第27話 異変①

 なんかもう居候しているみたいな感じだが、とりあえず護衛生活9日目。


 学園指定の制服を着て、本日の毛髪具合をチェック。何度治しても治らない、このモサモサの呪いに悪戦苦闘する。こいつッ、勝手に元の位置に戻りやがる!



 解呪の魔法とかかければ治るかなぁ・・・?(震え声)



 そんな感じで俺が身だしなみを整えていると、ノックもなしに突然部屋のドアが開いた。


「アレス、もう行くぞ」


 そう言ってきたのは、表情を機械の様に固まらせたシオンさんだった。


「シオンさん?もう行くも何もまだ朝ご飯も・・・」


「構わん、もう行くぞ」


 そう言って彼女は俺の手を強引に握り、無理やり俺を部屋から連れ出した。俺は困惑して「ちょ、急に」と声を出し、されるがままに共に階段を降りて玄関に向かう。


「シオン・・・」


 降りた先の廊下には、待ち構えていたように車椅子に座ったフレイさんがいた。彼女はシオンさんが階段から降りてきたことに安堵し、声をかける。


 しかし、シオンさんはそれに見向きもせず、無視して玄関で靴を履きドアノブを握る。シオンさんはそのままドアを開き、俺を連れて外に出た。


「シオン待って、あなたに話があるの!お願い、少しだけ待ってちょうだい!」


 そんな彼女を必死に呼び止めようと車いすの車輪を動かし、こちらに駆け寄るフレイさん。


「・・・シオンさん、フレイさんと話さなくていいんですか?」


「・・・」


 俺がそう問いかけるが、彼女は表情を変えずぐいぐい前に進む。


「待って!お願いシオン!」


 フレイさんは外まで付いて行こうと車椅子で玄関を出るが、段差につまづいてしまい横転してしまう。腹部を強打したのか「けほっ」と咳き込んだ声を出すが、それでも地面に這い蹲りながらシオンさんを呼び止めようとする。


「お願い!あなたと話がしたいのッ!」


「・・・」


 シオンさんはどんどん歩を進める。俺の手を握る力は徐々に強くなり、進むスピードは段々と速くなっていく。表情は歪みはじめ、血が滲むほど強く唇を噛んでいた。そんな様子で掴まれているこの手を、俺は振り払えなかった。


「本当に、いいんですか」


「・・・」


 彼女にそう問うが、返事はない。


 そうして俺たちは悲痛な声を背後に研究棟に向かった。





「・・・」


 シオンさんは研究部屋に到着してからも、ずっと沈黙したまま腕で膝を抱えて座っていた。顔は膝に埋めていてよく見えない。


「シオンさん、昨日の夕飯食べました?」


「・・・」


 お腹が「くぅー」とよく鳴っているので、もしかしたら置いておいた昨日の夕飯も食べていないかもしれない。


 ・・・このままじゃ駄目だな。一度胃に何か入れさせないと元気が出ない。


「もうすぐお昼ですよね。俺、今学食に行って何か買ってきますよ」


 護衛として離れるのはまずいが、外にも警備兵たちが見張っているし、加えて真昼間から襲撃しようなんてものはいないだろう。そんなことを心配するより、この状況を改善するのが先決だ。


「じゃあ、少しだけ待っててくださいね」


 俺はそう言い、その場を後にする。


 外にいる警備兵に一応会釈を返して、彼女のことをお願いしておく。彼らは彼女の隣にいる俺が妬ましいのか、舌打ちをしながらこちらを罵倒してきた。


「ちっ、Ⅾランクゴミくずの分際で」


 俺はそんな侮蔑のこもった声と視線を無視し、急いで食堂に向かったのだった。





「よっ、メル」


「アレス?」


 食堂に付くと、ちょうど注文を伝えようと並んでいたメルとばったり遭遇した。


「約10日ぶりぐらいか?」


「そっか、そんなに会ってないんだったけ・・・。で?今日はどうしたの、食堂に来るなんて珍しいね」


「いつもは弁当を作って来てるんだが、今日は時間がなくてな。俺だけこうしてここに昼飯を買いに来てるわけだ」


 へぇ~っとメルは返して、俺の顔をじっと見つめる。


「何かあったの?」


「・・・いや、別に今日たまたま時間がなかっただけだ」


 顔を覗き込まれてそう言われるが、あんな事情を言えるはずもないため適当に言葉を濁す。


「ふぅーん、でも困ったことがあったら何でも言ってね?相談に乗るから」


「・・・はは、あんがと」


 優しい言葉をかけてくれたメルに、俺は頭を撫でながら感謝を返す。「子ども扱いすんなし」とメルに手を払われてしまうが、ちょうど撫でやすい位置にあるからついつい撫でちゃうんだよな~。


 そんなことをしていると突然、俺は後ろから魔力が放出され始めたことを感知した。


 急なことで気になり、前にいたⅮランクのピンをつけていた男を見る。その生徒はなぜか胸を押さえ、脂汗をかきながら奇妙な息遣いをしていた。


「へっ、へっ、へっ」


「どうした?大丈夫か?」


 心配になりそう声をかけるが返答はない。そして、もう一度「大丈夫か」と口に出そうとしたその時、ふと男の手首に着けている腕輪が目に入った。


「お前、その腕輪・・・」


 俺は見覚えのある腕輪を見て、質問をしようとする。だが、突如その男の前で待っていた者に言葉をさえぎられてしまう。


「おい、君。食事を楽しむ場でそんなに魔力を出し始めるなんて、一体何を考えているんだ」


 黒髪の毛先を金髪に染め上げ、眼鏡をかけた男が後ろを振り向き注意をし始めた。


「この僕、セルシオ・モルドリッチは何よりも食事の邪魔をされるのが嫌なんだ。君のような品性のないものはこの場にいる必要はない。即刻立ち去れ」


 セルシオと名乗った男は不機嫌の極み、といった感じで表情を歪める。だが声をかけられたものはまるで聞こえていないか沈黙を貫く。


「くっ、僕の言葉を聞いていないのか。だから・・・」



「お父さん、お母さん・・・ごめんなさいッ」



 振るえた声でそう口に出すと、突然不気味な魔力が腕輪から流れ、男の魔力と混ざり合う。


 そして次の瞬間、それが紅蓮の如く真っ赤に染まり上がった。


「なっ」


 建物をまるごと吹き飛ばすほどの、強力な火属性魔法の発動兆候だ。俺とメル、そしてセルシオと名乗った男は突然の事に驚愕して固まってしまう。


 こんな人が密集してるところで魔法を発動するなんて、いったい何を考えてやがる!?


 しかも魔力放出の規模が相当ヤバイッ。



「ああぁあぁあぁぁぁああ!!!」



 苦しんだようにその生徒が声を荒げたその時、身体が風船のごとく膨れ上がり、閃光とともに大爆発を引き起こした。




 

 



 


 


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