そうなのか?・・・いや、そんなことよりもアレスッ、姉さんが奴らに・・・」
シオンさんが目の前で起きたことに困惑しながらも、事情を説明しようと声をかけてくる。
「あなたのお姉さんは俺の仲間が無事保護しました」
「・・・ほ、本当か?」
「ええ、もう大丈夫です」
俺の言葉を聞き、彼女は安心からか腫らした目で再び涙を流す。
「ぐすっ、姉ざん・・・よかっだぁ」
シオンさんも捕まって怖かっただろう。加えて、彼女にとっては一番大事な姉という存在を人質に取られ、そのことによる不安は相当なものだったはずだ。
・・・なんで彼女を攫ったのか俺には想像が及ばないが、心底目の前のコイツらに対して向ける心が冷めていく。
「姉の方を保護しただと?そんなの誰が・・・」
「確か、魔力は魔法を発動するだけの燃料、だったか?」
口に含んだ血をペッっと吐き出し、俺は目の前の奴の話を遮る。
「・・・それがどうしたんですか」
クルースという男は話しを途中で止められ、不機嫌になりながらも警戒するようにこちらを注視する。
俺はその姿を視界に収めながら、全身から魔力を強く練り上げる。
「・・・認識が誤ってるな。魔力は俺たちの体のすべてを構成しているエネルギーだ」
5000年前のあの魔法災害以降、世界の全てに魔力が含まれるようになり、生物の細胞に魔力が強く結びついた。
これにより魂から捻出される魔力と体が密接な関係を持ち、身体能力や体を治す自己再生能力に魔力が大きく関わるようになったのだ。
まあ要するに、魔力操作を極限まで極めるとこんなことができてしまう。
「回生」
俺がそう口にすると、白いオーラが全身を渦巻くように包み込む。
すると傷ついたはずの体が徐々に回復してゆく。失ったはずの左腕が魔力により形成されていき、完璧に元通りになる。
やがて渦巻いていた魔力が収まり、そこには全ての傷を完治させた俺が立っていた。一応生えた左腕の感触を確かめるため、手を開いて握るという動作を繰り返す。
「・・・」
クルースは言葉を失っていた。感覚的に回復魔法を使わずに、肉体を魔力のみで治癒したのは理解しているだろう。
だが、原理がわからない。
そんなことが出来るはずがない、といった顔をしている。
「はあ・・・」
俺は深く息を吐き出し、夕空を見上げる。
・・・15年前に転生し、自分の規格外の力を理解したあのときから、極力目立たないように静かに過ごさなければと考えていた。
自分という存在が世界にどれほどの影響を与えてしまうのか理解し、常に力を最低限までセーブしていた。
ただ、やっぱり力を抑制し続けるのはなかなかにストレスだ。常にブレーキをしながら存在感がないように過ごすのは、中々うちに溜まるものがある。
・・・まあ奴らからは15年もの間隠れたんだし、今は他に誰もいない森の中だ。コイツらにはかなり憤懣も溜まってるし、久しぶりに暴れてもいいだろう。
「
思考をそうして片付け、目の前の奴らに魔法をかける。すると強い電子音が空間に鳴り響き、黒い円環が奴らの頭上に出現する。
よし、これでもうこいつらは逃げられない。
「さてと」
俺の中には二つの意識が同居している。
片方は若い肉体を手に入れて感情が活発になった自分。
もう片方は、1000年の間の精神を強く反映した無感動な自分。
「今から10秒やるよ」
俺は黒い雷を纏わせながら体を浮かび上がらせ、下にいる奴らを睥睨する。
そして、天高く伸びる程の絶大な魔力を噴出させた。
「ッ!?」
絶望し唖然としている奴らに、俺は無感情に告げる。
「死ぬまでの猶予をあたえてやる。それまでに自分がした行いを懺悔しろ」
世界中で地面が鼓動をしたかのように跳ね上がり、空が怯えているかのように震えた。
そして、世界にいる強者たちは再び知覚する。
15年前にこの世界に降り立った、10人目の超越せし存在。
最強を。
★★★
次回は「プロローグ【2】」です。
主人公の赤ん坊の頃をすこし回想します。
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