第30話 私の記憶

 ー シオン視点 ー


 私が両親を亡くしたのは8歳の時だ。  


 両親が流行り病にかかり病床に伏し、徐々に弱っていく姿を泣きながら見ていた。父さんと母さんは私の頬を撫で、「ごめんね」と弱弱しい声をかけて泣いていた。 今思えば、残す私たちのことが心の残りだったのかもしれない。



 やがて両親がほぼ同時に息を引き取り、姉と二人きりで宿屋を営業することになった。私と姉さんは「せめて二人が残した宿屋だけは守りたい」と、その一心で頑張って働いた。


 だけど当然、私たちだけで営業などできるわけがなかった。当時子供で体が小さく、私はまだ頭も悪かった。だから何も力になれず、姉さんに全てを頼っていまっていた。


 今でも覚えている。わからないことを聞くたびに、疲れた表情をしながら優しい笑顔で教えてくれた姉さんを。そんな困らせていた自分のことを。


 日にちが経つにつれて宿屋には誰も来なくなった。以前は繁盛していたはずだが、まともに営業ができていない私たちをしり目に、客は他の宿屋に足を運ぶようになっていた。


 そうして土地代も払えなくなった私たちは、家を失くしない途方にさまよった。私がお腹を鳴らすたびに姉さんは表情を歪め、父と母の様に「ごめんね」と返してくる。私はそれを聞くたびに、胸に針が引き詰められるような苦しさを感じていた。


 やがて、姉が生活の為に冒険者になると私に伝えてきた。


 冒険者は依頼をこなすことで、依頼者から金銭を受け取ることができる仕事だ。だが、言うまでもなく危険が伴う職で当然死亡率も高い。私は言うまでもなく反対したが姉さんの意思は固く、「これ以外に稼ぐ方法がない」と言葉を放ち、それを聞いた私は渋々納得した。


 そして姉さんは冒険者となり、依頼をこなして収入を得た。私たちはようやく住居を得て、まともなものを食べることができた。久しぶりのおいしい食事に、口に運ぶスプーンが止まらなかった。


「おいしい?シオン」


 そう言って、姉さんは私が食べている姿を見て嬉しそうに笑っていた。だが、依頼には危険な仕事などが多く、姉さんは時々体に怪我をして帰ってくる。私はそれを見て自分の非力さを心底呪った。


 私は姉さんが出かけるたびに、両親の遺灰が入ったお守りに願うようになった。 


 無事に帰ってきますようにと、そう神様にお願いをしていた。


 

 ある日私に魔法の才があることが分かった。姉さんはその様子を見て、王立シルセウス学園に通うように勧めたが、通うためには多大な学費がかかる。とてもではないが今の収入では必ず届かない金額だ。


 私は魔法というものに興味を抱いていたが、断った。気にはなるが一番の幸せはこうして二人一緒にいることだ。だが、姉は一瞬私が迷った顔をしたのを見逃さなかった。


「大丈夫、姉さん頑張るから」


 それから、姉さんはさらに多くの依頼をこなし収入を増やしていった。徐々にランクを上げていき、騎士団にスカウトされてからさらに危険な仕事を行うようになった。


 私は言う。もう私の為に無理をしないで欲しい、通いたいなんて言っていないと。だけど「あなたはもう我慢しなくていいのよ」と、姉さんは私の頭を撫でて学園に通うように諭す。


 私はそうして無理をする姉を見て誓った。将来は私が姉を支えていき、恩返しをしていくのだと。そのために学園に通い、優秀な魔法師になると。


 私は合格し、Aランクとして入学することが決定した。姉さんは私が制服に初めて身を通すところを見て、涙ぐみながら「似合ってるね」と言う。それを聞いた私は照れ隠しをして返事をした。


 学園は楽しかった。相変わらず友達はできなかったが、その代わり魔法学について研究する時間は心が躍った。


 楽しい楽しい楽しい。すべてがうまくいっている様な気がした。



 だが、あの日。突然姉さんの同僚が家を訪れて、慌てた表情で私にこういった。


 姉さんが魔物に襲われてひどい傷を負い、治癒院に運ばれたと。かなり重篤な状態だと。


 それを聞いて家を飛び出すように出た。いち早く姉の下に駆けつけるために、飛行魔法を使い姉がいる治癒院まで弾けるように飛んだ。


 嫌な汗が出る。呼吸が荒く、なぜかまともに息ができない。お守りに毎日願っていたのに、どうして。どうして。


「姉さん!」


 目的の場所に到着し、姉さんが治療を受けている部屋のドアを勢いよく開けた。


 私は絶句した。


 まるで全身を刺されたような傷を負い、服は真っ赤に血に染まっていた。呼吸により体が動いているため、生きてはいるのはわかるがかなりひどい状態だ。


 だが、それよりも私の目を奪ったのは・・・・・



「足が、ない」



 姉さん膝から先の足が、なくなっていた。

 

「すまん、シオン・・・」


 そう言って私の横に立ったのは、騎士団の同僚のグレイという男だった。よく姉と仕事が終わりに飲みに行くらしく、聞けば姉に好意を持っているらしい。


「フレイは、お前の姉さんは・・・魔物の強襲から仲間を守るために、こんな傷を負っちまったんだ!・・・くそッ、大事な人のはずなのに、俺は守れなかったッ!!」


 男は壁に強く殴り、悔しさからか歯をギリギリと鳴らして言葉を発した。治療師の話によると一命は取り留めたが、魔核の損傷が激しく欠損治癒は難しいと告げられた。

 

 私の胸にぽっかり穴が開いた気がした。そして呆然とした後に膝を床に着けて泣き崩れた。


 目を覚ました姉は自分の足を見て、一瞬顔を歪めたが「仕方ないわね」とほほ笑んだ。だが、そんな一言で片づけられるはずがない。もう二度と自分の足で歩けなくなってしまったのだ。内心では傷ついているに違いない。


 そして姉をこんなことにしてしまったのは私だ。私が頼り切っていたせいなのだ。昔から姉にばかり頼り、自分は何もしなかったせいで、こうしたつけが回ってきたのだ。


 私は必死に姉の足を直す方法を学園の図書館で探した。そして、魂と肉体という分野の文献を読み、ある答えにたどり着く。



 義足を作り、それを魂で同調させれば・・・もう一度姉さんを歩かせてあげられるかもしれない。



 そう考えた私は死ぬ気でその分野について学んだ。あらゆる仮説を立てて、研究を行った。姉さんはそんな私を見て「やめてほしい」と言う。だがしかし、これは私のためでもあるんだと答え、それを拒否した。


 私は今まで守ってくれた姉さんの為に、これはしなくてはならないことなんだ。しかし、私が研究を進めるたびにどんどん姉の顔は曇っていく。


 いつの間にか、姉さんは私のことを全く頼らなくなった。なんでも自分で行うようになり、それを無理に手伝おうとすると頑なにそれを拒んだ。


 私は、もっと頼られたかった。今まで頼ってきたんだから、姉さんの助けにもっとなりたかった。


 そして倒れた本棚の下敷きになっていた姉を見た。それから私を遠ざけようとするような態度をとる姉に、悔しさのあまり怒鳴り声をあげてしまった。


 姉はそんな私の声を聞いて、「あなたの未来を奪いたくないの」と口にした。姉さんが未来を与えてくれたのに、なんで姉さんの為に使ったらいけないんだよ。


 そんなに頼りないのか、私は。姉さんにとって、まだ私は守らないといけない子供なのか。


 頼られたい、もっと頼られたいのに。



 私は・・・・・もっと姉さんに恩返しがしたいのに。


 

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