第31話 エントール帝国
ガタガタと揺れる音が耳に入り、自分の寝ている床が動いている感覚がする。そのことで私の重たい頭が徐々に覚醒していき、目を覚ました。
目を開けると木目の床になぜか自分は丸くなり横になっていた。体が揺れている感覚からしてここは馬車の箱だろうか?何が起こっているのか理解できず、思考から記憶を取りだそうとする。
確か外で爆発音がして、アレスに通話をかけようとと思ったんだ。それからドアの前で悲鳴が聞こえていきなり白コートの男が私を・・・
「ッ!?」
私はすべてを思い出し、急いで状況を確認するために体を起こそうとする。だが、なぜか身動きがとれない。よく見てみると手足が縛られている。
「おや?起きました?」
突然前から男の声が聞こえた。
私は声がした方向に急いで首を巡らせる。
するとそこには白いコートに身を包み、青い髪を腰まで生やした長髪の男が足を組んで座っていた。そして、手に持っているワイングラスをくるくると回し、中にある葡萄酒の香りを嗅ぎ楽しんでいる。
「ふむふむ、やはりオルスト王国のワインは芳醇な香りと風味がたまりませんねぇ。ぜひとも我が国にも職人を招きたいところだ」
男がワインを口に含み、笑顔を浮かべた。
「お前、何者だ!?」
私はそんな男のふざけた様子に苛立ちを隠せず、怒鳴り声をあげる。
「おお、そうでしたね自己紹介。そう自己紹介をしなくては」
そうして胸に手を当てて、頭を下げる。
「初めましてシオン・ストゥースさん。私はエントール帝国第二軍軍団長、クルース・ハルメトスと申します。そうですね、多分『銀氷の貴公子』と言えばわかりやすいですかね?」
「なッ」
この男が言ったエントール帝国、そして『銀氷の貴公子』という名に私は驚愕する。
エントール帝国。
王国があるガルシア大陸、その中央に大きく国土を広げているのがこの帝国だ。王国と国力はほぼ同等だと言われており、大陸内で覇権を争う敵国同士でもある。
そして、この男が名乗った『銀氷の貴公子』という異名。この世界では異名を持つものは上位者、もしくは超越者ぐらいしかいない。この男の話が本当であるならば、帝国が所有する上位者という事になる。
「はは、まあそうなるのも無理はないですね。私はね、上からの命を受けて王国内に潜伏していたんですよ」
そう言い、グラスにワインを注ぐ。
「目的は2つほどありましてね?・・・まず一つ目が学園の混乱を誘い、そして今期入学してきたSランク生を殺害することです」
「な、なんだと?」
私の困惑した言葉を聞きながら、男はワインを呷った。
「ふぅ・・・貴方も知っているでしょ?今期入学してきたSランクの生徒たちが急増したこと」
今年入学してきたSランクの生徒たちの数は異例であり、そしてその者たちの才能もずば抜けている。最たるものだと聖騎士であるユリウスや、セルシオなどが例に上がるだろう。
「王国に忍ばせている諜報員から、この情報を聞き我々は大いに危険視しました。今でこそ王国と帝国は均衡が保たれていますが、こうした者たちは今後大きな障害となりえるかもしれない。ですから我々は内部の者を騙し、テロを起こさせることにしました」
男は懐からあるものを取り出した。
「これ、見たことあるでしょ?」
クルースが手にしていたのは、私を襲撃したⅮランクの生徒たちが付けていた腕輪だった。
「それは奴らが付けていた腕輪・・・」
「そうそう、僕の人形たちが付けていた腕輪です。これね、『魂想飢餓』っていうアーティファクトの模造品なんですよ」
「アーティファクトだと?」
アーティファクトとは、古代に失われた技術で作成された魔道具の事であり、どれもが現代では再現ができない代物はずだ。
「この『魂想飢餓』は望んだ才能に対して、魂に干渉することで疑似的に身に着けることができるものでしてね?これをつければ誰でも優秀な武術家や魔法師になれるんですよ」
しかし、とクルースは続ける。
「これは模造品なので本来の力を完全に発揮できません。ですのでこれは当人だけじゃなく、複数人で魂を連結させることでその効果を向上させていました。ただ少し効果以外に問題がありましてね」
「・・・問題?」
「ええ」
そうしてクルースは欠点を話し始めた。
この模造品は短時間連続使用するだけで自動的に破損してしまい、また何度も使用を繰り返してしまうと、体が耐え切れずに魔核に大きな障害を残してしまう。
加えて破損してもなお、魂の連結が続いたままとなり、一人が命を落とせば連結していた者たちも死んでしまう。
「だから、あの時奴らは一緒に死んだのか・・・」
「そうですね。・・・奴らには町で行商人を装って接触しました。この模造品を与えて、適当に「革命のときは来たり!」と言ったら難なく騙せましたよ」
そうして男は楽し気に笑い、て元にある腕輪を眺める。
「これは彼らにとって劣等感から解放される夢の魔道具だ。もれなくⅮランクの生徒全員、与えた私を尊敬の目で見ていたましたよ。おまけに簡単に隷属魔法を組ませてくれるし、本当にⅮランクのというものは阿呆の集まりですね」
面白おかしいのか、しばらく「ククッ」と手で口を隠して肩を震わせる。
「今日の襲撃には帝国で作成した特別な薬物を使い、さらに発動速度と威力を上昇させてから自爆魔法を使わせました。従わない者は事前に契約した隷属魔法で強制的に行わせてね」
「・・・悪趣味な」
私は吐き捨てるように言うが、目の前の男はそれを無視して続きを話す。
「ターゲットは結界を管理している魔法師とSランク生たち。・・・さらに結界が破壊がされたことで私が敷地内に侵入し、二つ目の目的であるあなたの身柄を確保した、という事です」
私の身柄・・・そうだ、なぜこうして帝国に攫われているのか、私はいまだに理解ができない。
「なぜ・・・、私の身柄を欲しがる?」
「あなたの研究が帝国に大きく貢献するからですよ」
「研究?」
「ええ、この襲撃を企てたときに兵器開発部のトップが偶然、あなたの論文を見ましてね?あなたの研究で培われた頭脳が、兵器開発に役立つと判断されたのです。だからこうして攫わせて頂きました」
クルースはそうして真面目な表情をして口を開く。
「我々帝国は今現在、ある兵器を開発しようとしています。それにはあなたの魂と肉体の研究が必要なんですよ」
「兵器だと?」
「ええ、それが完成すれば大陸の勢力図が帝国に一気に塗り替わる。超越者など目ではない。それほどまでに凄まじい兵器です」
あの超越者を超えた、大陸の勢力図が変わるほどの兵器・・・。もし本当だとしたら、それはとんでもない代物だ。
・・・しかし、そんなもの作ることが私の研究目的じゃない。
「・・・はっ、私がそれを聞いて帝国を手伝うと?だとしたらめでたい頭をしているな」
帝国は非道な人体実験や、他国に対しての暴虐を尽くした行いにより悪名高い。そんな国に寝返るぐらいだったら、この場で舌をかみちぎって死んでやる。
私は小馬鹿にしたように言い強気な姿勢を見せるが、男は余裕そうな表情でこちらを見ている。
「・・・これ、貴方のお姉さんですよねぇ?」
そう言い、映像が出る魔道具を見せてきた。そこに映っていたのは手足を縛られ、さるぐつわをはめられている姉だった。
「なっ」
「人を従わせるには何かしらの枷が必要だと判断しましてねぇ。仲間に攫わせておきました」
「・・・お前ッ!!」
殺意を込めて男を睨む。
「おお、怖い怖い。彼女は別ルートで帝国に輸送しています。貴方も人質がいれば従うほかないでしょう」
そんなことを言う目の前の男を、睨むことしかできない私は自分の非力さを呪った。そして、こんなことに大切な姉を巻き込んでしまった悔しさに、唇を噛む。
「逃げる途中で空間魔法を使用したため追跡も困難です。救助は期待しない方がいいでしょう」
「くっ」
男の手には不思議な文様をした楔があった。恐らく、これが空間魔法を使うことができる魔道具なのだろう。
「しかし、今回の任務は私が適任として任されましたが、骨が折れましたね」
クルースはそう言い、表情を歪ませる。
「あの忌々しいエルフ、『無心の闇宴』がいなければもう少し自由に王都内で動けたのですがね・・・。加えてあの聖騎士がいる学園に干渉するのは、なかなかハラハラしましたし」
クルースはそう言った後、肩を回して疲れをにじませた表情をする。
「それに、あのモサモサ頭の男も少々・・・ほう」
目の前に座る男が眼を鋭くし、突然顔色を変えた。
「どうやってここが分かったか知りませんが、貴方の助けが来たみたいですね」
そう男が口に出すと突然、箱の外から轟音が鳴り響きが馬が急停止する。そして馬車の御者が「クルースさん!」と男の名前を呼びかけた。
「仕方がありませんね、降りましょうか」
そうして私は首根っこをつかまれて、引きずられるように馬車から降りた。外は日が少しだけ傾きはじめており、そして私の視界に入るのは生い茂る森林だった。どうやら馬車は森の中を走っていたみたいだ。
私は前を馬車の前にいるものを見る。
そこにいたのは・・・・・。
「・・・アレスッ!!」
「おや?どうやって来たかはわかりませんが、ちょうど話題に出していた人が来たみたいですね」
そこにはアレスが立っていた。アレスは私をつかんでいる男を強く睨みつけながら、言葉を発した。
「おい、ロン毛野郎。今からぶっ殺されるか、彼女を解放するか選べ」
全身から魔力を噴出させており、彼がすでに戦闘体勢であることがわかった。
「・・・ふむ、単独で来たようですね。実に悪手ですが、私は威勢よく鳴く犬が大好きでね?格上の相手にそんな風に啖呵を切る姿は気に入りましたよ」
アレスを見て、クルースという男も手に魔力を集中させ始める。
「てめぇみたいな気持ち悪い奴に気に入られるなんて、超ヤダ」
「はは、寂しいことを言わないでくださいよ」
そう言った合った後、しばらくして二人の姿が突如消える。次の瞬間には凄まじい衝撃が広がり、発生した風圧により木々が強く靡く。
そして、激しい戦闘が始まった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます